第四章 昇進編 兵士は出世街道を駆け上がる

昇進編1話 初めての昇進




昨日でリリスの件は片づいた。オレは尊い犠牲を払ったが。


よりにもよってオレのファーストちゅ~の相手は10歳の子供だった。


リリスの奴、舌までねじ込むつもりでいやがった。


リリエス・ローエングリン、恐ろしいコ、としか言いようがねえよ。




取りあえず一度、リリスは研究所に行かねばならない。


どのぐらいで帰ってくるかは分からないが見送りには行ってやろうか。


でないと後が恐そうだ。リリスは間違いなく根に持つタイプだし。




リリスは司令棟の屋上のヘリポートから研究所に向かう予定だったよな。


出発予定時刻にヘリポートに行くと、シュリがリリスを連れてきた。


迎えのヘリはもう到着してる。


「チャオ、伍長。」


ご機嫌だね、リリスさん。


「リリス、向こうで面倒起こすなよ。」


「それは僕からも強く言っておいた。ローズガーデンの常識は同盟軍の非常識だと。」


シュリはお小言がホントに好きだね。


「はいはい、せいぜいいいコにしてるわよ。ねえ、伍長。私の性格はもう分かってるわよね?」


「………ああ、分かりたくなかったような気もするが。」


「だから帰ってきたら伍長に迷惑をかけると思うわ。」


「………したくはないが、覚悟はしてる。」


「だから約束をしましょう。私は伍長には遠慮なく迷惑をかけるわ。だから伍長も私には遠慮なく迷惑をかけてもいい。そういう約束。」


「迷惑の等価交換ね。分かったよ。約束だ。」


シュリが胡散臭そうな顔で釘をさしてくる。


「隊には迷惑をかけないように!」


オレとリリスは同時に答えた。


「無理だな。」 「無理ね。」


「あのな!僕は真面目に言ってるんだ!」


「だから真面目に答えたんじゃない。伍長、まず最初の迷惑いくわよ。はいコレ。」


リリスにメモを渡される。びっしりと書き込まれた買い物リスト。


「私が研究所から戻るまでに揃えておいてよ。」


「カナタ、それは僕が揃えておこう。まだカナタは基地に慣れていないだろう。」


「助かるよ、後でかかった金額を教えてくれ。」


シュリのお節介好きはこういう時にはホント助かる。好意に甘えてメモを渡す。


「じゃ、そろそろ行くわね。ああ、そうそう伍長。昨日は激しかったわね。なかなか良かったわよ。」


「はいぃ? なにが激しかったんだっちゅーの!著しい誤解を生むような発言すんなよ!」


オレは恐る恐るシュリを見た。真っ赤になってる。湯気も出てるよ。


だからあ、シュリにはそういう冗談は通じねえんだよ!空気読めよ!


「カナタ、まさかとは思うが………」


「ちがーう!リリスはタチの悪いジョークを言う奴なんだって!オレを信じてくれ!」


「………カナタは普段からおっぱいおっぱい言ってるじゃないか!こと女性絡みではカナタは信用できない!」


「リリス、マジで洒落になんねえよ。おまえまさか、このまま研究所に行くつもりじゃないだろうな!」


「あら、私は寝言が激しかったって言いたかっただけよ? ねえ、眼鏡、なんの事だと思ったワケ? いやらしいわね。アンタむっつりスケベなんでしょ?そんな顔してるわ。」


「んがっ!………カ~ナ~タ!なんでこんなの1番隊に引っ張り込んだんだ!」


「ええっ!オレのせいかよ!」


「キミのせいじゃなきゃ誰のせいだって言うんだよ!」


「はいはい、そこまで。童貞同士仲良くしなさいよ。」


誰が童貞だ!………童貞ですけど。


シュリは台詞が出てこないみたいで、金魚みたいに口をパクパクさせてる。


シュリとリリスって相性最悪なんじゃねーかな。


冗談の通じない堅物と、存在自体が冗談みたいな小悪魔娘。


うわ、水と油どころじゃねーな。オレは知らねえぞ。知らねえからな。


リリスは颯爽とヘリに乗り込みながら、


「それじゃ再見ツァイツェン。短小包茎早漏コンビさん。」


…………そんな3重苦コンビは即、解散してえ。


あっけにとられたオレ達2人を置いて、リリスを乗っけたヘリは屋上から飛び立っていった。




シュリは例によってコメカミを指で摘まみながら、


「………カナタ、僕が言いたい事が分かるか?」


「………分かるよ。でも後にしてくれ。司令に呼ばれてるんだ。」


「司令に? それは早く行かないとマズイな。お説教は後にしよう。」


「ああ、お説教ついでに後で刀の手入れの仕方を教えてくれないか? キッドナップ作戦で酷使したから刃がザビザビになっちまってる。ガーデンには研ぎ師もいるみたいだけど、自分で覚えておきたいんだ。戦場では研ぎ師には頼れないからな。ウォッカが言うには、シュリは研ぎ師級の腕前らしいじゃないか。」


