最終章~ノゾミの断罪者~

1GSUMがもたらしたもの

 GSUMとは、グラブ・スタール・ウント・ムーンズの頭文字を取った略称だ。


 意味は”月と星を手にする”、不可能なことを指すバンギアの古語らしい。

 その名の通り、構成員の悪魔と吸血鬼達は、バンギアでタブーとされていた魔法や医療の研究を行い、さらなる高みを目指していく。


 穢れた金属である銃を扱う。

 アグロスの医学とバンギアの魔法で人体を詳らかにする。

 禁止された魔法の領域に踏み込んで、バンギアに存在しなかった魔法を編み出す。

 吸血鬼の矜持を捨てて、欲望のままに下僕を作る。


 その結果は、数々の犯罪だ。


 銃器を横流しし、ときには自ら使って殺人を行う。

 魔法と医学の実験のためにバンギアとアグロスの両方で人をさらって殺害する。

 禁止された魔法の実験の結果を、三呂に放って殺りくを行わせる。

 俺の恋人である流煌を含めた多くの女性を下僕にして操り、飽きれば売り飛ばす。


 しかもすべての犯罪は、今まで俺たちが断罪してきた組織の者達を顎で使って行われ、その存在が示唆されてもGSUMそのものの断罪は不可能だった。


 首魁の二人、キズアトとマロホシは何度か直接戦ったことがあるが、巧妙に断罪から逃れて、その富と名声を維持している。


 連中が狡猾なのは、政治と経済の両面にわたってバンギアとアグロスの両世界にがっちりと食い込んだことだ。


 キズアトはホープ・ストリートやマーケット・ノゾミからの莫大なあがりを手にしており、表向きは島でもっとも富裕な男として認識されている。紛争のどさくさからではあるが、かつて大学や病院のあったノイキンドゥを占拠し地主となっている。経営の才も相当にあるようで、非合法のあがりを元手にした表向きの商売もうまくやっている。


 マロホシはノイキンドゥで病院を経営し、アグロス側の者に実験がてら魔法で寿命をのばしてやっている。腕前は一流で断罪者である俺たちも救われたことがあるし、治療のコネクションは日ノ本のメディア関係者に及ぶ。俺たち断罪者が死刑にされそうになったときは、自分たちに都合のいい島の環境を守るためメディアを通じて日ノ本政府に働きかけたほどだ。


 四十件以上の断罪法違反を犯していようと、島を富ませ、病院で人を救っている奴らは簡単に断罪できない。


 証拠をつかませないことや、ノイキンドゥの得たいが知れないこと以外に、この実利が奴らの身を守る盾となっているのだ。


 それは、クレールが将軍の頭からキズアトやマロホシとのやりとりを引きずり出して記録しても同じだった。


 断罪法の要件が整い、各種族の代表に指揮権を発動しないよう頼んだギニョルだったが、たちまち反発され、結局各種族ごとの代表を出して話し合いを行うことになった。


 かつてのポート・ノゾミ記念ホール。ポート・ノゾミが日ノ本より独立し、正式な議員となったテーブルズの議員代表が一堂に会し、それぞれの種族の席に着いている。


 すなわち、エルフ代表のワジグル、ドラゴンピープル代表のドーリグ、アグロスの人間代表の山本、バンギアの人間代表のマヤ、ゴブリン代表のジグン。


 そして、吸血鬼代表のヤタガゥン、悪魔の副代表だ。


 中央で囲まれているのは、俺たち断罪者七人。ギニョルは本来悪魔の代表でもあるが、断罪者の長でもあるため、公平を期して断罪者への指揮権の発動と議論への参加はできない。


 今度の公会にギャラリーは居ない。定期的に開催される法律や政策の審議ではなく、特別に定められた公会のためだ。


 日ノ本からの独立にあたって、テーブルズの権限と公会について改めて定めた円卓法。その円卓法に基づき召集された、各種族の代表による秘密公会なのだ。


 公でありながら、秘密というのは矛盾もはなはだしいが、連中の断罪に関しては、各種族の代表とも聞かれたくないエゴをぶちまける必要がある。


「だから、日ノ本の有力者から、マロホシの断罪を止めるよう声がかかっていると言っているだろう! まだ息子や娘の寿命を延ばしたい者達がいるんだ。それまではあの女の断罪は絶対に許されない。種族の性質を完全に変更する操身魔法はマロホシ以外に誰も成功していないんだ。日ノ本からの投資や人間を呼び込むには、奴を利用して恩を売っていくほかないだろうが」


 名も知らぬ島外の有力者の利害を代弁するのは、日ノ本の人間代表の山本、日ノ本の現首相、山本善兵衛の長男だ。後半は、少しばかり政治家としての成長も見える。


「それは誰だ。不完全とはいえ、法に背くことを正当化するのか! ねじ曲がった魔法の利得を得るなど言語道断。証拠がそろったこの機に、あの女こそ断罪してしまうべきだ。大体、貴様は同じ日ノ本の国民があの女の作ったなり損ないにどんな目に遭わされたか忘れたわけではあるまい!」


 机をたたいて応戦するのは、エルフ代表のワジグル。正義と美をある程度ひっこめたとはいえ、バンギアの全てをねじ曲げるマロホシには相当きているらしい。


 言い分はもっともで、マロホシは自分の好奇心を満たすためだけに瀬名という医者の記憶を悪魔のドマに混ぜた。瀬名の人格がそのドマの中に復活し、ドマは自我を侵食されて消滅するのだが、その直前に復讐として瀬名の妻と娘をなり損ないに変えてしまった。


