出張編49話 嫌われ者とひねくれ者
権藤は意外にも紅茶党だった。
「言動、行動、風貌からして珈琲党だと思っていたがね。」
「実家が喫茶店でね。」
「それならなおさら珈琲党でもいいはずだが?」
「珈琲が不味くて紅茶は美味い喫茶店なのさ。紅茶党の親父はわざと不味い珈琲を淹れてるらしい。」
この男の偏屈さと反骨精神は親譲りか。
「護衛のバイトの手配までさせてすまなかったな。」
「いいって事よ。空手部の後輩共は冬休みのいいバイトが見つかったって喜んでる。」
権藤は武闘派の記者で空手の有段者だ。そのツテで風美代達を守るバイトを集めてくれた。
私はアメフト部OBだが、バイトを募ろうにも後輩からも嫌われているだろう。
権藤には本当に助けられているな。
「アイリにも紅茶とクッキーを持っていくわね。お話は後で聞かせて頂戴。」
そう言って風美代はトレイを持って二階へ上がっていった。
「それで、どうだったんだ?」
「天掛の親父さんの事を悪く言いたかないが、天掛翔平は平たく言えばクズだな。粗暴で乱暴な男、無鉄砲で無計画も付け加えていい。前科がつかなかったのは奇跡、彼を知る人間はみんな口を揃えてそう言ったよ。実際に警察の厄介にもなってるしな。起訴はされなかったがね。」
「………そうか。」
親父は無謀運転が原因で植物人間になったのだ。
自損事故だったのだけが不幸中の幸い、そんな人間はクズに決まっている。
「だが、植物人間から奇跡の生還を果たした後は違う。人当たりが良く、
「権藤はどう思ったんだ?」
「俺は疑り深くてね。仕事柄、色んな人間を見てきた。確かに人間は変わる事が出来る。どうしようもない人間がまるで生まれ変わったかのように、人生をやり直す………ない話じゃないし、見た事もある。大事故からの奇跡の生還は人間が変わるきっかけとしては十分だ。だが………翔平さんの場合は別人のように変わる、ではなく別人になった、としか思えないんだ。あくまで俺のカンだがね。」
「疑念を感じたらやり過ぎぐらいに調査する男、権藤はそこからどうしたんだ?」
「天掛翔平の通っていた地方大学に行ってみた。そこで興味深い事実が分かったよ。俺のカンの裏付けにもなりそうな資料だ。これを見てくれ。」
権藤は短く武骨な指でバッグをまさぐり書類を取り出す。
「こっちは大学生だった天掛翔平が書いたレポート、こっちは天掛神社の宮司として書いた
「………まるで別人の筆跡だな。」
「そうだろう? 念の為に筆跡鑑定の専門家にもあたってみた。結果は一致点ゼロ。引っ掛かるのは天掛宮司の書いた字は洗練されていて、かなり書道を嗜んだ者の字に相違ないって言われた事だ。だが俺が調べた限りじゃ天掛翔平は書道どころかペン習字すら習った事はない。天掛はなにか知ってるか?」
………私の立てた仮説の骨格に肉付けがなされてゆく。権藤はやはり有能だ。
「権藤、ちょっと待っててくれ。」
私は書斎に行き、親父の手紙をいくつか持ってきた。
古びて変色しかけた手紙を権藤に見せる。
「これは事故から目覚めた後に、親父が祖母にあてた手紙だ。」
「悪筆だな。学生時代の字に似ているとは思うが………」
「ああ、似てはいる。だが似せようとしている字に見えないか?」
「字の上手い人間がわざと悪筆を真似て書いた、そう言いたいのか?」
「………ああ、私はそう思っている。」
「天掛、なにか知っているなら教えてくれ。共犯だろう?」
「記事に出来るような話じゃないんだ。記者の権藤に知るメリットがない。」
ずい、と権藤はソファから身を乗り出してくる。
「天掛、俺が記者になったのは「知る権利」なんてご大層なもんの為じゃない。俺自身が知りたいからだ!今の俺の興味は先に控える政財界の大スキャンダルじゃなく、天掛翔平の足跡なんだよ!」
