閑話 神祖、御門聖龍
「聖龍様!気が付かれたのですね!」
「……
目覚めた聖龍に抱き付く泣き腫らした目の腹心、御鏡翔鷹。
翔鷹はここ数日、枯らす事のなかった涙をまた流し、何度も頷く。
「聖龍様!あのような無茶な真似はもうしないと翔鷹に誓ってくださいませ!私が……私がどんなに心配したのかご存知なのですか!」
「……すまなかった。翔鷹も存知の通り、八熾と叢雲はイズルハきっての武家の名門。その気構えの
光とは御門聖龍の一子、後の二代目帝、御門光龍の幼名である。
「聖龍様、ここには私しかおりませぬ。いつもの様に…」
「ピイィィ!」
部屋の止まり木の上にいた翔鷹の愛鷹、羅刹丸が鳴き声を上げ、羽根を広げて抗議した。
「フフッ、羅刹丸が怒っていますよ?」
「許せ、羅刹。忘れておったのではない。おまえは比翼の友じゃが、すぐムクれるのが玉に瑕じゃな。」
文字通り、翼を持った比翼の友である羅刹丸はソッポを向いて拗ねてみせた。
「……
有翼の友を宥めようとした翔鷹だったが、聖龍の言葉が抑えていた憤懣に火を点けた。
「まったくです!
「……ごめんなさい、姉さん。でも言えば止めたでしょう?」
「当たり前です!もし落命した挙げ句に、叢雲一族と八熾一族が和睦せねばただの犬死!後世の物笑いの種になりまする!そもそも、聖様が光様を置いて死なれてどうなさいます、本末転倒も甚だしい!昔から聖様のなさりようは無理、無茶、無体なのです!今後はお体大事をお心得くださりませ!わかりましたね!!」
「……もうそのあたりで矛を収めて。可愛い妹を苛めて楽しい?」
御門聖龍には秘密があった。世間には秘密であったが彼、いや、彼女は御鏡翔鷹と同じく、女性なのである。
……20年前、御門家には双子の兄妹が生まれた。しかし兄は乳児の時にみまかってしまった。聖龍の父は死んだのは妹と世間を偽り、妹を死んだ兄として育てた。戦国乱世のこの時代、女性を当主とすれば、一族内に不穏な輩が出るやもしれぬと懸念したからである。
そして元服した聖龍は内密の夫として、翔鷹の義弟を選んだ。翔鷹の弟、
「まさか
「私も同じ事を念じているのです。光には、光にだけは幸せに生きて欲しいと。今は戦国乱世、力なき者は淘汰されるが
「……聖様……ハッ!なに奴だ!」
腰の刀に手をかけた翔鷹の前で襖が開かれる。そこに立っていたのは八熾の狼、八熾
「話は聞かせてもろうた。」 「いやはや、御門聖龍が
「クッ!人払いをしてあったはず…」
家中の者は何をやっていたか、と翔鷹の脳裏に愚にもつかない考えが浮かび、霧散する。
和睦を終えた二人の当主が見舞いに現れ、どうしても通ると言えば抑え切れまい。
この二人はイズルハきっての修羅と羅刹、邪眼など使わずともひと睨みで家中の者を黙らせただろう。
聖龍の
「牙ノ助殿、豪魔殿、聖龍様が女性で…」
聖龍が手を上げ、翔鷹を制した。
「お聞きの通りです。私が両家の和睦を願うたのは、私心から湧き出し願望。親としての我欲に過ぎませぬ。」
「親が子を想うて何が悪いのじゃ? 至極当然であろう。」 「そうとも。我欲願望、大いに結構ではないか。」
一族を群れと称し、孝徳を重んずる牙ノ助、強者として我意を通す事を誇りとする豪魔、二人の当主は気に止める風もない。その様を見た聖龍の心に大望が芽生えた。
「我欲願望、大いに結構、親が子を想うもまた然り。……なればお二方、さらに欲目を広げてもよろしゅうございますか?」
「聞かせて頂こう。」 「どう欲目を広げなさる?」
心に秘めし刃を牙に変え戦う狼、八熾牙ノ助。天賦の才気で敵を噛み砕く虎、叢雲豪魔。親愛と友誼を翼に飛翔する鷹、御鏡翔鷹。この三人の力を借りれば必ずや為し得るはず。聖龍は己が決意を言葉にする。
「戦国乱世を我らの手で終わらせるのです。私は我が子、光だけではなく、イズルハの子ら全てに
龍の目を持つ聖龍は、狼の目を持つ牙ノ助、虎の目を持つ豪魔、鷹の目を持つ翔鷹に
「よろしかろう。豪魔、お主はどうじゃ?」
「フッ、面白い。我らが牙、聖龍殿に預けよう。御鏡の鷹よ、お主には聞くまでもあるまい?」
「無論だ。我が翼はもとより聖様の恩為にある。」
「……ありがとう。翔鷹、そこにある三つの※三方をこちらへ。」
翔鷹は義妹の言葉に従い、聖龍は三つの三方の上に載せられた長さ大きさの異なる木箱を、三家の当主達に手渡した。
「……これは……剣か。」 「……我が家の旗印、勾玉とはな。」 「私には……やはり鏡……」
三方に載せられし三宝。それは聖龍が後事を託す為に作っておいた剣、勾玉、鏡であった。
「翔鷹、龍石を我が手に。儀式を始めます。」
床の間に掲げられた龍石を
「……叢雲、八熾、御鏡、神器を宿す三家の長よ、私と共に祈りを。」
それぞれの家を象徴する宝を手にした三人の当主は、聖龍を囲んで車座に座り、祈り始める。
心龍、神虎、天狼、聖鷹の祈りを捧げられしは龍石、神剣、至玉、聖鏡。
稀代の念真力を持つ当主達の心を宿した家宝達は、不思議な光を放つようになった。聖龍は魂を宿す石を作る能力を持っていたのである。
「ここに我らは誓う。……我らは死せども、天に昇らず、地に還らず、家宝に宿る
御門聖龍が厳かに宣言し、三家の長はゆっくりと頷いた。そして己が家宝に立てる誓いを
「……御門一族は龍石を称えたもう。この龍石を以て、
「……叢雲一族は剣を称えたもう。この剣を以て、御門の敵を討ち滅ぼす者なり……」
「……八熾一族は至玉を称えたもう。この至玉を以て、御門の御身を護る者なり……」
「……御鏡一族は鏡を称えたもう。この鏡を以て、御門の心を映す者なり……」
御門聖龍、叢雲豪魔、八熾牙ノ助、御鏡翔鷹の交わした儀式。
この儀式が"帝と三家三宝の儀"として後世に伝えられてゆく事となる。
※三方とは神事の際に貢ぎ物を載せておく木台の事です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます