出張編40話 殺され損は認めない



「せいやぁ!」


オレは渾身の払い斬りを神兵と呼ばれる老兵に見舞う。


「甘いわ!とりゃあ!」


早くて重くて上手い斬り上げに堪えきれず、訓練刀を跳ね上げられた!


オレの手を離れた訓練刀がクルクルと宙を舞い、プールサイドに転がって甲高い音を立てる。


………クッソ、まだ本物の一流には歯が立たないか。


「参りました。」


「うむ、じゃが格段に進歩しておるようだの。ワシとここまで打ち合える者はそうはおらん。………キャリアを考えれば、空恐ろしいぐらいじゃ。」


ありがたい言葉だけど、キャリアの短さなんて戦場では関係ない。


新兵だろうが熟練兵だろうが平等、それが戦場なんだから。


「お疲れ様。はい、タオル。」


リリスの持ってきてくれたタオルで、びっしりかいた汗を拭う。


実技を免除されて空いた時間に無理を言って、クランド中佐と5本勝負してもらったが1本も取れなかった。


口惜しいが、これがオレの今の実力だと認めるしかない。


「リリス、ワシのタオルはないのか?」


「トイレ用の雑巾でよかったらあるけど?」


「ワシの顔は便所の床か!」


渋面を浮かべるクランド中佐の肩に、司令がタオルをかけてやる。


「イスカ様、ご覧になっておいででしたか。」


「ああ、息抜きがてらな。カナタ、そう口惜しがらんでいい。クランドは「軍神アスラ」と称えられた親父の親衛隊の隊長を務め、「神兵」の異名を持つ男。アスラ部隊の隊長でも、クランドに勝てるのはマリカとトゼンぐらいだろう。」


………普段はおっちょこちょいのボーリングジジィですけどね。腕は超一流なのはよく分かりました。


クランド中佐は修羅場を数多く経験し、完成された実力を持つ古強者。まだ新米兵士のオレの敵う相手じゃない。


だからこそ学べるコトは多い。戦いにおける引き出しの多さ、いかなる状況にもアジャスト出来る対応力の高さはベテランならではだ。


オルセンはクソ野郎だったが、古参兵の怖さを教えてくれた。


オレよりキャリアの浅い兵士なんかいないんだ。貪欲に学ばねば、オレは生き残れない。


「ボーリング以上に剣が使えるってのは、よく分かりましたよ。中佐、ありがとうございました。」


オレが一礼すると、中佐は鷹揚に頷きながらアドバイスしてくれる。


「カナタ、おまえの剣筋には変な癖がついておらん。シグレの薫陶のおかげじゃろう。じゃがさらに上にいくには、敢えて変な癖をつけてみる手もあるんじゃぞ?」


「でも変な癖がついたら逆手にとられませんか?」


「半端ならの。じゃがトゼンを見てみい。あやつは変な癖の集大成みたいな男じゃろ?」


でもトゼンさんは天才だからなぁ。あんまし参考にならないっていうか、しちゃいけないっていうか。


「オレにトゼンさんの真似は出来ませんよ。」


「真似をせいとは言うとらん。基本に忠実、理に適った動きを極めれば、シグレのような強さを得られるじゃろう。じゃがワシが見る限り、カナタは異能型の剣士じゃ。正道を極めるより邪道を極める方が、より高みを目指せると思うがの。」


幾多の兵士を見てきた古参兵のアドバイスだ。素直に耳を傾けるべきだろう。


異能型の剣士か。確かにオレは性格的にも邪道向きだろうな。


「私の意見は少し違うぞ、クランド。」


「イスカ様?」


「ま、話は茶でも飲みながらにしよう。」


司令がパチンと指を鳴らすと、女性コンシェルがティーセットを載せたワゴンを押しながら現れる。


休憩したかったところだ、ありがたくご相伴にあずかるとしよう。


司令はお高い紅茶の香りを楽しみながら、


「カナタ、夢幻一刀流の技をどこまで修めた?」


「四の太刀、咬龍までです。今、四の太刀の破型を練習しています。」


「なるべく早くに夢幻一刀流の九までの太刀と、その破型を修めろ。まずは正道を極めるのだ。」


「はい。」


「だがクランドの言った通り、カナタの本質は異能型の剣士。正道を操る邪道の剣士となれ。」


「正道を操る邪道の剣士、ですか。」


「そうだ。神の技を悪魔の叡智で使いこなす、これがカナタの剣士としての完成形だ。私はそう見ている。」


司令はやっぱり欲張りだなあ。神の技を身につけるだけでもハードルが高いってのに。


「やってみます。司令、話は変わりますが、ラビアンローズ百貨店のオーナーってお金持ちですか?」


「リグリットを代表する富豪だ。ラビアンローズ以外にも色んなパテントを持っている。むしろそっちが本業で、ラビアンローズは名誉の為に所有しているようなものだな。それがどうした?」


