再会編34話 乱破の入れ知恵



「当面の方針はこんなとこかな。しかしカナタは何か秘密を抱えてそうだと思ってたけど、予想以上に奇想天外な話だったよ。良くも悪くも予想を超えるのがポリシーなのかい?」


オレに関する善後策を相談し終えたオレ達は、星を見上げてアイスウォッカのボトルを回し飲みする。


「さて、これで前半戦は終わりだ。後半戦、いっくよ~♪」


精一杯可愛い声を作ってみたが、シュリはアイスウォッカをプッと噴いてしまった。


「カナタ、まだ秘密があるっていうのかい?」


「うん、実はそうなんだ~♪」


「ギャルみたいな声真似はやめろよ、気色悪い。はあ、……どれだけ秘密だらけなんだよ!!」


「まあそう言わずに聞いてくれ。オレが魔女の森で帝国の皇女様を助けたコトは話しただろ? それでだな……」


オレは伏せておいた魔女の森での出来事の詳細と、その後にあったコトをシュリに話した。ローゼが世界を変えようと戦い始めた件と死神の正体に関する件について、相談にのって欲しかったからだ。毒を食わせたなら皿まで食わせる、こうなったらシュリには親友兼共犯になってもらおう。中途半端はしないのがポリシー、巻き込んだ以上は徹底的に、だ。


話を聞き終えたシュリは、やっぱり思案顔になった。まあ、利敵行為か内通行為に問われても仕方がない話だからな。


「……難しい話だね。しかし薔薇十字の結成にカナタが影響を与えていたとは……」


「それに関してはあんまり責任を感じてないけどな。例え魔女の森でオレと邂逅しなかったとしても、あのお姫様はそうしていただろう。彼女が自分の背中に生えた翼に気付けば、鳥籠から出て羽ばたくコトを選ぶに決まっているから。」


そうさせたくなかったなら、彼女を見殺しにするしかなかっただろう。だけど、それはオレには出来ない選択だった。陣営は違えど、ローゼもオレと同じ人生の旅人だったから……


「結果は同じ、違いは早いか遅いかだけ、か。カナタは何を望んでいるんだ? それによって僕の行動も変わってくる。」


「理想から言おう。同盟軍を司令が掌握し、ローゼが機構軍を掌握する。そして司令とローゼが和平条約に調印、これがオレの考える最良の戦争終結方法だ。問題は司令が同盟を掌握する可能性はかなり高いが…」


「ローゼ姫はそうでもない。薔薇十字は出来たばかりで機構軍への影響力は限定的だ。今のところ、ローゼ姫がゴッドハルト元帥の娘だという点に立脚している。問題なのはローゼ姫が権力を掌握する為には父である元帥を追い落とす必要があるって事じゃないか? ゴッドハルト元帥は主戦派の筆頭と目されている。」


「どうかな? 同じ主戦派でもネヴィル元帥は大規模な会戦には必ず出てくるが、ゴッドハルト元帥はそうでもない。こないだの大戦役では重い腰を上げたが、あの局面で出なこなけりゃタダの馬鹿だろう。機構軍に元帥は5人いるが、ゴッドハルト元帥は2番目に出撃回数が少ない。1番は軍務官僚上がりで実戦経験がほぼないコトを考えれば、彼はそんなに戦争大好き人間って訳でもないんじゃないか? 権力大好き人間なのは確かみたいだが……」


「勿体つけてるのか、実はそこまで戦争の名手ではないのか……」


「機構軍の広報誌では「不世出の将帥」ってコトになってるがな。確かに戦争の名手ではあるんだろう。事実、ザラゾフ元帥をバーバチカグラードで破っている。」


「ザラゾフ元帥と一騎打ちで戦ったのは死神だ。会戦の勝敗を決定づけたのも最後の兵団で、どちらもゴッドハルト元帥の力じゃない。」


「戦争の名手とは武勇に秀でる必要も、卓抜した指揮を見せる必要もない。それが出来る人間を配置し、運用する者を指す。少なくともバーバチカグラードでの彼はそうだった。」


「う~ん、それは戦略家の仕事であって、戦術家の仕事じゃない。僕は戦争の名手とは名戦術家を指すと思うんだけど……」


そのあたりの定義は難しいところだ。戦術家としては弟にまったく及ばない頼朝を武士として評価するみたいなもんだな。だが、最後に勝ったのは義経ではなく頼朝。当時の武士達は武勇に秀でた弟より、武士中心の社会を創ろうとした兄を選んだ。世界史を見ても、稀代の戦術家として名を馳せたハンニバルも最後は服毒自殺。戦略を伴わない戦術家は最終的には敗北する。このコトはよく覚えておかねばならない。


「そうだな。戦争の名手ではなく、名宰相と言うべきかもしれない。帝国の治世を悪政とまでは言わないが、圧政には近い。それで反乱らしい反乱を起こさせていないんだからな。三分の一理論の実践者と言えるだろう。」


「三分の一理論?」


三分の一理論は親父が提唱したニヒリズムの権化だ。中学生にそんな話を聞かせるから、こんなヒネた大人に育つ。


「国民の三分の一が熱狂的に支持する国の体制は揺るがない。消極的支持ではダメってのがミソだ。三分の一の熱狂的支持層は三分の二の消極的不支持層を凌駕するのさ。利益配分が優遇される範囲を国民の三分の一にまで広げ、名誉と富を保証し、残りは生かさず殺さず。体制打倒に命を賭ける者が極少数であれば、三分の一の熱狂的支持層の前に跳ね返されるって寸法だな。愚鈍な独裁者は自分と自分の血縁者、そしてその取り巻きだけを優遇するから滅びる。ゴッドハルト元帥の治世はまさに三分の一理論そのものだよ。」


