休暇編6話 悩み事と頼み事



風評被害……言葉として知ってはいたが、自分の身に降り掛かるだなんて思ってもみなかった。


羽目を外して幼女と戯れるオレの姿を目撃したガーデンのゴロツキ達は、ロリコン疑惑から疑惑の文字を外すコトにしたらしい。


ミリアムちゃんと楽しい一時を過ごした代償としては安いものだが。


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救出した天使ちゃんとの休日は終わり、救出してしまった小悪魔さんとの生活が再開される。


「なにやってんの、ロリコン少尉? 暇なら私とイチャイチャしながら油でも売りましょ。」


もうなんの説得力もないだろうけど、オレはロリコンではない。たぶん、違う。……違うと思いたい。


「今売ってるのは油じゃなくて株さ。結構、儲かるモンだな。」


操作しているタブレットを覗き込んだ小悪魔は、勿体なさそうな顔になった。


「その株、まだ上がりそうだけど? 勿体なくない?」


「それがトレーダーのハマりがちな罠だ。もう少し上がるかも、そんな考えで大損するのさ。」


「なる。もう少し上がるかも、なんて考える奴は、例え下がったとしても、また上がるかもって考える奴ね。結果、見切り時を誤る。」


「そういうコトだ。株を売買する時は、ここまで上がったら売る、ここまで下がっても売る、それを事前に定めておいて、絶対に曲げないようにするべきなのさ。」


しっかり銘柄を選んで、利益確定と損切りを確実に、これを徹底すれば大火傷はしない。財務官僚だった親父に習ったコトだが……まさかこんな形で役に立つとはな。


「戦役前にメモリアルビジネスの株を買っておくとは、少尉も抜け目がないわね。」


「戦役が始まればメモリアルビジネスの株が上がるのは誰でもわかるさ。そこから動いたんじゃ遅い。もっと早い段階で手を打った者が勝つのさ。」


「……少尉は事前に株を買う権利ストックオプションを買っておいたのね?」


司令のオススメで買った司令の会社の株だけどね。しかし10歳にしてストックオプションを知ってるのかよ。たぶん株式に関してもオレより詳しいな。


「情報という商品は、場合によっては金やダイヤモンドよりも価値があるからな。」


「……それってインサイダー取引……」


「みなまで言わない。同盟軍の高官はみんなやってるよ。公正取引委員会が無能、いや、腐ってるからな。……よし、確定した利益はオレの口座に入った。後は任せるぜ。」


「オッケー。ペイオフ対策に分散させた複数の口座に移動させておくわ。そろそろ資産の一部を貴金属の現物に換えておくべきかもしれないわね。銀行なんてどこまで信用していいのかわかんないし。通貨準備銀行は一応、各都市から不可侵の組織にはなってるけど……」


統一通貨"クレジット"を管理する通貨準備銀行は自由都市から独立した組織だからな。独裁者が勝手に紙幣を刷りまくったら通貨の価値が暴落する。故に通貨の流通量を管理する通貨準備銀行が存在している訳だ。


「通貨が暴落したら一番困るのは、権力者である金持ち共さ。しこたま貯め込んでる財産が紙切れに変わっちまうんだからな。だから連中はなにを犠牲にしてでも、通貨の価値だけは守るよ。そこは信用していい。……それでも一部は貴金属に換えておいた方がいいか。」


「ええ。同盟自体がぶっ壊れる可能性がある以上、保険は掛けておくべきだわ。」


リリスの用心深さは頼もしいぜ。思えば元の世界ですらアメリカの大手投資銀行の破綻なんて事件があった。この戦乱の星は、それ以上のなにかが起こる可能性を常に秘めている。用心に越したコトはない。


「お館様、お出掛けのお時間です。」


シズルさん、わざわざ出迎えにきたのかよ。どこまで忠誠マシーンなんだか。だいたい視察は昼からの予定でしょうに。まだ朝メシが済んで間なしだぞ。


「わかった、今いくよ。リリス、今日はロックタウンに建造中の八熾一族の居留地を見学するコトになってる。帰りは遅くなるだろうし、向こうで一泊するかもしれない。メシはオレを待たなくていいからな。」


「奥方様として私も同行した方がよくない?」


「よくない!おまえは絶対にいらん騒ぎを起こすからな。おとなしくお留守番をしててくれ。」


「はいはい、いってらっしゃい。」


先にトンカチと話をして、それからシュリにも会わないといけないな。シュリ夫妻には頼み事があるんだ。


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シズルさんには少し待っててもらうコトにして、オレは墓場外れの公園にトンカチを呼び出した。


