76ノゾミの始まり
ギニョルの死を見送った俺たちは、島にとんぼ返りした。
死を悲しむはるか以前に、やることが山ほどあったからだ。断罪者や協力者、島の住人全員が命を張ったとはいえ、被害は少なくなかった。
なりそこないに食い殺されてしまった者。キズアトの奴の魔法を受けて戦ってしまった者、また、降り注いだがれきのさく裂に巻き込まれた者。百人では効かない数になる。
負傷者の救護。死者、行方不明者の捜索。破壊された街の復興、トラブルの仲裁。
長であるギニョルを失い、クレールとフリスベルまでも殉職した俺たちだけでは、まったく手が回らない。
本来はGSUM断罪のためだけに来てくれてはずの、ララ達エルフの森の軍勢、クリフトップから来たクオンとニノと元特務騎士団達。議員であるマヤの指揮権により、全員の断罪助手の内容と期間を延長することになった。
すまないとは思ったが、俺は警察署に戻り、亡くなったギニョルの机をひっくり返し、書式と印章を見つけて書類を作成。ララ達に事後処理に当たってもらった。
消火作業に始まり、がれきの片づけ、インフラの復旧。原因が死んだとはいえ、起こってしまった島の住人同士の戦闘、死傷や略奪事件の処理、アグロス側、日ノ本への支援の取り付けエトセトラ。
まだフリスベルが生きていたころ、シクル・クナイブの起こした『海鳴のとき』の処理も大概だったが。今度も相当だった。
尻に火が付いたような一週間が過ぎ、もろもろのことにようやく片が付いた。
午前七時だが、相変わらずの青い空。本日より、ポート・レールが動き始め、ストップしていた日ノ本との往来も復活。経済活動も再開する。
文字通り半分にへし折れ、周囲を立ち入り禁止のコーンで覆われたノイキンドゥ。
枯れ切ってなお立派なフリスベルの樹が、俺たちを見下ろしている。
仮復旧が一段落し、必死の復興作業を終えて、それぞれの生活に戻る住人達の激励と、手伝ってくれたバンギアの者たちへの送別会、そして、断罪者の正式な解散が行われる。
石薔薇の下、住人や俺たち全員がなり損ないと死闘を繰り広げた広場には、文字通り海のような群衆。さらにその奥のポートレールの向こう、ホテルノゾミやその他の建物の窓という窓からも人が覗き、空にはドラゴンピープルたちが飛び、その背にまでも人が乗っている。
島の人口、六万とはいかないまでも。そこに迫る程度には集結しているだろう。満員の公会でさえも、ここまでの群衆を見たことがない。
さらに、カメラによる中継もなされている。質は悪いが、復興ついでに光ファイバーが敷かれ、ネットを通じて日ノ本にも配信されているのだ。
元王族らしく実に堂々とした、ララによる島の住人への激励演説。
さらには、島を離れる者たちと、犠牲者への献花。日ノ本から派遣された、自衛軍の楽隊による演奏などがつつがなく終わり、いよいよ断罪者解散の承認が行われる。
選挙戦の騒ぎがキズアトとマロホシの陰謀だったことが分かり、この議題まではかつてのテーブルズ議員が承認を行うことになった。新たな選挙は、期間と投票日がもう一月伸びる。
断罪者とやり合ったり、協力したりしながら、二年半を超えて来た議員代表たち。
アグロスの人間の山本。ゴブリンのジグン。吸血鬼のヤタガゥンに、バンギアの人間のマヤ。そして、ハイエルフのワジグルだ。
ドラゴンピープルの代表だったドーリグは、マロホシに囚われ、体を変形させられて敵の手ごまとなり、事件を起こし俺たちを攻撃。スレインに敗れて命を落とした。
殉職したギニョルは、言わずもがなだな。
五人になった議員代表は、全員がアグロスで仕立てた上等のスーツ姿だ。清廉な奴ばかりじゃないが、どいつもこいつもそれらしく見える。
親父の数分の一くらいにはなった眼光で、山本がマイクを取る。
