戦役編25話 呉越同舟



「らっしゃい!おや、同盟軍と機構軍の軍人さんが連れ立ってってのは珍しいねえ。」


手拭いをバンダナみたいに頭に巻いた親父っさんが愛想よくお冷やを出してくれる。


うんうん、ラーメン屋ってのはこうじゃなきゃな。


「一時休戦ってとこよ。おじさん、私、醤油ラーメン、ネギ抜きで。」


「あいよっ!けど青ネギの風味でスープに雑音を入れたくないって心配ならいらねえよ? ウチのネギは風味控え目、それに……」


「使うのは白ネギだけ?」


「わかってるねえ、お嬢ちゃん。」


「じゃ、普通で。」


「俺はチャーシュー麺、モヤシはいらん。」


「あいよっと。お兄さんはなんにする?」


「味玉ラーメン、麺は軟らかめで。あとビールもね。グラスは二つ。」


「ほいさ、ビールは先に出していいのかい?」


オレが頷くと、ラーメン屋の親父っさんはグラスを二つカウンターに置き、瓶ビールの栓を抜いてくれた。


銘柄はビシャモンビールか。……やるな、親父っさん。


「しかし一時休戦たぁ結構な話だぁね。軍人さんの前でこんな事を言うのもなんだが、早いとこ戦争が終わっちゃくれないもんかねえ。」


「戦争が終われば俺達は失業だ。あまりありがたい話じゃない。」


「テキ屋にでも転職したらどうだ? ま、呑もうぜ。」


オレはギンテツにビシャモンビールをついでやる。


「俺に客商売は向かん。見ればわかるだろう。」


「軍人には向いてるってか? 向いてねえとは言えねえか。ウチにもおまえさんみたいな任侠上がりの兵隊がいるし。」


「蛇女リンか。元気にしてるのか?」


「ウロコさんを知ってるのか!?」


「同じ業界ヤクザだったからな。名前ぐらいは知ってるさ。」


「そうか。ギンテツはなんで軍人に?」


「昔話は好きじゃない。なんでそんな事を聞く?」


「ヤクザが軍人になった経緯いきさつには興味があるだろ、普通は。ビールも奢るからさ。」


「……俺も興味がある。蛇女は名のしれた女侠客だった。なぜ軍人に?」


「バーター取引か? だったら話すぜ?」


ウロコさんから内緒にしとけとは言われてないからな。


「取引だ。聞かせてくれ。」


「ウロコさんの組の用心棒だったトゼンさんが、ウチの司令にスカウトされた。そんでついてきたらしい。」


「ああ、あのトゼンか。何があってもあの人蛇にだけは手を出すなって親父に言われてたな。」


トゼンさんってやっぱり任侠の世界でも恐れられてたんだな。


「んで、そっちはどうなのよ?」


「親父の仮釈と引き換えに兵役を受けた。親父、と言っても渡世の親だが。」


親分を出所させる為に兵役に就いたのか。義理の親でも親は親、それに堅気に迷惑はかけないとか、昭和のヤクザ映画に出てきそうなヤツだな、コイツ。


「組織の為の貧乏籤か。ご苦労なコトで。」


「組はもうない。親父がしょっかれた後、不肖のガキ共がそれぞれ勝手な事を言い出しやがってな、身内で抗争を始めやがった。手塩にかけた息子達の情けない有り様を知った親父は組を解散した。解散なんて認めねえなんて能書きをほざいていた連中は、まだ殺し合っているかもしれんが、もう俺の知った事じゃない。」


「親分さんはどうしてるんだ?」


「長屋で一人住まいだ。長い間、ストリートの顔役を務めて苦労した結果がこれじゃあな。ヤクザなんてやるもんじゃねえ。」


「……そうか。親父っさん、もう1本、ビールをくれ。」


「あいよ。馬鹿でなれず、利口でなれず、中途半端でなおなれず、任侠の世界も世知辛いんだねえ。コイツはアッシの奢りだ。酒のツマミにしてくんな。」


親父っさんは小皿に柵切りチャーシューと人情を載せて出してくれた。


「すまんな。……馬鹿でなれず、利口でなれず、中途半端でなおなれず、か。今時のヤクザは半端モンばかりだ。軍人やってる方がよほどマシだな。」


自嘲しながら酒を煽るギンテツ。塩の利きすぎたラーメンを食ってるみたいなショッパイ顔してんなぁ。


「はい、お待ち!旦那、アッシご自慢のラーメンでも食って、元気を出してくだせえよ。」


「敵と酌み交わす酒なら格好もつくが、敵と啜るラーメンとはな。……だが旨そうだ。」


「味玉の黄身が赤みがかってる、エサにパプリカを食べさせた雌鶏の卵かな?」


「少尉、講釈は後にして熱々をいただきましょ。」


昨日の敵は今日も敵、だが一つの長椅子に座ってラーメンを啜る元ヤクザと、元大学生と、元伯爵令嬢の姿がそこにあった。





「旨いラーメンだった。ガキの頃、親父と食べたラーメンを思い出したよ。貧乏ヤクザの親父が、拾い子だった俺に初めて食わせてくれたのもチャーシュー麺だったなぁ。」


オレの涙腺を刺激すんのはやめれ。緩くて困ってんだから。


「ギンテツ、薔薇十字のローゼ姫に会ってみろ。気が向いたらでいい。」


「言葉の意味がわからん。帝国の姫君がヤクザ上がりの俺に会う訳がない。」


「会ってくれるさ。このペンダントと一緒に、オレからのメッセージだと言って伝えるんだ。「尻にホクロがあるのをバラす」とな。ローゼ姫にメッセージが伝われば、会ってくれるはずだ。」