 瀬名はなり損ないを生かすため、三呂で十数人もの若者を食わせた。


 さらにマロホシの奴は瀬名を仲間に引き入れるため、なり損ないに三呂の高校生を何十人も食わせようとした。


 おぞましい事件だった。あれの首謀者が野に放たれているなんぞ信じがたい。


 ゴブリンのジグンが立ち上がる。


「なあワジグルさん、あんたらエルフは寿命も長いし、マロホシに関しちゃ追及できるだろうけど、最近は、仕事で車や重機を使うんだろう。ついでにキズアトの断罪をやったら、ノイキンドゥの教習所が止まるぜ。正義と美にある程度見切りをつけて、ちょっとでも金稼いで楽な生活をって流れに逆らう事になるんじゃねえのか」


 ついでに俺の会社も、重機が借りられなけりゃ死活問題だ、と付け加えるのはゴブリン代表のジグンだ。


 ワジグルは島のエルフ全ての代表でもある。島で生きる決意を固めた仲間たちの労働を妨げることは難しいらしく、それ以上言葉が出ない。


 アキノ家の次女でバンギアの人間代表であり、ララと同じユエの姉であるマヤがつぶやく。


「……そうですわね。あのマロホシとキズアトは同じノイキンドゥを根城にしております。断罪となれば同時に相手取ることになるでしょうし、私の祖国の復興と発展に必要な重機や車両も、今のところキズアトを通じて日ノ本から借り受けるしかありませんわ」


 少し前、禍神と化したマヤとユエの父親、アキノ十二世ことガラム・アキノの事件により、崖の上の王国は倒れて民主制が始まった。が、ガラム・アキノやゴドー・アキノ、自衛軍の介入により国内は荒廃している。今は紛争前に手付かずだった南部の森林地帯を切り開いているという。


 多量の物資を運べる日ノ本の車両や、人間をはるかに超えるパワーを継続的に出せる重機は必要不可欠だろう。


 吸血鬼の代表、ヤタガゥンが、腕組みをしながらつぶやく。


「紛争中から日ノ本と通じていたミーナスを抜きにしては、まだあらゆる経済活動、特に技術や資金のある日ノ本との交渉がはかどらない。日ノ本に対する独立を達成したとはいっても、産業を興して民に仕事を与えなければ、島の安定など見込めない」


 いい家柄だけに、キズアトの奴は本名で呼ぶか。


 だが意見はその通りで、このポート・ノゾミの存在が明るみに出るまでは、むしろ島の仕事をあらゆる意味で牛耳っていたのがキズアトとマロホシの二人なのだ。


 金の切れ目は縁の切れ目。ポート・ノゾミの法的独立とはいっても、ここに暮らすほとんどの住人は自分たちに得がないとなればあっという間に暴れ出すだろう。


 テーブルズの者達は、苛烈な断罪者を動かす権限を持つと同時に、この島の為政者でもあるのだ。


「清水に魚は住めない、というわけか。私以外にも指揮権の発動を考える者は多い様ですね」


 山本が勝ち誇って全員を見回す。ため息や無言の同意が続く。事は義侠心や、きれいごとだけでは済まないのだ。マロホシとキズアトが築き上げたものは島に必要不可欠となってしまっている。


 やはりGSUMは、今までの組織とは違う。紛争の混沌や国家の後押し、種族の思想的な支持などで自らを正当化する必要もない。生き残るには、実績によって経済と政治に分け入ってしまえばいいということをよく知っている。


 荒事の実行犯を他の組織や使い捨ての部下に任せ、地道に足元を固めてきたことが実を結んでいる。必要とあらば断罪者である俺たちまで死刑を免れさせ、島の維持に使うくらいだ。


 俺も含めて断罪者は言葉を発せなかった。テーブルズの代表者には一人一人、断罪者に対する指揮権がある。断罪活動を命令することも、もちろん止めることも可能なのだ。


 山本、ジグン、マヤ、ワジグル、ドーリグ、吸血鬼の代表、悪魔の代表。彼らのいずれかでもGSUMとの手が切れないというなら、侠志を生かしてつかんだ証拠も全て無駄になってしまう。


 この機を逃せば、あの二人の断罪はできなくなるだろう。そして紛争後の島でGSUMが改めてさらなる実利を上げるようになれば、誰も逆らえなくなるに違いない。


 残虐な行為や卑劣な策略でのし上がった戦国の集団が、善良面で平和な統治を始める様に、あの二人はポート・ノゾミ初期の発展を支えた功労者として名が残るに違いない。


 いや、これは人間の感覚か。


 あいつらは、まだ二百歳代の吸血鬼と悪魔。死んで歴史に名を刻むどころか、この先数百年は富と名誉を欲しいままにする。魔法と政治と経済を使って、バンギアとアグロス双方から、あらゆるものを欲望に従って手に入れるだろう。


 あるいは、ダークランドでやろうとしたように、必要とあらば再びの紛争すら引き起こし、凄惨な殺し合いを笑いながら眺めつつ、そこから利益を引き出すのだ。


 あの二人以上に吸血鬼や悪魔という名が似合う者は両世界に居ない。


 だとしても、経済や政治という実利の前に、法は膝を屈するしかないのか。


 仕方がないとはいえ、そんな結論を誰も望まないはずだ。


 だが望まないからといって、仕方なくやらなければならないことも、またある。


 ダークランドを火の海にしながら、命がけで捕まえた証拠だが。


 断罪者はこの先も、対処療法を強いられざるを得ないのか。

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