8油断

 ザルア達からもたらされた情報は膨大だった。


 まずこの崖の上の国の情勢についてだが、はっきり言って、ずたずたもいいところだ。もはや国と呼べるか怪しい。


 なにせ、崖の上の王国の国土の中には、四つの勢力が乱立している。


 一つ目は、ポートノゾミから攻め上った自衛軍。各所で領主を殺害し、傀儡を立てるなどして、配下の騎士団を掌握。集めた民に訓練を施して、即席の兵士とし、白アリのように国土を冒している。資金源にするために、銃器や麻薬の密造にも手を出しているというが、ザルアもその詳細は知らない。


 二つ目は首都より東を領地とするフェンディ伯とその騎士団。フェンディ伯はかつてダークランドの悪魔や吸血鬼から首都を守った魔法騎士団を、団長として率いていた。しかし、自衛軍から容赦ない攻撃を受け、被害が増すに及んで、密かに悪魔や吸血鬼と協力関係を結んだ。ポート・ノゾミがある程度落ち着いた今も、頑強に抵抗している。ちなみにこの伯爵の本名はゴドー・アキノでアキノ家の長兄だ。


 三つ目、首都より西を領地とするエルフロック伯。ただ伯爵は既に自衛軍との戦いで戦死、領地を切り盛りしているのはその未亡人のララ・アキノだ。察しがつくと思うが、こいつはエルフロック伯に輿入れしたアキノ家の長女だ。

 彼女はエルフの森と協調し、領地の広大な森を切り開いて焼け出された民を受け入れて養おうとしているという。


 そして四つ目が問題のアキノ12世の勢力。首都とその周辺にある王の直轄領地、および南側で自衛軍に抵抗を続ける領地を傘下に置いている。この王の後見を受けてその勢力を新たに率いることになるのが、マヤの婚約者であるヤスハラ伯になる。


「……問題は、四つの勢力がそれぞれ全く別の統治の方法を取りながら、表向きは崖の上の王国一国としてまとまっていることなのです」


 ザルアが疲れた顔で、馬車の中から街道の外を見つめる。

 魔法騎士団と俺達断罪者は、街道を進む馬車の中に居た。ユエの部下たちは馬で従っている。


 ゲーツタウンから首都イスマまでほぼ真北に伸びている街道。紛争前までは、メインルートでもなかったのだが、七年前の紛争開始からポートノゾミを介してアグロスとつながったことにより、少しずつ拡幅、整備がされた。現在は粗末ながらコンクリ製の二車線道路となった。一部の場所には太陽電池式のソーラーライトが輝いており、周囲の茂みや木々も刈り払われた結果、夜でもこうして馬車で進める。一時間に一度くらいは、なんとアグロスのトラックともすれ違った。


「七年前のバンギア・グラの後、攻め上ってきた自衛軍に対抗するため、ユエ様をはじめとした銃の得意な魔力不能者が王国各地で立ち上がり、特務騎士団が結成されたのはご存知でしょうか」


 昔のメリゴンの騎兵隊のような、女性ばかりのこの一団のことだろう。当時のことが甦るのか、ユエは外を眺めている。俺とフリスベルはうなずいた。


「ユエ様が、『硝煙の末姫』と呼ばれるほどに、特務騎士団は戦果は上げました。私もマヤ様もわが目を疑う思いでした。しかし、その強さは魔法を至上とするこの国の価値観とは、残念ながら……」


 言いにくそうに言葉を濁したザルア。俺は後を継いでやることにした。


「分かってきたぜ。ユエ達は、さっき言った四つの勢力どれからも好かれてなかったんだろ。上の兄貴のフェンディ伯、上の姉貴のエルフロック伯、親父のアキノ12世と、ぶちのめした自衛軍のどれからも」


