7再会

 策略の存在は分かっても、中身となると皆目見当もつかない。まず俺達には上陸の手段がない。さしあたって、燃料切れの船上では、フリスベルに尋ねるしかない。


「作戦なのは分かったけど、この先どうするんだ?」


「心配いりません。岸までは魔法を用意してあります」


 フリスベルはローブの裏から小さい布袋を取り出した。中から取り出したのは、緑色の種、釣りで使う細長い浮みたいな妙な形だ。ちゃぽんと音を立てて海水に投げ込むと、種は浮きながら沖へと流れていく。トネリコの杖を握って魔力を集中させる。


「あ、それもしかして」


 ユエは知っているらしい。フリスベルが呪文を唱えた。


「イ・コーム・シード・グロウス・ドライン・ザルト・ユジー!」


 杖から魔力が走り、流れていく種を取り巻く。

 しばらくはなにも起こらない。よく見ると、種が潮に流れなくなっているらしいが、わりと長い呪文だったわりに、効果が大したことない。


 と思ったら、種からいきなり葉が芽吹き、あっという間に成長していく。若葉が広がり、枝が伸び、成長して梢、幹となってどんどん太っていく。


 スレインの胴のような幹から、大人の太股くらいの枝が海水に向かって伸びる。数分と待たずに、パイロットシップから大陸へと続く、マングローブの林が出来上がった。


「これで大丈夫です。行きましょう、二人とも」


 フリスベルが振り返ったが、俺はあっけにとられっ放しだった。マングローブは汽水域の沿岸に生える木だ。アグロスにもあるが、これだけの大きさ、ここまでの深さに生えるようなものはない。

 フリスベルはバンギア産のマングローブを、現象魔法で爆発的に成長させ、ここから先の足場にしたのだ。


「いやー、久しぶりに見たなー。こんなにおっきいマングローブ」


 ユエが船べりからひょいと飛び移る。俺がぼーっと成長を見守っている間、すでに荷物をまとめている。


 俺も慌てて後に続く。フリスベルは慣れた手つきで碇を下ろし、マングローブの幹に、とも綱をくくっていた。



 すでに夕暮れに差し掛かっていたが、マングローブ帯を進むうちに、陽はとっぷりと暮れてしまった。足元が危うく、荷物を抱えては歩きにくいのだ。というかフリスベルやユエと比べて、俺がどんくさく、海にはまりかけて何度が二人に助けられたりした。

 それでも岸が近づくと、黒々とした輪郭で何となく分かる。浜に打ち寄せる海の音もする。奇異なのは、町はずれの何もない岸辺に、ランタンか何かの小さい灯が見えることだ。


 あんな派手な魔法を使ったから、向こうの奴らにばれたのかも知れない。やらかしたかと思ったが、ユエもフリスベルも特に気にした様子はない。仕方なく、俺も銃を出さずに岸辺を目指した。


 マングローブを渡り切ると、ランタンの主が俺達を迎えた。


 奇妙な集団だった。いや、あくまで、つい数年前まで火器が一切なかったバンギアにおいて、という意味だ。


 ユエと年恰好の似た、女性達。デニムのジーンズに、黒革のブーツ、ニーパッド、ポロシャツやジャケット、頭には、赤い鳥の尾羽をあしらった黒のテンガロンハット。一部の者は自衛軍のらしき、迷彩柄のボディアーマーも身に着けている。


 腰回りのガンベルトを一周する弾薬。ユエと同じSAAを脇のホルスターに保持し、思い思いの形で担ぎ上げている銃は、ウィンチェスターM1873。こちらも西部劇でよく見るレバーアクション式のライフル銃だ。たまに島の断罪で見るが、古い上に操作性が独特なので、あまり人気はないらしい。


 先頭の緑色の髪の女が、俺達を見てランタンを置いた。背筋を伸ばすと、女性達に向かって振り向く。


「全隊!」


 女性にしてはハスキーな、よく通る声。


 それを合図に、女たちが、機敏に動く。闇の中にもかかわらず、一糸乱れぬ方陣を作る。ライフルは右肩に架けた、いわゆるになつつの状態だ。綺麗に全員揃っている。


ささげー! つつ!」


 両足をそろえ、再び全員同時の動きで、女たちがライフルを立てる。


 ブーツが土を踏みしめる音と、銃身の金属音までが、共鳴して響き渡り、まるで一流オーケストラを思わせる。

 