「……では、最後に、断罪者の解散動議だ。紛争以来の二年半、この島の独立後も含めて、私は彼らを初めて褒めたい。よく戦ってくれた。お前達が居なければ、島に暮らすか弱いアグロス人は、根絶やしにされていたかもしれない」
割れるような拍手。群衆の中の黒い髪の者たちが一斉に手を叩いたのだ。
ジグンがマイクを受け取る。きまり悪そうに、頭を軽くかいた。
「そうだなあ。おれたちも、ずいぶん同族がやられたけど、法ってやつは大事だぜ。もう暴れ者はまっぴらだ。命は、やっぱり惜しいもんだから。アグロスの機械や金儲け、おれは、まだまだ知りたくなっちまったぜ」
ゴブリン達が騒ぎ立てる。楽しく死んでバルゴの下に行こうとしていた連中は、ずいぶんと勢力を落とした。
生きて、学んでこそ、楽しめる。ガドゥがとっくに知っていたことだ。
吸血鬼のヤタガゥンが続く。ほんの少しだけ、俺たちの隣に刺されたクレールのレイピアに視線をくれた。
「命を賭けて法と正義に散った、あまりに若き同族のことは、鮮烈なるヘイトリッド家と共に、ダークランドでも語られ続けるだろう。無論、他の断罪者たちもだ。私の短い三百余年の中でも、これほどの勇気と正義を持った人間や、ゴブリンや、エルフは全く知らない」
物静かな吸血鬼たちが叫ぶ。連中にすれば宵の口の朝方だが、関係ないな。
ハイエルフのワジグルがマイクを受けた。見上げたのは、フリスベルが化身した樹。緑の葉こそないが、まだしっかりと根は下ろしている。まだ、子供は生まれていないが。
「……ヤタガゥン殿と同じようですが、軽やかなる鈴の音の娘のことは、あらゆるエルフが忘れないでしょう。私は、まだ、たった二百三十歳。この若さで、いかなる歴史を持つ、いかなる種族であろうと、正義と美を体現できると体験したのは、この上ない幸福です。皆様はいかがでしょう」
エルフ達が声を上げて応える。俺たちの仲間を呼んでくれている。
フリスベル、フリスベル――。
ハイエルフ、ダークエルフ、ローエルフ。共に肩を抱き合い、一緒になってだ。フェイロンドが煽った憎悪による連帯じゃない。最後まで正義と美に生きた、偉大なるローエルフのおかげで、今この瞬間があるのだ。
最後にマイクを持ったのは、ワジグルと共に最後の苦しい局面を耐え抜き、ララやクリフトップの増援を呼び、かつての仲間にも声をかけた。堂々たるバンギア人の議長。
俺の義理姉である、マヤ・アキノだった。
「愛する者と共に天秤を守ることを認め、天秤に従い同族を誅した赤き鱗の方をお忘れにならぬようお願いいたします。断罪者としても、赤鱗を誇る者としても、かの人の栄誉をそしることは誰にもできません!」
ドーリグが死んで、種族の代表がいないスレイン。天秤守る清廉な種族のはずが、イェリサや、不本意とはいえドーリグの断罪を行うことになったスレイン。
灰喰らいを携え、黙っているその巨体に、竜たちは空めがけて火を噴いて応えた。スレインが戦い続けたから、ドラゴンピープルは瓦解していない。
「また、この場にいない、最も心優しき悪魔を。ゾズと異なり、その魔法の全てをあらゆるもののために費やした、あの美しく気高いギニョルを、忘れた者はありませんね。同じく、悪魔という恐れられる名を持ちながら、GSUMに与さず、この島で必死に生きる者が居ることを、知らぬものは居ないでしょう」
ダークランドの血塗られた歴史。バンギアでは命を含めたあらゆるものを、他種族から奪ってきた悪魔。ギニョルという俺たちのお嬢さんを契機に、彼らもまた変わっていくのだろうか。
ギニョルの名を呼び、拳を突き上げる角を持つ者たちに、マロホシやその仲間と同じかげりは見えないが。
「そして、かつての私の国民、今はなき、崖の上の王国の国民に申し上げます。紛争と紛争の後、この島のあらゆる生活を、よく戦われました。あなた方がいらっしゃるから、私は……」