リグリットを代表する富豪か。だったら遠慮する必要はないな。


「そりゃ好都合だ。遠慮なくタカっていい相手ですね。」


「なるほど、カナタは事件解決に尽力した。タダ働きで終わらせる手はないな。」


「警察から感謝状はもらえるそうですけどね、そっちは辞退するって言っといて下さい。」


紙切れが欲しくて首を突っ込んだワケじゃないからな。


「紙切れじゃなく札束が欲しいか。カナタもなかなか強欲になってきたな。オルセンの亡霊でも乗り移ったか?」


クローン体に乗り移ったオレにさらに亡霊が乗り移るとか、二人羽織じゃなく三人羽織になっちまいますね。


「オレは何も要りません。でもテロの犠牲者の家族には払ってもらう。このままじゃ殺され損です。」


「悪いのはエバーグリーンで百貨店ではなかろう? むしろ百貨店も被害者ではないか?」


「エバーグリーンが犠牲者の家族に補償してくれるならいいですが、そんなワケないですから。だったら取れるところから取るしかないでしょう。ラビアンローズに瑕疵がないとは言わせない。」


「ほう? ラビアンローズにどんな瑕疵があると言うのだ?」


「テロ屋8人のうち3人はラビアンローズの警備兵の制服を着てました。ジャスパー警部に確認しましたが、服を奪ったんじゃなく、最初から警備兵として潜り込んでたんですってね? しかも警備兵は百貨店が直接雇っていた。瑕疵ってのはそこです。真っ当な人間を警備兵として雇う責任が百貨店にはあったハズでしょう?」


司令もそんなコトは分かってるクセに。ヒトを試すのは悪い趣味ですよ?


「フフフ、確かにな。だがオルセンの事だ、警備兵として配下を潜り込ませられずとも、なんらかの方法で犯行には及んだはずだが?」


「でしょうね。でもそこは問題にならない。警備兵として配下を潜り込ませられなかったら、オルセンは犯行場所を変えたかもしれないし、なにより問題なのは「テロ屋を警備兵として雇ったせいで連中の犯行がスムーズに進んだ」コトです。」


司令はオレの答えに満足げに頷きながら、クランド中佐に話しかける。


「理論武装したゴネ屋のネゴっぷりが頼もしいな、クランド。」


「………アスラ部隊がゴロツキ呼ばわりされるのも、やむを得ませんな。」


「カネを払う代わりに名誉は差し上げますよ。司令はテロの犠牲になった人間の救済財団を設立する予定なんですよね? そこの名誉理事の席をラビアンローズのオーナーに用意してあげて下さい。財団にも出資してもらえばなお良しですが、そっちは司令にお任せします。」


「………財団の事はリリスから聞いたのだな? 抜け目のないヤツだ。」


「お褒めにあずかり恐悦至極。」


「クックックッ、大した悪党ぶりだな、カナタ。………いいぞ、それでいい。私は綺麗事やおためごかしを言うだけの善人って奴が大嫌いでな。」


「気が合いますね。口先の善行がなんになります? 犬にでも食わせるんですか?」


「口先だけの善行なんぞ犬でも食わんさ。やり口が汚なかろうが結果としてプラスの効果になるなら、なにもしないよりはるかにマシだ。善意の悪行とでも言うべきか?」


善意の悪行ねえ、司令は学があるから上手いコトいうよ。


「富める者は富まざる者を救済すべきなんですよ。無論、無理のない範囲でですが。世の中がそうなってないってんなら、力ずくでそうさせるまでだ。少なくともオレが係わった件に関しては、そうするつもりです。」


黙って話を聞いていたリリスが紅茶にたっぷりブランデーを入れながら、


「准尉の人生哲学、「間尺に合わない事なら合わさせる、場合によっては力ずくで」ってヤツかしら? 」


「リリス、紅茶に入れるブランデーでもお酒はお酒だぞ。しょうがないヤツだ。」


「イスカ、私と准尉のデートを毀損した慰謝料としてオートクチュールのドレスを所望するって、ラビアンローズのオーナーに言っといてね。私はそれで手を打つわ。」


この小悪魔め、タカリに便乗してきやがったよ。


「わかった、言っておこう。………カナタは本当にいい拾いモノだった。その小賢しいオツムを私の為に使え。世界を変えて見せてやろう。」


司令と違ってオレは世界の仕組みを変えるなんて、大層なコトをする気はない。


もうちょっと優しい世界になってくれればそれでいい。その為に出来るコトはやる、その程度だ。




だが直接関わった件については最後までコトの顛末を見届ける。………心にシミは残さない。




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