戦役編5話 海賊戦法



轟音と共に敵艦隊は主砲を一斉に発射してきた。


艦橋から見える眼下の景色が、砂埃にかき消され、オレの心を泡立たせる。


「主砲の装填音確認!また撃ってきます!」


本職はオペレーターのノゾミが椅子から振り返ってこちらを見上げ、悲鳴のような声で報告してくる。


「慌てンな。まだ電磁誘導砲リミットキャノンの有効射程じゃない。ただの脅しさ。」


指揮シートにふんぞり返ったマリカさんは落ち着き払って、煙草に火を点ける。


「巡洋艦は後退!五月雨、サジタリウスは不知火の左右を固めつつ前進!タラスクは不知火の前に出な!」


スクリーンにカーチスさんが映し出された。自慢のリーゼントに櫛を入れてる、どんだけ余裕かましてるのやら。


「俺の出番だな、マリカ。」


「ああ。機構軍のバカ共に、タラスクは人肉を喰らう龍だって教えてやんな!」


「おうよ!電磁誘導砲用意!配置に着くと同時に足を出せ!」


足を出せ?……タラスクって元の世界じゃ六本の足と亀の甲羅を持つ龍だったけど……


カーチスさんの乗艦タラスクは不知火の前に踊り出て静止。そして艦の橫腹からアウトリガーが6本、迫り出してきて大地を掴む。


タラスクは本当に六本足の龍なのかよ!


そしてタラスクの特大の主砲が大轟音を上げた。砲撃は敵艦隊中列にいた巡洋艦に命中、黒煙が上がる。


「敵巡洋艦に命中!中破したものと思われます。」


ノゾミの報告に満足げに頷くマリカさん。


「カーチス!遠慮はいらないよ!全部スクラップにしちまいな!」


「任せとけ!俺に砲撃戦を挑むなんざ100万光年はええんだ!」


「あのね、カーチス。光年は……」


オレは隣に立っていたリリスの口にキャラメルを放り込んで黙らせた。


カーチスさんがノリノリなんだ。光年は距離の単位なんて野暮なツッコミは今はいらない。


脅しの砲撃のお返しに痛撃をもらった敵艦隊は、色めき立った。


そうか。たぶんあり得ない距離からの反撃に泡食ってんだな。


「タラスクは超長射程の主砲を搭載してるんですね。アウトリガーが6本も必要なほどの。」


「そうだ。タラスクの最大射程を見せるのは、これが初めてだからね。おうおう、慌ててる慌ててる。」


慌てふためく敵艦隊が隊列を整えるまでに、さらに二隻の巡洋艦がタラスクの餌食になった。


重砲支援が得意なカーチスさんだけに砲撃戦もお手のものだ。


「さて、どんなアホでも離れてちゃ勝負にならない事くらいはわかんよねえ。」


マリカさんの言葉通り、敵艦隊は巡洋艦を先行させて距離を詰めてくる。


「狙いはタラスクですよね!足が止まってますから!」


「そうだろうねえ。全速前進!タラスクの前に出ろ!五月雨、サジタリウスは本艦の援護!」


「五月雨、了解だ。」 「サジタリウスも了解。ノロマな亀さんをガードしてやっかね。」


「やかましい!黙ってタラスクの壁になってろインチキ金髪が!」


「誰がインチキ金髪だ、スカタン! テメエのリーゼントがヅラだってバラすぞコラァ!」


「誰のリーゼントがヅラだ、モヤシ野郎が!そのニセ金髪を血で染めて赤毛にすんぞボケェ!」


「喧嘩は後でやんな、ボケナスコンビ!ドンパチの最中なんだよ!タラスクは砲撃を続行!五月雨とサジタリウスは本艦の砲撃後に攻撃を開始しろ!主砲発射用意!」


「了解!主砲発射用意!敵艦隊、有効射程距離まで後1300m!」


間近にいたら金髪とリーゼントの掴み合いを始めたに違いない二人を一喝し、マリカさんは艦隊に指示を飛ばして横長の艦列を形成させる。


「まだだ、まだだよ………撃て!!」


不知火の電磁誘導砲が火を噴き、敵艦隊の先頭を走る巡洋艦のキャタピラを破壊した。


平原で座礁した巡洋艦を置いて、敵艦隊は肉迫してくる。


「1~8番艦は4隻づつに別れて左右に展開! 残った2隻はタラスクの壁だ!タラスクは支援砲撃に切り替えろ!」


マリカさんの命令で左右に布陣していた巡洋艦達が動き出す。


こうして適正距離での砲撃戦が始まったが自軍が優位だ。艦砲射撃の精度において相手を上回ってる。


10分ほどの砲撃の応酬でこちらの被害は小破一隻、向こうは中破2隻、いい感じだぞ。


「カナタ、優位な時のセオリーはなんだい?」


「現状維持が基本です。」


「そうだ、だけどアタイはヒネててね。あえて動く。」


「優位な状況を放棄して、ですか?」


「優位だからこそさ。どん詰まりになってから動くのは誰でもやる。だから読まれる。戦いは相手にまさかと思わせれば半分勝ち、優位だからこそ意表を突いた戦術取った方がいい場合もある。それが戦術の幅ってもんさ。覚えておきな。」


「はい!」


「五月雨、サジタリウス、海賊戦法いくぞ!最大戦速、全艦前進!敵艦隊の艦列に割り込め!」


海賊戦法? なんだそりゃ?


「カナタ、ラセン、ゲンさんは配下を連れて右舷のパイルチューブ前に移動!」


「いくぞカナタ!」


ラセンさんの後を追って右舷に移動する。


パイルチューブ……あ!海賊戦法ってひょっとして!