今日初めて、声を詰まらせたマヤ。棄民同然の自国民のために、誰よりも必死になれるから、島に来たんだったな。
ユエが動いた。式典の作法とは違うが、姉の肩を支える。そばに控えていたザルアが、一瞬無念そうな顔をした。出遅れたと思ったのだろう。まあ、夫といっても、実の姉妹ってわけでもない。
「……失礼いたしました。私は、あなた方がいらっしゃるから、今まで戦ってこられたのです。王国や私がむげに扱ったにもかかわらず、もう一度銃を取ってくれた硝煙の末姫は、今ようやく愛するものと歩みを始めるでしょう」
赤、黄、緑に金色、青。とりどりの髪の毛をした、バンギアの人間たちが拳を突き上げ、マヤに応える。歓声はマヤだけでなく、断罪者として、硝煙の末姫を続けて来たユエ。そして駆け付けてくれた元特務騎士団の女性たちにも向けられているようだった。
「そして、何よりも、素晴らしい勇気をもって、立ち向かってくれた断罪者たちすべてに、敬意と感謝を示して、テーブルズの名の下にその任を解きましょう。皆様のお心と違いませんように!」
群衆が一気に湧いた。人種もなにも関係なしだ。フリスベル、クレール、ギニョル。ここに居ない者たちも含めて、銃弾と魔法の中をかいくぐってきた俺たちが報われた。
今日、このときをもって、断罪者は解散する。断罪法は存続するが、執行は紅村をはじめとした、三呂市の境界課が出張ってくれることになる。
俺たちの役割も終わりなのだ。俺は並んでいる仲間を見渡した。
火竜の紋のコートを着た俺。
同じくポンチョをはおったユエ。
ジャケットに袖を通したガドゥ。
朽ちかけた古木にかけられたフリスベルの外套。
突き立てたレイピアになびく、クレールのマント。
ユエの胸元にたたまれているギニョルのローブ。
赤鱗を誇るスレインこそ、自分を脱ぎ捨てることは敵わないが。
もう、この示威的な服に袖を通すこともなくなる。
段取りでは、ここまでだった。俺たちは一礼して去る予定になっていた。
が、マヤを離れたマイクが、なぜだか俺の下に持ち寄られた。
断罪者からも一言ってのは、打ち合わせで提案された。しかし、長たるギニョルを欠いたのだから、誰が何か言う必要もないということになったはずだ。
なんで俺に回って来たか分からんが、困ったな。ユエも、ガドゥも、スレインも俺を見つめている。
ついつい、マイクを受け取ってしまった。
聴衆たちも、騒ぐのをやめて、俺を見つめ始めた。なにか言う流れだ。
思えば、俺はなぜ断罪者なんてやってきたんだろうか。半不死といえる体にはなったが。そもそもは、紛争にまきこまれた、ただの高校生だったのだ。
まあそれなりに頑張ってはきたが、銃の腕があるわけでもなし。事務作業が得意ってわけでもないし、机は散らかっている。ギニョルたちが命を張ってくれなければ、あのゆりかごと共に死んでいたくらいだ。
視線がすごい。六万とはいかないまでも、一万二万は軽く超える大群衆だ。
群衆か。そういえば。
「ザベルが撃たれるようなことは、もう起こらないんだな」
ぽつりと言って、会場がざわつく。あのときも、結局群衆に暗殺者は居なかったけれど。キズアトとマロホシが、GSUMが残っていたら、こんな集会は開けなかっただろう。
「……いや、すまない。断罪者を、好かない者も居るだろうけど、こうやって、みんなで集まっても危険なことがないって、いいことなんだ。俺は昔、この島でアグロスの人間やってて、その頃はコンサートとかもあったからさ」
まだ、流煌がそばにいてくれたころ。ホールが、公会以外に使われていたころ。当たり前の日常を、平和だと気づかなかったときのこと。