独裁者の資質において、ゴッドハルト元帥はガリュウ総帥よりはるかに上だ。愚鈍な独裁者ってのは、"独裁とは自分の意のままに振る舞い、意に背く者は粛正出来る政治体制"だと考えるが、実は違う。議会政治は最終決断を多数決で、独裁政治は独断で行うにすぎない。それがわかっていなかったから、ガリュウ総帥はああなった。意見の対立した者達を片っ端から粛正し、積極的不支持層を大量に作った結果が、彼を虜囚の身に落としたのだ。


「誰が提唱した理論か知らないけど、確かにそんなものなのかもしれないね。話を戻すけど、ローゼ姫が機構軍を掌握するのは難しい。だったら離反させるってのはどうだい?」


「いい手だ。先の状況によっては同盟軍、薔薇十字軍で手を結び、機構軍を相手に共闘する選択もありかな。だがその場合でも、司令が同盟を掌握しているコトが絶対条件だ。」


そうでなければ機構軍に勝利した後、同盟軍と薔薇十字軍で支配者決定戦とかいう事態が生じかねない。ザラゾフも兎我もカプランもこれっぽっちも信用出来ないからな。


「そんでな、シュリ。手始めに桐馬刀屍郎が叢雲討魔であるかどうかを確かめたい。サンブレイズ財団軍事部門は照京敗残兵が主軸で編成されてるだろ? アシェスとクエスターは照京動乱の立役者で、ローゼにとっては腹心の部下ではなく家族だ。将来的に手を結ぶ時に、誰かが仲介人となってわだかまりを解かねば、共闘の火種になる。」


薔薇十字が急成長し、手を結べば機構軍を打倒出来る状況になれば司令はその長い手を絡めにかかるだろう。そして薔薇十字側に知恵者がいれば、薔薇十字の双璧である剣と盾に恨みを抱く御門グループの排斥を条件に出してくるかもしれない。粛正しろって条件なら司令も拒否するだろうけど、排斥なら……やりかねない。一時の方便として閉門蟄居させ、機構軍打倒の後に復権させる。司令にはそういう腹黒い面もあるんだ。だけど、一時の方便のはずが永続化してしまった例は多い。それを避ける為には手を結ぶ際に遺恨を流させなきゃいけない。それが出来るとすれば、薔薇十字の参謀で、最強兵士の一角である死神しかいない。


「……なるほど。御門家の暴虐の犠牲者である叢雲討魔の言葉であれば、照京兵も耳を傾けるかもね。」


「ああ。だから死神が叢雲討魔本人であるかを確認しておきたい。ローゼは今、マウタウに駐屯している。シュガーポットとマウタウの見境まさかい地帯にメッセージを刻めば、敵の斥候は刻まれた暗号を上に報告するだろう。」


「ローゼ姫にカナタが教えておいた暗号か。どんな暗号だい?」


「"踊る人形"と言って、アルファベットに対応した踊る人形の姿だ。オレが小学生の時に、近所の悪ガキ達との秘密連絡に使っていた。」


もっともリリス級の暗記力を持つ親父にはバレていたらしいが。オレはナイフを抜いて地面に踊る人形を書き付けた。


「なるほど。何度もやりとりすればバレるかもしれないけど、一度きりならまずバレないね。」


その通りだ。シャーロック・ホームズでもこの暗号を解読するのに何度かの手紙の往復を必要とした。もし一発でこの暗号を解読出来たら、ソイツはホームズ以上の天才だ。


「メッセージの内容は出来るだけ短くしたい。長文であればあるほど、解読の手掛かりが増える。本当は返信方法なんかも伝えたいんだが……」


「伝えればいい。長文で構わないし、見境地帯まで足を運ぶ必要もないよ。メッセージを木か岩に刻むなんて"これは暗号です"って教えるようなものだ。もっといい方法がある。以前、ラセンさんが「カレー命」って毛筆文字をプリントしたオリジナルTシャツを作ってみんなに配ったんだ。」


「誰が着るんだ、そんなモン!」


「愛と熱意も空しく、着てたのは本人だけだったね。でもその姿がロックタウンのローカルテレビで流れたんだ。で、次の作戦でさっそく「カレーマニアのクソ野郎」って敵兵から罵られてた。もちろん、ラセンさんとカレーを侮辱した敵兵達はあっという間に消し炭にされちゃったんだけど。」


侮辱罪ってカレーにも適用されんのか?


「どんだけカレーが好きなんだよ。まあ、わかっちゃいたコトだけど……そうか!」


「うん。この暗号はアレンジすればシャツの柄にも使える。知らない人間には新手のファッションに見えるはずだ。「剣狼の休日」とか題してロックタウンのローカルテレビで流せば、その映像は機構軍のチェックが入る。ローゼ姫は命の恩人であるカナタの情報なら必ず目を通すはずだよ。」


シュリさん、あったまイイー!相談してよかったぜ。



さっそく文面を考えないとな。長文でいい、むしろ長文の方がシャツの柄っぽく見えるはずだ。


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