再会編6話 理想主義者で現実主義者



「あ!お館様だぁ!」


公園で遊んでいた女の子がオレに駆け寄ってきたので、身を屈めて頭を撫でてやる。


それを見ていたちびっ子達が、我も我もと集まってきて、オレとシズルさんは身動きがとれなくなってしまった。


救いの主は屋台を引いてやって来た。綿アメ売りの屋台を指差し、オレはちびっ子狼達に提案する。


「みんなで綿アメを食べようか。ヨーイドン!」


歓声をあげながら綿アメの屋台に向かって徒競走を始めるちびっ子達。微笑ましい光景だ。


綿アメ屋台の親父っさんに紙幣を渡そうとすると、親父っさんは首を振った。


「お館様から金なんてもらえませんや。」


「いいから取っといてくれ。親父っさんは綿アメを売ってたつきを得てんだからさ。」


胸ポケットに紙幣を突っ込んで、公園を散策する。綿アメを手にしたちびっ子達はオレ達の後ろをゾロゾロとついて歩く。


「お館様にシズル様!私の剣の腕を見てて!私が一番つよいの!」 「一番強いのは僕だよ!」


「僕もまけないぞ!」 「しょうぶだ!みんなでしょうぶ!」 「ごぜんじあいだ!」


ベンチに腰掛けたオレ達の前で、子供達は綿アメの棒でチャンバラごっこを始めた。その姿を眺めながらシズルさんは微笑み、口を開いた。


「幼子とはいえ、八熾の子。狼の子らの将来が楽しみです。立派な兵に育つでしょう。」


「この子達が大人になる頃には剣を血で濡らす時代が終わっているといい。戦乱の時代の戦場で強さを誇示する狼ではなく、平和な時代に、己が内に秘めた強さを誇る狼になって欲しいんだ。」


この子達には人を殺して欲しくない。大量殺人者のオレに偉そうなコトを言う権利はないが、人でなしの人殺しだからこそ、そう思う。


「……はい。お館様の仰る通り、戦乱の時代は我らの代にて終わらせましょう。」


新品の遊具で遊ぶ子供達に手を振ってから、羚厳公園を後にする。公園とハトは平和の象徴みたいなもんだから、八熾の庄に新設されたこの公園には爺ちゃんの名を付けた。兵器だけではなく、社会資本にもちゃんと予算が配分される世界が一番いいんだが、現実はそうじゃない。八熾の庄には御堂財閥と御門グループの支援があるから豊かなだけだ。


戦争を終わらせたい気持ちはあっても、オレはそんな大層な人間じゃない。でも司令みたいな英雄に生まれたかったとは思わない。小市民な自分をオレは気に入っているからだ。


────────────────────────────────────


下屋敷の中庭ではテーブルに腰掛けたミコト様とイナホちゃんがお茶を楽しんでいた。


いつものようの執事服姿の侘助が傍に佇立し、護衛も務めている。


「カナタさん、帰ってきたのですね。」 「八熾の当主様、一緒にお茶にしましょう。」


「お館様は一息お入れください。シズルは八熾の庄の雑務を片付けて参ります。」


お言葉に甘えて茶でも飲むか。


三人でお茶を飲みながら談笑していると、シオンとリリスがやってきた。オレが下屋敷に帰ってきたのを聞きつけたらしい。


「ナツメはどうしたんだ?」


「マリカと一緒にお買い物よ。」


王族の前だろうが平常運転のリリスは、勧められる前に椅子に腰掛けた。


「侘助さん、紅茶に…」


「すぐにイチゴジャムをお持ちいたします、奥方様。」


シオンを奥方様って呼んだのは、たぶんリリスへの当て付けだ。まあリリスが悪いんだけど。この性悪ちびっ子は見分けがついてやがる癖にわざと間違えて双子執事を呼んでいたから、その報復だろう。


「も、もう!侘助さん、私はまだ奥方様では…」


? シオン、将来的にはその気がある訳? 言っとくけど、私が少尉の奥方様なんだからね!」


「リリスさんがカナタさんの奥方? それではシオンさんはカナタさんとはどういうご関係なんですか?」


ミコト様の質問にリリスはとんでもない台詞を口走る。


「副官兼セフレ、と言ったところかしら?」


コ、コイツ!いきなりかましてきやがった!TPOって言葉を覚えろよ!


「せふれ?……カナタさん、"せふれ"とはどのような関係なのですか?」


そんなのオレが言える訳ないでしょー!だいたいオレは童貞貴族なんだし!