「ここに居る人のほとんどは、あの紛争に関わってて、俺もだけど、本当に、どうなっちまうんだって、思ってたから。銃はあるし、事件もあるし、今でもその頃とは違うけど、こうやって集まれるのって、断罪者の仕事が終わるって、すげえこと、なんだって」
七年と、半年前。クラスメイトがバラバラになる中、流煌と逃げ惑ったときのこと。キズアトとマロホシに捕らえられたこと。
あれは、きっと俺だけの体験ではない。
断罪者に限らず、ここに居る誰もが、紛争に絡む何かがある。それは、俺と流煌からすべてを奪ったキズアトとマロホシでさえも。
「断罪者になるときに歴史を勉強して、戦争と平和ってのは繰り返すものだって、学者は言ってて。そうかもしれないけど、それは、放っておいてどうにかなるもんじゃないんだ。断罪者が命張っただけじゃない。ここに居る誰もが、それぞれに選んだから動いたんだ」
キズアトの呼びかけを、打ち破って死んでいったクレール。だがそこからの戦いは、島の住人全員で勝ち取ったものだ。ときに断罪者と反目し、悪の誘惑に乗ってしまっても、みんなここで過ごしてきた。
「ポート・ノゾミから、ノゾミの断罪者が居なくなっても、島の住人はみんななんだ。だから、この先を作るのも、島に居るみんなだ。俺たちはずいぶんたくさん戦った。何人かは、命も落としたけど、それが特別ってわけでもない。これからを頼んだ。ノゾミの断罪者は、これで終わりさ。ここまで、ありがとう」
マイクを下ろした。
拍手が起こる。全種族が波のように動き出した。
ゴブリン達が作業帽を投げる。ドラゴンピープルが火を吐く。
エルフは種をまき散らした。そこかしこに、樹が生え、虹色の花が咲き始める。
ローブやマント、背広。アグロスとバンギアの人間たちは、晴れ着をひっぺがして振り回して喜んでいる。
悪魔は突然大きな姿に変身した。それを吸血鬼が操って元に戻す。乱闘になるかと思ったが、どこから出したかシャンパンを開け始めた。
大団円だな。
「騎士くん! 素敵だった」
ユエが俺の首に手を回す。
「おれ、驚いたぜ。お前すげえよ」
「堂々たるものだったぞ」
ガドゥとスレインが俺の背中を叩いた。
「あら、魔力が……」
ララがフリスベルの樹を見つめる。ふりむくと魔力を感じる。
枯れ切った樹にみずみずしい若葉が生えている。見る間に伸びていき、枝となる。花が咲いて散った。子房がふくらんでいく。あっというまに人の頭ほどになり、やがてりんごのような丸い実になった。
取りに行こうかと思ったら、あっという間に枝から落ちる。
まずいと思ったら、偶然下にあったフリスベルのマントが受け止めた。
群衆の声の中に、赤子の声が響き渡る。
割れた果実から、玉のような男の赤ん坊が生まれた。
フリスベルが最後に守ったものだ。あの死から一週間。動かなかった樹が、とうとう。
「おい、こりゃあ、やったぜ! 生まれた! 生まれたんだ! フリスベルと狭山の子だぜ!」
ガドゥがマントに包んだ赤ん坊をかかげる。群衆の喜びが沸騰した。
アグロスで静養している狭山に届けてやりたい。
歓喜の渦。銃と魔法の渦ではない。あの紛争から今まで、決して実現しなかったはずの。
ユエが俺に口づけをした。俺もユエを抱きしめた。
ユエはギニョルのローブを広げ、俺たち二人を包んだ。
俺はクレールの剣を拾った。マントを巻き付け、高く掲げた。
群衆からニヴィアノが出てきて、ガドゥにしがみついた。二人の頭上の赤ん坊が、フリスベルの外套に包まれ元気よく泣いている。
スレインの足元に、珠里を抱えたドロテアが現れた。スレインは二人を尾に乗せて、頭上に導く。
歓喜の波。青い空からこぼれる日差し。
ノゾミの断罪者は、島の人々の喜びの中に物語を終えていった。
銃と魔法と断罪者 片山順一 @moni111
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