照京編34話 高鳴る鼓動、募る想い
辺境伯にマウタウの防衛計画の実施を引き継いでもらったボクは、休暇を中断して帰投してきた少佐と共に、リリージェンを目指す。
ミザルさんとキカちゃん以外の亡霊戦団にはマウタウに残ってもらって、辺境伯を手伝ってもらう事にした。
内務を補佐するザップ大尉が有能なお陰で、リリージェンにはクリフォードも随行させられる。
せっかくリリージェンに行くのだから、戦役での戦果を武器に政財界にも食い込んでおきたい。
対外交渉に秀でたクリフォードの力が必要なのだ。
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「総帥、議長の拘束よりもクエスターが「
パラス・アテナの艦長室で、少佐専属シェフでパティシエでソムリエのミザルさんの料理を口にしながら少佐はボヤいた。
「クエスターの話では竜胆中佐は練達の兵で、手加減の出来る相手ではなかったそうです。」
彼が万全の状態だったなら、死んでいたのは私の方だったかもしれません、とあのクエスターが言うぐらいだから相当な手練れだったに違いない。
「そりゃそうだろうよ。竜胆サナイは龍の島の双璧、その片割れだ。」
「龍の島の双璧。確かもう一方は錦城イチイ少佐でしたね。」
「ああ。サナイとイチイはライバルだったが仲も良く、「
「龍麟コンビ、ですか?」
「照京の昇り龍サナイ、神難の麒麟児イチイ、合わせて龍麟コンビさ。二人は士官学校を首席と次席で卒業してる。麒麟児イチイだって他の年ならぶっちぎりで首席の成績だったって話だ。片割れが死んでコンビは解消、麒麟児は新たな相方を探さなにゃならんな。」
「……親友を奪われた麒麟児さんはクエスターをさぞお恨みでしょうね……」
「兄を慕ってる「円剣」もな。憎悪の炎が天を突く勢いだろうさ。」
「エンケン? 円剣は雷霆の部下だったのでは?」
「そっちは燕剣だ。円剣は竜胆ツバキ、燕剣が此花サクヤ。姫、
「はい。今夜にでも復習しておきます。」
「竜胆サナイの妹、竜胆ツバキはミコト姫の側近で親衛隊長だ。」
「ミコト姫の側近。……戦死された竜胆中佐は総帥親衛隊の隊長、ミコト姫とは兄妹揃って親しい間柄と考えるべきですね。きっとミコト姫の恨みも買ってしまったでしょう。」
「ミコト姫が恨んでいるかどうかはわからん。だがサナイは有能で人望もあったようだ。クエスターがかなりの照京兵から恨みを買ったのは間違いない。」
「ロウゲツ団長の狙い通りに、ですね?」
豚唐を赤ワインで流し込んでから、少佐は頷いた。
「ああ。照京攻略の一番手柄は欲しいが、恨みの一番星は欲しくない。だから立役者の二人は薔薇十字に返還する、と。セツナにうまい事やられたもんだ。姫、これが効果的な印象操作のやり方さ。覚えておくといい。」
やっぱりロウゲツ団長は意図的に二人を使ったんだ。立てた手柄は独り占め、買った恨みは薔薇十字とシェア、確かに効果的だよ。
「そんでな、ミコト姫を連れて脱出したのはやっぱり剣狼だったとよ。」
「それは確信してました。カナタはいつもトラブルのど真ん中に飛び込んできますから。」
総帥がカナタを照京に呼ぶ訳がない。カナタを招待したのはミコト姫で、そのミコト姫をカナタは命懸けで救出した。相当親しい間柄と考えられるよね……
「ミコト姫はカナタを近侍として傍に置くかもしれませんね。八熾家は元々近衛兵の長でしたし、総帥に遠慮する必要もなくなりました。」
「近侍どころか、剣狼はミコト姫によって侯爵号を授与された。八熾一族はミコト姫の近衛兵に復帰、厄介な事になったな。」
もしミコト姫が報復を考えれば、兵団だけでなく、クエスターとアシェスも標的になる。いや、円剣は兄の敵であるクエスターを最優先で狙ってくるだろう……
「そうですか。……ではカナタはアスラ部隊を除隊したんですね?」
「いや、所属はアスラ部隊のままだ。ミコト姫は"カナタさんは私の弟のようなもの"と言って欲しがったらしいが、御堂イスカも剣狼を手放したくない。折衷案として双方で共有する事にしたんだろう。」
カナタは腕も頭もいい。ボクだって自陣営に欲しいよ。
……カナタさんは私の弟のようなもの……ミコト姫にとってカナタは弟のようなものなのかぁ。……お、弟ならいいかな?
「じゃあカナタはアスラ部隊の兵士であり、場合によっては御門グループの企業傭兵としても戦う、という事ですね?」
「ああ。おそらくミコト姫は企業傭兵の指揮を剣狼に執らせるだろう。剣狼は指揮官としても手強い。姫、薔薇十字はとにかく御門グループとはカチ合わないようにするぞ。アスラ部隊の動きを完全に把握するのは不可能だが、御門の企業傭兵なら動きを読める。」
「はい。御門グループの動向には常に網を張っていてください。」
ボクの目的は両軍の停戦、そして和平協定の樹立だ。これ以上、御門グループの恨みを買うのはまずい。
「しかし剣狼も出世したもんだ。爵位をもらって侯爵様、か。どこぞのお姫様を嫁にもらったりしてな。」
「ボッ、ボクがカナタと結婚だなんて!」
「……どこぞのお姫様って言っただけで、姫だなんて言ってないぜ?」
「……あうあう。……ええっと……」
「姫、剣狼は爵位を取り戻した。身分にこだわる連中だって、侯爵と王族の結婚なら文句も言えないだろう。」
「少佐!か、からかわないでください!」
「からかってない。和平協定が結ばれれば、不自然な話じゃなかろう? 敵対関係にあった勢力の有力者同士が結婚するのが政略結婚の基本だ。傍目には政略結婚に見えても、当人同士が幸せならなんの問題もないと俺は思うがね?」
「………」
トクン、と胸を打つ鼓動。……この胸の高鳴りって……なに?
「嫌なのかい?」
優しいけど、真剣さも感じる声音。いい加減な答えを返す訳にはいかない。
「……嫌……じゃありません。……政略結婚は嫌だけど……相手がカナタなら……」
命の恩人だけど、恐ろしい敵なのに。……でも、どうしてもカナタに生きてて欲しい。……叶うなら共に生きたい……
……ああ、そっか。……今、わかった……
……ボクは……ボクは、カナタに恋してるんだ……
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