 相当に練度の高い奴らだ。武器は古いが、ユエのSAAや俺のM1897だって、何人倒したか分からないほどなのだ。紛争からたった2年、バンギア人でだけで構成された見事な歩兵隊。


 だが一体何者だろう。バンギア人であることは、恐らく間違いない。肩ほどの髪の毛を太いみつあみにくくったスタイルが共通している。見事なまでの赤毛に青、緑、金、バンギア人の特徴であるカラフルな髪の毛の色が目を引くが。


 俺と同じく、ユエとフリスベルも圧倒されてしまったらしい。しばらく口を開けなかったが、やがて号令を出した女性がこちらを振り返った。


 帽子を取ると、よく目立つ明るい緑色の髪。その口元がふにゃりと緩む。吊り上がった目尻が下がると、案外瞳が大きく、夢見がちな少女のような印象だ。


「お久しぶりです~、副団長~」


 早く言え、と思わず叫びたくなるような間延びっぷり。なんだこのゆるキャラが人間になったような奴は。

 いや、それよりも副団長って言ったのか。俺が確かめる前に、ユエの感情が爆発した。


「うそっ! ニノちゃん! みんなも!」


 かしましい叫び声を上げると、ユエは女たちに突進。ニノと呼んだ部隊長らしいのを思いっきり抱擁する。途端にもう統制も何もあったもんじゃない。後ろの女兵士達までが、一気に相貌を崩してライフルを放り出した。捧げ銃、担え銃の見事さもどこへやら。西部劇を代表する無骨なウィンチェスターライフルが、束帯でだらしなくぶら下がる。


 海岸に女兵士の団子が出来上がる。


「副団長、わたし結婚しちゃいました! でも旦那が働きません!」


「わあ、喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙!」


「発破技師やってますよ! 鉱夫さんからセクハラ凄い!」


「爆弾得意だったもんねー。事故に見せて指くらいぶっ飛ばしちゃえ」


「情報屋やってます。結構儲けてます」


「なんかボケようよ!」


「鳥撃ちで稼いでるけど、うますぎて男の人が引きます……」


「戦闘じゃないんだから、手加減覚えようね」


 ほかにも、やれ誰がどうしたのこうしたのと、お互いを抱き締め合いながら、取り留めのない近況報告が永遠に思えるほど連なっていく。高校の同窓会に参加した女かこいつら。


 まあしかし、だいたいわかった。こいつら、ユエが紛争で活躍し、『硝煙の末姫』と呼ばれていた頃の同僚に違いない。武器は悪くとも、自衛軍相手に戦い抜いた連中ならば、この練度も腑に落ちる。


 ユエはもう本当に、心底楽しそうだ。戦友というのは特別なものなのだろう。フリスベルはいつにも増して穏やかな目つきで見守っている。俺もユエの笑顔を見るのは悪くない気分だが、この国へは旅行に来たんじゃない。


「楽しそうなところ悪いが、段取りがあるなら教えてくれよ。俺達と協力してくれるんだろう?」


 そう口にした直後、一斉に振り向いた女性達の視線に、俺は死ぬほど後悔した。

 空気が冷え込んでいる。あのフリスベルすら、仏頂面になっている。


 なんだか懐かしい。これはクラスの女子の会話を妨害して反撃を食らうときの予感だ。


「副団長……この生意気なガキ、どうしますか」


 ニノと呼ばれた女が、腰の後ろに差した山刀の柄に手を掛けた。ドスの利いた声、あれで捕虜の首をはねていたと聞かされても違和感がない。こうなると大きめの瞳がかなり化け物じみて見える。