呼び出されたトンカチは訝しげな顔で公園にやってくる。


「大兄貴、大事な話ってなにッスか? ハッ!まさか大兄貴はロリコンの上にホモ…」


「トンカチで殴るぞ!墓場外れの公園で男に告るぐらいなら死を選ぶわ!……いいからそこに座れ。話していいものかどうか、かなり迷ったんだが……」


オレはトンカチに父親の事故死の真相を話して聞かせた。


「ウソッス!絶対にそんなのはウソッスよ!!」


絶叫して頭を抱えたトンカチの気持ちはよくわかる。誰だって自分の父親が大事故を起こしたなんて信じたくないだろう。しかもその事故が原因でヒンクリー少将が奥さんの最後を看取れなかったなんて、二重に辛い現実だ。


伝えずに済むならそうしたかったが、リックとヒンクリー少将が今のままでいい訳がない。トンカチからリックに話してもらう以外にないんだ。エマーソン少佐との約束は"リックには話さない"だ。トンカチに話さないとは約束していない。……どう取り繕っても詭弁は詭弁か。


エマーソン少佐を騙して、トンカチを傷付けてまで事実を伝えるのは、本当に気が進まなかったが……いや、トンカチだってもう大人だ。事実を知る権利がある。それがどんなに辛い現実であろうとだ。


……リックとトンカチの絆をオレは信じてる。こんなコトでは壊れないと。


「トンカチには辛い話なのはわかってるが、少将とリックのギクシャクした関係をなんとかする為には……」


「ウソッスよ!絶対に親父じゃないッス!親父は火薬庫の管理には人一倍気を遣っていたんスよ!家に帰ってきても新開発された炸薬や信菅の勉強は怠らず、取るに足らない嵐やチョコッと揺れただけの地震があっても、必ず火薬庫の点検に基地へ行ってたッス! "火薬を扱う者は命を扱う者なんだ。万が一すら許されない"が口癖だった親父が爆発事故を起こすだなんて……」


……考えてみればオレは事故の簡単な概要すら聞いちゃいない。ただトンカチの親父さんが事故を起こしたと聞いただけだ。事故の調査報告書すら見ていないのに、断定するのは早計だろう。トンカチの話だと親父さんは危険物を扱う責任を十分に自覚している軍人だったようだ。……なにかがあるのかもしれない。


「わかった。シュリに頼んで事故のコトを調べてもらうよ。オレもトンカチの親父さんを信じたくなった。」


「ホントッスか!大兄貴も親父を信じてくれるんスか!」


「トンカチのリガーやメカニックとしての才能が親父譲りなんだとすれば、親父さんも優秀だったはずだ。調査が終わるまで、この件は誰にも話すなよ?」


「了解ッス!」


親の才能を受け継ぎ、その潔白を信じられる息子か。……羨ましいぜ。オレの場合、親父が不正に手を染めていましたなんて言われても、"やっぱりねー、そうだと思ってました"としか言えないもんな。


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頼み事が増えてしまったオレは、シュリの部屋を訪ねた。


やっぱりというか案の定というか、シュリの部屋にはホタルもいた。エプロン姿でお料理ですか。結構結構。


シュリは超早起きで、最初の栄養補給はバナナと牛乳。一仕事済ませてから遅めの朝食を取るのがライフスタイルだ。尽くす系女子のホタルさんは、自分のライフスタイルをシュリに合わせてるな?


「キミ達はもう妻帯者用の官舎で同居したらどうかな?」


「カナタ、私は朝ごはんを作りに今来たところよ!本当にそうなんだから!」


ホタルさん、誰も嘘だなんて言ってませんぜ?


「そっか。お目覚めのちゅ~を済ませた後だったか。」


「そ、そ、そんな訳ないだろ!なにを言ってるんだ!」


友よ、腹芸が下手だな。順調な交際みたいでなによりだよ、こん畜生!


新居もどきにお邪魔したオレは、夫妻もどきに頼み事を話した。


「構わないよ。ホタルと休暇をどこで過ごそうかって相談してたところなんだ。少し刺激的なバカンスもいい。」


「私達の能力が活きる仕事ね。トンカチ君のお父様の件はわかるんだけど、ビロン中尉の近況を知りたいのはどうして? ビロン中尉って確かリリスに唾を吐いた人なんでしょ?」


「ただの気まぐれ、いや、同類相憐れむってところかな。せっかくの休暇に面倒事を頼んじまって悪いが、この手の調査はシュリやホタル以外にアテがない。」


「私達に任せておいて。探偵旅行も悪くないわ。ね、シュリ?」


「ああ。じゃあホタル、目的地も決まった事だし、旅行の計画を練ろうよ。」


「これ以上ラブラブカップルの邪魔しちゃ悪いな。オレはお暇するよ。」


「もう!冷やかさないで!」 「すぐに茶化したり冷やかしたりするのはカナタのよくない癖だぞ!」


キミ達があんまりにも熱々ですから、少し冷やそうと思っただけですよ~だ。




用事は済んだコトだし、シズルさんと一緒にロックタウンへ向かうか。



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