右舷通路から突起のように飛び出したスペースにはラセン隊とコンマワン、ツー小隊が待機していた。


「パイルチューブを撃ち込んで敵艦に接舷、白兵戦で艦を制圧するってのが海賊戦法なんですよね?」


「そうだ。俺とカナタでブリッジを抑える。後から続くゲンさんが機関室だ。」


大量殺戮に向いた固有能力タレントスキルを持つオレとラセンさんの見せ場ってワケか。


狭い艦内用にポールアームから戦斧バトルアックスに得物を変えたリックが嬉しそうにオレに肩を叩く。


「腕が鳴るな、兄貴!戦争ってのはこうじゃなきゃよ!」


生憎だけど、おまえほど戦争をエンジョイする気にゃなれねえよ。


「隊長、ビーチャムは艦で待機させます。それでいいですね?」


「ああ、さすがにノゾミとビーチャムには荷が勝ち過ぎる。オレ等だけでいい。」


不知火が大きく振動し、シオンがオレの方へ倒れかかってきたので、慌てて抱き止める。


胸板で感じるボリューム満点のおっぱいの感触、トッドさんとは違う本物の金髪からは、ほのかなシャンプーの香り……不知火が被弾したんだろうけど、心配よりも煩悩が勝っ……


そして煩悩を打ち消す足の甲の痛み、と!


「ナツメ、思いっきり踏んだろ!」


「カナタが悪い!シオンもいつまでカナタにくっついてんの!」


「あ、ありがとうございます、隊長。」


「どういたしまして。」


……ホントはもうちょっと巨乳様と触れ合っていたかったけど……


「カナタ、シオン、イチャつくのは後にしろ。」


「ラセン副長、今のは事故です!私達はイチャついてなんか……」


「ほっほっほっ。シオンさんや、若いのにばっかり構っとらんで、年寄りも助けておくれでないかね? 機関室までに長い通路があって射線が通っておる。狙撃手の援護が欲しいのぅ。」


「隊長、よろしいですか?」


「ああ、シオンは狙撃で援護を。ナツメもゲンさん達の加勢に回ってくれ。」


「私はカナタといく!」


「こっちはオレとラセンさんがいれば十分だ。頼むよ。」


「う~~、わかった。」


「ナツメ、兄貴の傍には俺らコンマツーもいるんだ。心配ねえよ。」


リックが胸を叩いて断言するが、ナツメはすげなく答えた。


「だから心配なの!」


そりゃねえよって顔になるコンマツー小隊。笑顔を取り戻しても容赦のなさは相変わらずか。


「パイルチューブいくぞい!」


ゲンさんが敵艦の窓に降ろされたシャッターの亀裂めがけてパイルチューブを発射する。


高速で発射されたパイルチューブは見事に亀裂に命中、シャッターと強化ガラスを突き破り、敵艦への通路が開かれた。


「一番手は俺でカナタが次だ。カナタ、右は任せる。」


そう言ってラセンさんはチューブに飛び込んで行った。


オレはラセンさんに続いてパイルチューブに飛び込み、丸いチューブの中を滑走する。


チューブを出てすぐ右手側に念真障壁を形成、左はラセンさんがカバーしてるはずだ。


形成した念真障壁にチュインチュインと弾痕が穿たれ、オレ達に向けられた複数の銃口が見えた。


艦内への侵入を許すまいと敵さんも必死だな。……無駄な努力なんだが。


オレは乱射してくる敵兵達に向かって最大威力の狼眼を使い、沈黙させた。


うなじに熱風を感じる、ラセンさんも炎術で敵兵を黙らせたか。


「大したレベルの敵ではないな、カナタ。」


「そのようで。」


オレ達に続いて次々とパイルチューブを滑って蜘蛛達が艦内に滑り込んでくる。


全員が揃うのを待たず、ラセンさんはハンドサインでオレについてこいと合図した。


「さっさと艦橋を制圧するぞ。」


「了解。みんないくぞ!」


ラセンさんを先頭にオレ達は艦橋へ走り出した。


敵兵達はなんとか火炎魔神の進軍を阻止しようと立ち向かってきたが、日頃の剽軽さをかなぐり捨てた冷酷な殺人者を止める事は出来ない。


……可哀想だが、消し炭にされる為に立ち塞がっているようなものだな。


もう年齢どころか、男か女かの判別すら出来ない焼死体を横目に、オレはラセンさんに提案してみる。


「ラセンさん、オレが先頭に立ちます。力を温存してください。」


ラセンさんの炎術じゃなく、オレの狼眼なら殺さずに無力化出来る敵兵もいるだろうと考えたのだが……


「カナタの狼眼を温存する為に俺が先頭に立っている。艦橋で炎術を使いたくないのでな。」


「艦橋で炎術を使えば計器類や舵輪が滅茶苦茶になる。航行可能な状態で拿捕したい、というコトですか?」


「わかってるじゃないか。見えたぞ、艦橋の入り口だ!」


艦橋前の通路には、敵兵達が鉄盾と念真障壁でバリケードを築いていたが、ラセンさんはものともしなかった。


炎を纏う両手を交錯させて生じた螺旋状の炎の渦が、最終防衛ラインを死守しようとする敵兵達を消し炭に変える。


第一番隊クリスタルウィドウの最多殺傷数を誇る男は、またしてもその記録レコードを上積みしたワケだ。


「俺の見せ場はここまでだな。行け、カナタ!」


オレは消し炭と化した屍を踏み越えて、艦橋に躍り込む!




覚悟しな。オレもツキのない男だが、今日に限って言えばツキがないのはおまえらだ!!



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