争奪編37話 甘党と辛党と悪党と



逃げるナツメを追いかけ回し、基地の外れでようやく捕まえる。


「はぁはぁ……やっと捕まえたぞ。手こずらせやがって……」


「……はぁはぁ。捕まっちゃった。スゴいね。本気で逃げたのに。」


「お陰様でだいぶスピードも上がったからな。」


ワザと捕まってくれたってのぐらいは、わかってるけどね。


「それで? 手を握ってるだけ?……この先はないの?」


ジッと見つめてくるナツメ……な、なんでオレが追い詰められてんだ……


「こ、この先って……なんだよ?」


「……お尻ペンペンとか?」


「そうだ!とっ捕まえたらお尻ペンペンしてやろうと思ってたんだ!」


「……ほう、アタイの前で妹の尻を触ろうってのかい? いい度胸じゃないか。」


「マッ、マリカひゃん!」


動揺のあまり、思いっきり噛んじまった!


「カナタ、ちょいと話がある。まあ座れ。」


「姉さん、私も聞いてていい?」


「ああいいよ。」


オレとナツメは並んで倒木に腰掛け、マリカさんは倒木近くの岩に腰掛ける。


「さっきイスカと話したんだが、カナタは昇進と同時に中隊長に就任だ。ほれ、就任祝い。」


そう言いながら、マリカさんはポケットから缶ビールを取り出して、パスしてくれる。


「どうも。拒否権ってないもんですかねえ。」


「イスカがそんなものを認めるとでも?」


「ですよね~。」


ガーデンの掟を熟知したオレはサッサと諦め、ヤケ酒を煽る。


「姉さん、私も私も!」


「いくら可愛い妹の頼みでも酒だけはダメだ。ナツメは酔ったら脱ぐ癖があるからね。」


そうなんだ!こ、今度……


「カナタ、ナツメに飲ませたら……わかってんね?」


「……イエス、マム。」


「……カナタ、下唇から血が出てる。」


心の中じゃ血涙も流してるよ。


「……そこまでナツメの体を見たいのかい。カナタ、そんな調子じゃいつか女で身を滅ぼすよ?」


ナツメとシオンとリリスの為に身を滅ぼすなら本望ですよ。もちろんマリカさんの為でもね。


「中隊を率いるのは了解です。中隊ってのは四人組フォーマンセルの小隊5つで構成されますよね? コンマワン、ツーにあと3つの小隊を加えるって話ですか?」


「加えろ、って話だよ。」


「??………!!……人選も自分でやれってコトですか?」


「少し違う。スカウトしてこいって事さ。」


ま~た無茶振りかよぉ。そりゃウォッカやナツメみたいに、マリカさんがスカウトしてきた連中も多いけどさぁ。


「……オレはスカウトなんてやったコトないんですけど……」


「何事にも最初はある。やってみなけりゃいつまで経っても初心者ビギナーさ。」


「はぁ。それでいつからスカウティングにかかれって?」


「今からだ。」


「はい?」


「この基地には200人からの兵士が駐屯してる。一人か二人は使える奴がいるかもしれん。兵士本人の同意が得られれば好きな奴を連れていっていいと基地司令の許可は取りつけてある。アタイらはガーデンに帰投するが、カナタは残って選別にあたれ。」


「イエス、マム。不味いオートミールを食いながら選別作業に入ります。」


「姉さん、私も残る!」


「ああ、カナタのおりは任せたよ。」


「うん、任せて!」


コンマワンに残ってもらって、コンマツーとリムセは帰投させるか。


コンマツーとリムセはまだガーデンの猛者共に鍛えてもらう時期レベルだし、リック達に人選させると脳筋ばっかり集めかねないしな。






一番隊本隊はガーデンへと帰投して行き、ブロッサムベリー基地に居残ったオレ達は選別作業に入った。


経験豊富なウォッカには残ってもらいたかったのに、裏切り者のルシア中年は「早く帰投して飲み屋の姉ちゃんを口説きたい。それにここのメシは不味すぎる。」とか抜かしてマリカさん達と一緒に帰投しちまいやがった。


「……ウォッカの薄情者。……それにこの基地、どいつもこいつも雑魚ばっかり。」


駐屯兵の訓練映像を見ながらナツメがボヤく。早くも残ったコトを後悔してるらしい。


「ブツクサ言ってないで、しっかり映像記録をチェックしなさいよ!私は近接戦の良し悪しはわかんないんだから!」


履歴シートを光速でチェックしながらリリスが毒づく。だいぶイライラしてんな。


イラつく気持ちはわかるけどな。実りのない作業ってむなしいし、疲れるぜ。


「……ガーデンに来たら速攻で葬儀屋の世話になるレベルばっかりだな。こりゃ適格者ゼロってオチになりそうだ。」


「それを見越してイワンは帰投したのかもしれませんね。」


射撃記録のチェックをしているシオンがため息をつく。


「ウォッカが帰投したのは成果が見込めないからじゃない。」


「??……そんなにいい女性ヒトなんでしょうか? イワンが熱を上げてる飲み屋の方って。」


「飲み屋の姉ちゃんを口説く為でも、ここのメシが不味いからでもないよ。ウォッカは自分は選定に加わるべきじゃないって思ってやがるんだ。」


「………部下は持たない持ちたくない、だから新入りの選定にも加わらないって事ね。主義としては一貫してるけど、熟練兵としてはどうかしら? そもそもウォッカは指揮を執ってしかるべき能力スキル経験キャリアの保有者よ?」