オレはペンダントから勾玉とタグを外して、ギンテツに手渡した。


「おい、そんな伝言をしたが最後、その場で無礼討ちにされても文句は言えんぞ!それにこのペンダントはなんなんだ? だいたいそんな話を信じられると思うのか!」


「信じる信じないは勝手だ。だがローゼ姫ならおまえと親分さんに最良の道を用意してくれる。」


「それで剣狼になんの得があるんだ? 罠だとしか思えんぞ。」


「少尉は自分のルールに従ったまでよ。」


「自分のルールだと?」


「ええ、「心にシミは残さない」のが少尉のルール。だからアンタが信じようと信じまいとどっちでもいいの。少尉は自分に出来る事はやった。後はアンタの問題。」


「そういうコトだ。これで借りは返した。もし、戦場で会ったら容赦はしない。」


「……それはお互い様だ。」


「ご馳走さん、お代はここに置いとくぜ。それじゃ帰ろうぜ、リリス。」


「そーね。アデュー、イケメンヤクザさん。」


訳がわからんといった顔のギンテツを残してオレ達は、タクシー乗り場へ向かった。




宿舎に帰るタクシーの車内、オレは見慣れぬ街の夜景を楽しむ。


通りを歩く人々………みんなどんな人生を送ってるんだろう? 言えるのはオレよりツイてるだろうってコトかな………


そうでもないか。あのまま日本で暮らしてたら、オレはどうしてた?


生きる意味さえ真面目に考えるコトもなく、ただ呼吸して心臓が動いてるだけの無味乾燥な人生を送ってたんじゃないだろうか。


明日をも知れず、なにかにつけてトラブル続きの生活だけど、オレは今を生きている。


………爺ちゃん、ありがとう。オレはこの星に来てよかったよ。


オレと運命を共にしてくれるって酔狂なちびっ子や、気ままで気まぐれな天使に、尽くしたがりの金髪美女に囲まれるなんて思ってもみなかったけどね。


「ね、少尉。聞いていい?」


「なんだ?」


「どうしてギンテツにお節介を焼いたの? 借りを返す為だけじゃないわよね?……それにあのペンダントは大事な物なんじゃないの?」


大事な物だけど、借り物だからね。本来の持ち主に返すべきなんだ。


「いけすかない味方もいれば、尊敬に値する敵もいる。オレはヤクザだのマフィアだのは嫌いだが、あの男の不器用一徹の生き方には美学を感じた。オレには出来ない生き方だけに、余計にね。」


「それで薔薇十字に?」


「ああ、ローゼはああいう男の使い方を知ってる。人斬り包丁だって包丁だろ、使いようによっては人の役に立つんだよ。トゼンさんみたいにな。」


……ヒットマンのギンテツは暗殺のプロ。暗殺のプロは護衛のプロでもある。暗殺者の手口を熟知してるんだからな。


受けた恩への義理立てに生きる男ギンテツは、ローゼの身を守る匕首あいくちになってくれるかもしれない。


「ふぅん、少尉はえらくローゼ姫を評価してるのね。……不愉快だわ。」


ありゃりゃ、むくれちまったか。




ドックに併設されてる宿舎前でオレ達はタクシーを降りた。


「それじゃあ私は女同士の話し合いにいってくるわ。」


「なにを話すんだ?」


「結論を出さない為の事前協議よ。先延ばしの為のお話を先にしとこうと思ってね。」


事前協議って結論を出す為にするもんだろ。


「言ってる意味がよくわからん。」


「わからなくていいわ。下等生物に理解出来るなんて期待してないから。」


「誰が下等生物だ!」


オレの抗議なんてどこ吹く風で、リリスは下唇に人差し指を当てて、独り言を呟き始める。


「今の状況は悪くないから結論は先送りでオッケーよね? 結果より過程を重視するのが私のスタイルなんだし。……うん!どうせグダグダになるのは少尉の人生なんだから、その辺は適当でいいわ。」


「おい!勝手に人の人生をグダグダにすんな!しかも適当ってなんだよ!なにをやる気かは知らんが、せめて真面目にやってくれ!」


「どうせ収拾がつきそうにないなら、いっそ混沌カオスに混沌を重ねて、超グッダグダにするのが楽しいかな? マイナスにマイナスを掛けたらプラスになるかもしれないし。」


「人の話を聞けえ!」


「うっさいわねえ。少尉の人生をオモチャにする権利が私にはあるの!」


「ねえよ!いつそんな権利が発生したんだ!」


「運命共同体の約束を忘れたのかしら? 私と少尉はどんな運命でも共にする、つまり少尉の人生は私の人生。自分の人生をオモチャにして文句を言われる筋合いはないわ。」


当然でしょって顔でリリスは微笑んだ。


「その三段論法は飛躍しすぎだろ!無茶言ってんじゃねえ!」


「ふふっ、あの指切りは高くついたわね。」


笑顔のまま舌舐めずりをするリリスさんを見て、ようやくオレは理解した。


あの指切りは悪魔との契約だったんだって。




………どうやらオレは魂をこの小悪魔に売り渡してしまったらしい。


ま、いいか。こんな可愛い小悪魔のコレクションになったってんなら、オレの魂だって本望だろう。



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