「これだからお姫様ってイヤなのよ。セフレってのはセック…」


赤面して硬直していたシオンが我に返り、リリスの口をふさいで小脇に抱える。


「……もが~!」


「シオン、リリスを説教部屋へ。おしりペンペンの刑を執行せよ。」


「ダー。さあ、行くわよ、リリス!今日という今日は許しません!」


「もが~!もがもがもが~!」


小脇に抱えられたまま、手足をバタつかせるリリスをシオンは邸内に連行していった。


「八熾の当主様、それで"せふれ"とはなんなのですか?」


侯爵令嬢のイナホちゃんも聞いたコトないッスよね、そりゃ。


「……え、え~と。そう!このサフレの親戚みたいなものなんです!」


茶菓子のサフレを手にして苦しい弁明に努めるオレ。


「まあ、サフレの親戚のようなものなのですか。私もイナホも、初耳でしたわね?」


「はい!そんな言葉は全然知りませんでした!」


……そのうちバレるんだろうけど、その日が一日でも先でありますように……


───────────────────────────────────


いずれ爆発しかねない不発弾の如き会話を切り上げたオレは、執務室に戻って領地法の改正案に目を通す。


一族から選出された代議員達が議会で可決した改正案の是非を決めるのはオレの仕事だ。


「これとこれは是。これは非だ。代議員達にそう伝えてくれ。」


執務室で雑務をこなすシズルさんに、オレは施行する改正案を手渡し、否決する案はゴミ箱に捨てた。


「はい。お館様、否決する改正案はどこがまずかったのですか?」


「優秀な子に特等教育を施し、将来の指導的立場を担う人間として育成する、という理念はいい。だが選別する時期が早すぎる。早熟な子もいれば晩成の子もいる。この案だと幼少期に特等教育を受けた子だけが将来の指導者層になりかねない。」


「可能性に蓋をするな、と仰りたいのですね。確かに八熾の子らには機会を平等に与えるべきでしょう。」


「そこも問題だ。」


「そこも?」


「シズルさんはと言った。特等教育を受けられるのが八熾の子だけという点も、非とした理由だ。」


「八熾の代議員が八熾の繁栄を願うのが問題なのですか?」


「特別な教育の場を八熾だけで独占すればロックタウンの市民、特に子を持つ親達はどう思う? 25区は八熾の私有地であっても、ロックタウンの一部でもある。ロックタウンの子らを排除したこの案では、八熾一族とロックタウン市民の間に溝をつくるコトにもなりかねん。」


「……なるほど。」


「シズルさん、学校は教育を受ける場だけではなく、人間関係を学び、育む場でもあるんじゃないか? 特等教育の学び舎には、ロックタウンからも優秀な子を受け入れ、八熾の子らの友達になって欲しい。共に学んだ学友同士が手を取り合い、八熾の庄とロックタウンを相互に発展させてゆく。オレはそんな未来を目指したい。」


高校大学とボッチだったオレが偉そうなコトを言うのもなんだが、八熾の子達にはオレみたいになって欲しくないんだ。


「お館様の目指す未来を代議員達に伝えまする。お館様のお考えを踏まえた案を議論させ、再度議決にかけましょう。」


「頼む。オレの言ってるコトは青臭い理想論だってわかってる。でも、教育の場では理想論を追求してもいいと思ってるんだ。現実との整合性を取るバランス感覚は、社会に出ればイヤでも学ぶんだから。」


「はい。シズルの目に狂いはありませなんだ。青臭い理想主義者と戦場に生きる現実主義者、双方の顔を持つお館様こそが、我らの惣領に相応しいのでございます。そうそう、お館様。トーナメントには八熾の子らも応援に駆け付けまする。ご健闘を。」


はい? 八熾のちびっ子達がトーナメントを観戦に来るですと?


「……それは聞いてない。」


「ですので今、言いました。一族総出で応援致しますので、お館様の強さをご披露ください。」


「待て待て!一族総出でだって!? 勘弁してくれ!」


みんなの前で不様に負けたら、ただでさえ乏しい当主の威厳が……


「ミコト様とイナホ様、八熾の一族郎党が見守る前で不様は許されませんね?」


「ミコト様も観戦されるのか!」


「ミコト様が下屋敷に来られた理由をなんだと思っていらっしゃったのです?」


シズルさんの悪い顔。……は、謀られた!




タコ焼き女以外とあたったら適当に戦おうと思ってたのに……これは本気で勝ちにいくしかねえ!



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