リリスの言うコトは正論なんだが………


「オレもそう思うが、ウォッカ自身が一兵卒を志願してるからな。どうしようもない。」


「過去になにがあったか知らないけどかたくなすぎない? 隊にとっては明らかにマイナスよ?」


「……そっとしとこ。誰にだって触れられたくない事があるもの。私がヒドい事を言っちゃった時のウォッカの顔は忘れられない。」


ナツメに部下殺しって言われた時のウォッカの様子は、オレも覚えてる。


やるせなく、悲しみに満ちた顔と背中。もしあのまま石化して彫像になったら、哀愁ってタイトルが付きそうなたたずまいだった。


「お茶にしましょうか。みんな少し疲れてるみたいだわ。」


建設的な意見を言いながらシオンが立ち上がり、お茶を淹れにいく。




オレ達4人は珈琲党と紅茶党に二分される。


オレとリリスは濃い珈琲、シオンとナツメは苺ジャムを入れた紅茶だ。


元の世界のロシアでも紅茶に苺ジャムを入れる風習があったが、こっちのルシアにも同じ風習がある。


ナツメはシオンの影響で、紅茶に苺ジャムを入れて飲むようになった。


激辛女子だが甘党でもあるナツメの好みに合ったらしい。


「よくそんな甘ったるい飲み方が出来るわね。二人共、舌バカなんじゃない?」


「……舌バカかもしれないけど、毒はないから。」


リリスの毒舌に、舌を出しながら答えるナツメ。


「ナツメは上手い事言うわね。リリスも少し甘党になったら? 辛いモノばっかり食べるから毒舌になるのよ?」


シオンがナツメの援護射撃に入る。呼吸ピッタリですね。


「ちょっと!阿呆面で眺めてないで私の援護をしなさいよ!相手は連合軍なんだから!」


いや待て、オレはいつからリリスの陣営に入れられたんだ? おまえが始めた戦争くちげんかだろ。


「オレは永世中立国でね。どっちの陣営にも加担しない。」


「少尉!それって一番汚い立場なんだからね!旗幟きしを鮮明にしなさい、卑怯者!」


スイス人が聞いたら憤慨するぞ。しかしリリスの中ではオレはもう少尉なのか。


准尉の時といい、先取りの好きな女の子だよ。


「……カナタは甘党でもなければ辛党でもないし。」


「いや、ナツメ。オレはどっちかってーと辛党だと思……」


「強いて言うなら、かな?」


ナツメの台詞に爆笑する三人娘。オレってそんなにあくどいかぁ?


「いつまで笑ってるんだ!作業に戻……」


嘲笑に耐えられなくなったオレは強引に作業を再開させようとしたのだが………コイツは?


オレの目は流しっぱなしになってた訓練映像に釘付けになる。


「どうしたの、少尉?」


「リリス、訓練映像を少し巻き戻してくれ。シオン、ナツメ、コイツをどう思う?」


そこには小柄で赤毛の少年兵の姿が映し出されていた。そばかす顔の少年兵は何度も何度も倒されて、泥だらけになったが、歯を食いしばって立ち上がる。


………根性はある。なにより必要で、鍛えようがない素質だ。


それに少し違和感がある、コイツには何かがあるような気が………


「技術的にお話になりません。未熟すぎます。」


シオンはバッサリ切り捨てたが、ナツメはじっと映像記録に見入っている。


「どうしたの、ナツメ?」


「シオン、ここ見て? 少し巻き戻す。」


大柄の兵士の突きを喰らって倒れる少年。一見、いいトコなしだが……


「ほら!反応してる。攻撃にカウンターを入れようとして失敗したんだ。よく見れば全部の攻撃が「見えてはいる」みたい。」


違和感の正体はそれだ。いくら反応速度が良くても、突きへのカウンターは一番難しい。


コイツの技量で成功するワケがない。だが技量が伴えば、あるいは……


「………そうね。反応速度に見るべきものはある。でもそれだけじゃ……」


「シオン、確かにコイツの技術は未熟で、自分がまるでわかっちゃいないが、そこは鍛えれば補える。この反応速度に鏡水次元流の返し技が組み合わされば化けるかもしれない。」


「……そうかもしれません。しかし時間は必要でしょう。」


「司令と無線で話したんだが、スカウトするのは即戦力でなくてもいいそうだ。コンマワン、ツーは即戦力として期待しているが、増設する小隊は将来性を買ってもいいってさ。」


「未熟な間はガーデンで案山子かかし代わりに使うって事ね。大規模作戦が控えてるから留守番役も必要なんでしょう。」


リリスも司令の意図をわかってるようだ。


「……だったら買いでいいと思う。このコ、小柄でさほどタフそうには見えないのに、何度も何度も立ち上がれる理由もわかったし。」


「理由? 根性があるからじゃないの?」


近接戦には疎いリリスにナツメが解説する。


「それもあるけどそれだけじゃない。もう一つの理由は喰らってるんだけど、急所は外してる事。技術的な未熟さを勘案すれば習い覚えた技じゃない、本能でやってる。昔の私がこんなだった。」


「ナツメと同タイプか。優れた本能に技を上積みさせればイケそうだな。この少年をスカウトしてみよう。みんなそれでいいな?」


「うん。」 「ダー。」 「ナインね。」


ナイン


「リリス、なにが問題なんだ?」


「このって部分。事実と異なってる。」


はい?……ってコトは……




「キンバリー・ビーチャム三等兵、17歳。れっきとした女性よ。」



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