再会編23話 人斬りと白蛇
オレはガーデンの演習場でシズルさん率いる白狼衆とリック率いる企業傭兵隊の訓練を見守っていた。
この訓練に手は出せないが口は出せる。眼前の敵にだけ集中してしまう、リックの悪い癖が鎌首をもたげてきたな……
「リック!シズルさんばっかりに構ってると部下が死ぬぞ!」
雷光を纏った刀をポールアームで払い、リックは部下の状況を横目で確認する。
牛頭馬頭兄妹を相手に苦戦するウスラトンカチ、ノゾミが懸命に射撃で支援するが上手くいってない。
「ノゾミ!白兵で援護しろ!場合によっては…」
「リック、指揮にばっかり夢中になると自分が死ぬのよ?」
辺境で白狼衆を率いて戦ってきたシズルさんには余裕がある。小隊指揮しか経験のないリックのいい先生になってくれそうだ。
「クソッ!中隊指揮官ってのはこんなに忙しいのかよ!」
「中隊指揮ぐらいで音を上げるな。ヒンクリー少将は師団の指揮をやってんだぞ!」
もうじき御門グループ企業傭兵部隊を率いてシュガーポットへ演習に行く。リックの成長した姿を父親である少将に見せてやりたい。……父親が地球にいるオレにはもう出来ないコトだから。
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「こうくるなら、こうですかね……」
作戦室のシミュレーターで司令を相手に戦術訓練、ここのところ毎日こうだ。
「それでいい。10の戦い、100の戦い、1000の戦い、率いる数によって指揮の考え方は複雑になる。」
持ち駒が多いと選択肢も増える。詰め将棋の三手詰めと十手詰めみたいなもんだな。
「もう一度お願い出来ますか? シュガーポットで行われる大規模演習で恥をかきたくない。」
「いいだろう。シュガーポットに駐屯しているヒンクリー師団は精鋭だが、アスラコマンドは格が違うと見せてやらねばな。」
そう言って司令はかなりの時間、オレの訓練に付き合ってくれた。
「今日はここまでにしておこう。明日はマリカが先生だ。大規模戦術でも私とは傾向が違うから勉強になるだろう。」
「はい。」
「一つ言っておこう。カナタはアスラコマンドだけに強い味方に慣れすぎている。だが実戦では弱い兵士を率いて戦果を出さねばならん場合もある。弱卒を率いる場合の戦術レポートを作成し、提出しろ。私が採点してやる。」
「了解。手始めに中ほどのレベルにある御門グループ企業傭兵を想定してレポートを作成します。さらなる弱兵のレポートはその後で。」
「うむ。カナタは御門グループ企業傭兵団の指揮官だ、それがいいだろう。」
作戦室のドアがノックされ、肩に修羅丸を乗せたビーチャムが入室してきた。
「司令、お忙しいところ失礼するのであります!隊長殿、中隊指揮について質問があるのですが、よろしいですか?」 「ピィィ!ピィ!(ご主人!ごはん!)」
「カナタ、ビーチャムに付き合ってやれ。私は修羅丸と食事にする。」
「ビーチャム、オレも飯を済ませてくるから…」
ビーチャムは手に持っていたビニール袋を机の上に置き、元気よく宣言した。
「問題ないのであります!授業料代わりに焼きそばパンと牛乳を持参して参りました!」
……用意のよろしいコトで。ま、やる気になってくれてるんだから、いいコトだよな。
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そんなこんなで一ヶ月ほどが過ぎ、オレもみんなも少しは指揮官として様になってきた。
特に進捗が目覚ましかったのがギャバン少尉で、頼りになる壁役さえいれば十分に戦力になるというコトを証明してみせた。
今もそのギャバン少尉とギデオンの主従コンビと大食堂で食事を摂りながら戦術談義をしている。
「問題は壁を突破された場合の対処なんだよねえ。僕はお世辞にも運動能力が高いとは言えないし……」
「俺が体を張って食い止めます。坊ちゃんに接敵させなきゃ済む話なんですから!坊ちゃんの投資は無駄にさせやせんぜ!」
投資ねえ、確かに投資は投資か。ギャバン少尉はギデオンの戦力強化の為に奥群風刃流の秘伝書を大枚はたいて入手したのだ。
本来、秘伝書なんてのは門外不出の代物なんだろうけど、このご時世じゃあむべなるかな。白兵戦が戦場の主役となった今の状況じゃあ剣術武術の秘伝書には高値がつく。風刃流には助九郎みたいな高弟がいたし、流出しても不思議はない。ただ問題は……
「ギデオン、今学んでる秘伝書が風刃流の全てだなんて思うなよ?」
「へっ? これって奥群風刃流の秘伝書でしょ?」
「不心得者が流出させた秘伝書な? バイケンや助九郎の使った技で載ってない技がある。記載漏れではなく意図的に記してないんだ。」
「だろうねえ。まあ歯抜け、虫食いなのは承知で買ったんだからいいんだけど。」
「坊ちゃんは秘伝書が不完全なのを承知で買ったんですかい!?」
素っ頓狂な声を上げたギデオンに、首からナプキンを装着し、純銀製のマイカトラリーで武装したギャバン少尉は頷いた。