「それは感心な心掛けだ、僕で良ければ教えるよ。司令との話が終わったら中庭にきてくれ。準備しておくから。」


シュリはホントに生真面目で面倒見がいいんだよな。


それにお小言は多いけど、言ってる事をちゃんと自分でも守ってる。


普通は口五月蝿いヤツは嫌われるモンだけど、シュリには人徳があるからそうはならない。


むしろ1番隊のゴロツキにはシュリにわざとお小言を言わせてるヤツもいるくらいだ。


からかって楽しむためにだけどさ。リリスもその類になりそうだな。




オレはシュリと別れて司令室に向かった。


司令はいつものように書類の決裁、大変ですね管理職は。


「カナタ、リリスの件だが名前や顔を開示してもいいんだな?」


「いいですよ。リリス本人が同情を利用するって言ってるんで、オレがどうこう言う話じゃありません。」


「ではリリスの名演技の録画をすぐに広報部に送る。これが傑作でな。録画を見てみるか?」


「見たいですね。」


司令はタブレットを手渡してくれた。録画を再生してみる。


………リリスはまさに名女優だった。声の抑揚、時折見せる涙、哀愁を誘う表情、完璧だ。


演技には自信があるって言ってたがここまでだとは。


これに釣られなきゃウソだ。オレもリリスの本性を知らなきゃ泣いてたかもな。


「今年の同盟軍の主演女優賞にノミネートしたいですね。」


元の世界ならオスカーを取れそうだ。


「私が選考委員なら大賞をだすよ。まったく末恐ろしい娘だ。ああ、それと広報部はおまえも取材したいそうだ。」


「オレに? 一体なんでまた?」


「単独作戦での戦闘細胞浸透率の記録を塗り替えただろう。それに氷狼の甥。話題性は十分だからな。」


「オレに主演男優賞を狙えって言うんじゃないでしょうね?」


「そこまでは期待してない。だが取材は受けてもらう。カナタは私に対する貸借対照表バランスシートが極めて悪化しているんだからな。少しは穴埋めしてもらわんと。」


断りたいけど元からオレに拒否権があるとは思えない。


「ナツメを見世物にした連中に協力するのは癪ですが、やむを得ませんね。」


「そこは気にする必要はない。ナツメを見世物にした連中はもういない。」


「………そうなんですか?」


「ああ、同盟軍のイメージアップに熱心な連中だったからな。私も微力ながら協力しようと思った訳だ。それでまとめて最前線の取材をさせてやったのさ。とびきり危険な戦地に赴いた連中はめでたく2階級特進を果たしたという次第だ。」


「………冗談ですよね?」


「冗談なものか。同盟軍を愛してやまない連中だったから、命と引換えに同盟軍のイメージアップに役立てたと泉下で喜んでいる事だろう。いい事はすべきだな。私も実に気分が良かった。」


これはマジ話だ。怖え。心底怖えよ、この人。


「………ええ、いい事はすべきですよね。さすがは司令、器が違います。」


「褒めてもなにもでない、訳ではないな。ここへ呼んだ本題を忘れるところだった。カナタは今日付けで軍曹に昇進だ。面倒だから式は省くぞ。ここじゃそんなもの誰もやらんからな。これが新しい階級章だ。」


ポイッと階級章を投げ渡された。ここまでぞんざいな軍隊ってあんのかよ。


「はあ、でもオレはまだ実戦に一回しか行ってないんですが………」


「ガーデンに来る時に私は言ったハズだ。おまえが役に立つなら厚く遇してやるとな。キッドナップ作戦の報告書は読んだ。私の査定では戦功第一は無論マリカだが、おまえはその次だ。守備隊長を討ち取り、タイプXの奪取にも大きく寄与した。功績に報いるのは当然の事だ。胸を張って受け取ればいい。」


「はい、では遠慮なく。」


「おまえは早く昇進させろとマリカにも言われているし、補填の意味合いもある。今後も早めに昇進させるつもりだ。その為にも戦功をあげろ。」


「補填?」


「交渉してみたがリリスに給料を出すのは無理だった。問題があり過ぎるそうだ。」


「そりゃ無理でしょうね。それで補填ですか。」


「そういう事だ。ああ、そうだ。本来の戦功報奨金50万に私からの心付けが450万、合わせて500万クレジットがおまえの口座に振り込まれてる。確認しておけ。」


「500万!そんなに貰えませんよ!」


「金はいくらあっても荷物にならんものだ。それにリリスの支度金、当座の生活費も含みの額だ。リリスは貴族のお嬢様だったらしいから嗜好品も贅沢だぞ。だから遠慮するな。」


「は、はぁ、それでは有難く頂戴しておきます。」


「用件はそれだけだ。下がってよし。」


「それでは失礼します。」


こうしてオレは昇進して軍曹になった。



懐も暖まったし何か買おうか。自分や装備への投資は生き残る為に必要だ。


気前のいいボスってホントに有難いな。


買い物はいいけど司令の不興だけは買わないようにしないと。




ナツメを見世物にした広報部の連中みたいな末路はゴメンだからね。



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