「………わかった。だが絶対他言しないと約束してくれ。記事にしたところで誰も信じないだろうが。」
私は権藤に事情を話してみる事にした。
「………にわかには信じがたい話だな。だが………信じるよ。」
「私がおかしくなったと考えるのが合理的な判断だと思うが?」
「信じがたい話だが、ここまで手際よく復讐の準備を進めてる天掛が正気を失ってるとはより思えない。もう一つの資料とも合致するしな。」
「もう一つの資料?」
「これだ。」
権藤は黄ばんだ封筒を渡してくれた。
「………これは!親父のカルテ!どうやって手に入れた!?」
「入手方法は聞くな。だがこれは間違いなく天掛翔平のカルテだよ。」
ヤリスギ権藤の面目躍如だな。よく入手出来たもんだ。
「………完全な脳死状態。意識の回復する可能性は………ゼロに等しい、か。」
「ゼロと書かなかったのは医者の良心だよ。この状態から天掛翔平は生還した。普通に考えればあり得ん話だ。さらに生還した天掛翔平は別人のような人格になっていた。………そしてここに一つの事実がある。事故の前後で筆跡が違い、当初は筆跡を真似ようとしていたって事実がな。天掛の話は荒唐無稽に聞こえるが、事象に合致している。俺は嗅覚とカンで調査するが、事実の裏付けをなによりも重視する。だから信じるのさ。この手紙は借りておくぜ? 念の為に専門家に筆跡を真似ようとした手紙を見せてみよう。」
「………ありがとう、権藤。」
「俺達は共犯さ、気にしなさんな。………遥か彼方にある惑星テラか。どうやったら行けるんだろうな? 正直、政財界のスキャンダルなんぞより、ソッチに興味が沸いてきたよ。どんなにデカいヤマだろうが疑獄は疑獄に過ぎん。政財界にゃ掃いて捨てるほどある話だが、天掛の息子さんの置かれた状況は別次元の話だ。」
「本当に別次元の世界の話かもしれんよ。星がそう言っている。」
「天掛は
私は現実主義者だ。見たままを言っているんだよ。
「カナタが研究所の窓から見た星々が、この世界に合致しないんだ。あるべき星座が一つもない。」
権藤は意外そうな顔で感想を述べる。
「星座に興味なんかあったのか。そっちのが意外だった。」
「特に興味がある訳じゃない。暗記するつもりで見れば、暗記出来るだけだ。何度も夢を見ていれば、夜空を比較して位置を探るぐらい阿呆でも思いつく。」
「さらっと天才頭脳を自慢しやがってイヤな奴だ。天掛が嫌われ者なのは道理だよ。古来からデキる根性悪は嫌われるからな。」
「さしずめ私と権藤は、嫌われ者とひねくれ者のコンビといったところかな?」
権藤はタラコみたいに分厚い唇を歪めて笑った。
「俺がひねくれ者なのは否定せんよ。天掛、体調はどんな感じだ? 旅には耐えられそうか?」
「たまに差し込むような痛みが走る時があるが、旅は出来るさ。どこへ行く?」
「京都だ。天掛翔平には友人が多かったが、一番仲の良かったのは宮司の親友だ。
「何度か家に来た事がある。親父とは半世紀近い付き合いだったはずだ。彼なら何か知ってるいるかも知れないな。」
「俺もそう考えた。調査は俺の領分なんだが、事情が事情だ。一緒に来たいかと思ってな。」
「ああ、私がすべき事は彼方へと到る道への調査だ。復讐兼世直しなんてついでに過ぎんよ。」
「よし、善は急げだ。明日の朝に出発しよう。」
「わかった。行こう、京都へ!」
………私の父、天掛翔平は惑星テラから来た異邦人だという考えに間違いはなかった。
父は異世界からやってきた、そして息子は異世界へ旅立った。
ならば私にも出来るはずだ。翔平の子であり、カナタの父である私にも同じ事が!
天掛カナタの生きる世界、遥か彼方の惑星テラへ行く方法を必ず見つける。
………そして今度こそ、父としての責務を果たすのだ。
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