「僕が不心得者でもそうするからね。全部載っけて奥義の類までマスターされたんじゃ、自分の身が危うくなるかもしれないだろう?」
ギャバン少尉は身体能力は低くても、洞察力は高いんだよな。ロブやリリスもそうだけど、参謀力がある。
そしてギャバン少尉は視界も広い。磯吉さんがカウンターに料理を並べたのを横目で確認し、指をパチンと鳴らした。そしてフィンガースナップを合図にギデオンが立ち上がって料理を運んでくる、と。
「カナタ君、フィンガーボウルはどこにあるんだい?」
フィンガーボウル?……ああ、フランス料理で指を洗うアレか。
「あるワキャねえだろ、そんなモン。だいたいギャバン少尉、指パッチンで合図するなんてのはお行儀の悪い行為なんだぜ?」
「ハハハッ、確かに。でもね、こう見えて僕は上級マナー検定に一発合格しただけじゃなく、講師を務めた経験も…」
出たよ、"こう見えて僕は~"シリーズが。次から次へと、一体何弾まであんだよ。
「クロワッサンを口に突っ込まれたくなきゃ黙れ。」
「剣狼、坊ちゃんの鼻持ちならない自慢話は拝聴するのがマナーですぜ。」
そんなマナー知るか!……ん? あれはトゼンさんとウロコさんじゃないか。任務から帰投してきたんだな。
「トゼンさん、ウロコさん、お帰りなさ~い。作戦は成功したんですね?」
「なんとかね。カナタはイスカとマリカにしごかれてるらしいじゃないか。ま、こんな人斬り馬鹿になんないように精進しな。」
「ギデオン、Mr.オロチに乾き物とカップ酒を。そこの自販機で売ってるから。」
「気が利く小僧じゃねえか。おめえ、カナタのダチか?」
「僕はロベール・ギャバン少尉、仰る通り、カナタ君の友人です。」
え!? 友達だったっけ、オレ達。……まあいいか、もう友達で。
ギャバン少尉がギデオンの買ってきたカップ酒の蓋を開け、トゼンさんに差し出したので、オレはスライスサラミの袋を破り、余った小皿に並べる。
カップ酒で喉を潤したトゼンさんは、小皿のサラミに手を伸ばす。だけど伸ばした袖口から顔を出したちっちゃな白蛇が先にサラミを咥え、はみはみし始めた。
「トゼンさん、その蛇は?」
ダンマリを決め込んだトゼンさんに代わって、笑いを嚙み殺したウロコさんが答えてくれる。
「それが傑作なんだよ。アタシらの任務は機構軍の生物兵器研究所の奪取だったんだけどさ、標的の研究所にいたそのコは、なにが気に入ったのかトゼンについてきちまってね。トゼンの懐を我が家にしちまったって具合さ。」
(
うわっ、この白蛇、知性があんのかよ。そういや動物のバイオメタル化のパイオニア、百目鬼博士って機構軍にいるんだったか。
(白ね、オレは天掛カナタ。よろしく。)
(カナタしゃんでしゅね。おぼえまちた。)
この蛇、可愛いじゃん!アニマルエンパシーを持ってて良かったぜ~!
(白はトゼンさんが怖くないのかい?)
チロチロと赤い舌を出し入れしながら白は首をかしげた。いや、どこから首でどこから胴かはよく分からんけど、そう見えた。
(?? トゼンしゃんが気に入ったのでしゅ!)
気にいっちまったかぁ。だったらしょうがねえよな。
「オレとリリスみたいなモンか。トゼンさん、気に入られちゃったんならしょうがないですね。」
「このガキ蛇は畜生の分際で口が回りやがんだよ。ま、邪魔にはならねえ奴だしな。」
雪風や修羅丸みたいに役立ってくれそうだもんなぁ。蛇ならではの能力を活かす知恵もありそうだし。
「アタシもアニマルエンパシーが欲しくなってきたねえ。白、剣先イカも食べるかい?」
(ウロコしゃんも好きなのでしゅ!)
「ウロコさんも好きだと言ってます。」
トゼンさんがやらない以上、オレが通訳するしかない。
「うんうん、可愛い可愛い。ほら、スルメだよ~。」
ウロコさんが小さくちぎったスルメを咥えた白は、体を使ってハートマークを描いた。その可愛らしい仕草を見たウロコさんの目もハートマークになる。
そこにトゼンさん達を探していたらしい司令がやってきた。
「ウロコ、接収した研究所なんだが実験動物の数が合わない。なんだ、そこにいたのか。悪いがその蛇は回収して…」
「イスカ!白はウチの子だよ!連れてこうってんならアタシが相手になる!」
4番隊一もの分かりがいいはずのウロコさんに凄まれた司令は、一応の上官に打診を試みた。
「おい、トゼン。なんとかしろ。」
「知るかよ。白を連れて行きたきゃ4番隊のゴロツキを半分ばかり殺せばいいやな。もっと多いかも知れねえが……」
「やれやれ、私は何も見なかった、だな。」
司令は、"見なかったコトにする"と即座に最適解を導き出し、
鷹、犬ときて今度は蛇か。ガーデンも動物園みたいになってきたな。ま、人型の珍獣には事欠かないトコだし、今さら蛇の一匹や二匹、どうってコトはない。
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