 ディレとまともに対峙したときを思い出したが、これすらいつものノリなのかユエは笑顔を崩さない。


「駄目だよー。断罪者の同僚だもん、それに料理うまいんだから」


 途端に、ニノは柄から手を離した。背中が丸まり、のらくらした調子に戻る。


「……女の人が話しているときは、邪魔しちゃダメですよー。あと明日の炊事係に任命しますー。え、と……誰かさん?」


 俺は食い意地で生かされるらしいな。生け簀の魚を見るようなツラをしやがって。とんでもない奴だ。というか、名前も知らないのか。血の気多すぎだろう。


 だが、話を進めるべきだ。全員の視線が向いたのを潮に、俺は兵士達に向かって一礼した。


「……丹沢騎士だ。ここへは断罪者として来た。知ってるよな、これ」


 コートを広げると、爪を振りかざし炎を吐く赤い竜の紋。この間の断罪では見た瞬間に銃を捨てて手を上げたゴブリンが居た。

 さすがに目を引いたらしく、女たちが静まり返る。


 フリスベルもぺこりと頭を下げる。


「あの、フリスベルといいます。ご覧の通り、ローエルフです」


 皆の視線に頬を赤らめ、きょろきょろとしていたが、はっと思い出して鞄を探る。


「あ、あえっと、ユエさんと同じ断罪者です。これ。協力、よろしくお願いします」


 広げた外套に、確かに火竜の紋。こんなだが、こいつもやるときはやる。


 果たして、兵士達はフリスベルの方に食いついた。


「きゃー、かわいい、かわいい! 本当にやばい」


「初めて見た、ローエルフ!」


「うっわー、すべすべ真っ白。え、本当に本当に、ねえこのまま変わらないの?」


 パンダの子供か何かかよ。見事な号令のニノすらも、骨抜きになって頭を撫でている。苦笑するユエ。


「ローエルフは、本当に全然森から出てこなかったんだよねー。みんな見た事ないのも分かるわ。ほら、やめなよ。フリスベル嫌がってるでしょ」


 ユエに言われて、女兵士達は一斉に退いた。


「話が進まねえなあ。結局どうするんだよ」


 ため息を吐きたくなったとき、奥の茂みをかき分け、本命が現れた。


「どうやら到着されたようだな、お前達」


 穏やかな男の声。ニノと兵士達が下がって、担え銃で道を作る。


 松明をかかげた従者と共に、ザルアを含めた三人の騎士、そして三人の魔術師が現れた。


 ザルアを含む全員、銃器は持っていない。騎士達は全身鎧にサーコート、腰に無骨そうな長剣。魔術師もどう見ても儀礼用の豪奢なマントを身に着けている。


 警察署の襲撃犯。こいつを断罪すれば、俺達がこの国に来た理由は終わる。

 だが、今ここでそんな真似をする奴など、断罪者には必要ないのだ。


 コートやマントをしまい、黙って見守る俺とフリスベル。直立するユエの目前まで歩み寄ると、六人は一斉にひざまずく。


「断罪ならば、受けます。だがその前に、どうか、どうかお力を、我々に御貸し頂きたい」


 プライドの塊に見えたこいつらが、頭を下げている。松明の明かりじゃ分かりづらいが、即席の儀仗兵をやっているニノ達女兵士も少しだけ表情が動いている。


 訓練と実戦を生き残った歴戦の兵士が、動揺するほどの事態。

 沈黙、それを怒りととったのか、ザルアが顔を上げぬまま言った。


「ユエ様。どうか、姉上殿を、我が国をお救い下さい。あなたを蔑み、ディレ殿と共に捨てた恨みなら、私がこの命で償います。特務騎士団の方々と共に、この胸を鉛の弾丸で貫いてください。ですが、その前にどうか、どうか我らと我が国をお頼み、申します……」


 それ以降は、言葉にならなかった。美しい青い瞳と、凛々しい唇を震わせ、男泣きに泣いている。二十歳も超えた男の涙は、とても特別な感情の発露だ。


 ザルアは本気に違いない。断罪法を犯して俺達を崖の上の王国に引き入れ、命と引き換えにでもマヤを、このバンギア唯一の人間の国を守ろうとしている。


 ユエが静かに歩み出る。しゃがみこむと、海岸の砂をつかんで震えるザルアの手ににそっと触れる。


「教えてザルア。私達の任務」


 包み込むような微笑みが、ザルアを抱き締めて癒す。

 あらゆる穢れから隔絶され、深層に育った者の清廉な優しさ。

 断罪者最高の射手は、崖の上の王国の姫君でもあるのだ。


「はい……」


 肩の荷を下ろしたように、ザルアのため息が漏れた。

 他の騎士や魔術師が、顔を伏せたまますすり泣く声が、波の音にこだましていた。

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