 ザルアはゆっくりと首を縦に振った。たばこをやろうかと思ったが、馬車の中じゃローエルフのフリスベルには拷問みたいなもんだ。ユエが振り向く。


「懐かしいなあ。二年前、急に言われたんだよ。ララ姉様の領地に攻めてきた奴らを思いっきりやっつけたと思ったら、特務騎士団は解散して私はポート・ノゾミに行けって。まあ、みんなに結構恩賞が出たし、ディレ団長は騎士身分になるっていうから、べつにいいかと思ったんだけどさ」


 王族唯一の魔力不能者に民衆の支持を得られてはまずいアキノ家。特務騎士団にさんざんっぱらやられた自衛軍。両者の利害は特務騎士団の解散と、ユエを追い出すことに限って、完全に一致してしまったのだ。


「問題はその後です。特務騎士団に悩まされなくなった自衛軍は、紛争の再開と認識されない程度の騒乱を頻繁に起こして、武器や麻薬をばらまいています。陛下とフェンディ伯、エルフロック伯も施政の方針が一致せず、今では商人たちの往来こそあれども、親子でありながら互いの領地を行き来することなど絶えてない始末でして」


 ほぼ、べつの国になりつつあるってことか。フェンディ伯にダークランド、エルフロック伯にエルフの森が同調してるのも原因なんだろうな。いや、もしかしたら取り込まれつつあるのかも知れない。


 ユエはもう窓の外を見ていない。ホルスターのSAAに手を近づけながら、虚空を見つめている。二年前、断罪者として出会ったころは、腕ばかり立つあっけらかんとした奴だと思っていたが。


 もしかしたら、断罪者で最も重いものを背負っているのが、ユエかも知れない。


 気を遣ったのか、フリスベルが話題を変える。


「あの……マヤさんは、一体どうされたのでしょうか」


 今度はザベルの雰囲気が変わる。


「マヤ様は新たな国の形を探っていらっしゃいました。アグロスにその手掛かりがあるはずだと陛下に訴え、我々を連れ、ポートノゾミに足を運ばれ、テーブルズの代表の座につかれたのです。議員としての経験も深まり、任期を過ごした後には、この成果を国元に持ち帰るのを楽しみにされておられたのですが」


 どことなく、高慢さが抜けない奴だと思っていた。だがそれは、俺が、ユエの意地悪な姉として認識し、さらに日ノ本の価値観で測っていたからかもしれない。まあ、マヤを崇拝しているようなザルアの口から出た言葉ではあるのだが。


 それでも、崖の上の王国の情勢と比べると、ずいぶんと賢明な気がする。


 ユエはとうとう、SAAのグリップに触れる。


「そんなに頑張ったのに、父様からは、ヤスハラ候を作り出すための政略結婚に使われることになったんだね」


「決定的だったのは、武器密輸の件でした。マヤ様は事態の解明と糾弾を主張されましたが、それが陛下の心証を悪くされたようなのです。報国ノ防人による爆破事件の後、急遽結婚の話が成され、テーブルズの議員としての職務もありますし、とにかく回答を留保して、時間を稼ごうとしていたところでしたが」


 ニヴィアノ達がやっていた武器密輸。俺達による追及を封じた王国の手は、やはりマヤが主導権を取ったのではなかったということか。しかも親父とやり合ったとなれば、俺が啖呵を切った後だろう。その報復が結婚により自由を封じることとは、なんとも中世らしいやり方という気がする。


「でもなんで急に、自分で行く気になったんだろう。断ればいいんじゃない? ポートノゾミにはそう簡単にちょっかい出せないわけだし」


 実際報国ノ防人による作戦も、俺達断罪者がほぼ不意にした。

 核心に触れることなのだろうか、ザルアは少し黙り込んだ後、


「……それが」


 ザルアの言葉は、上空からのけたたましい音に遮られる。


 ユエは窓を開けると、夜空を見上げる。俺とフリスベルも逆側から見上げた。


 これはヘリのローター音だ。北西の方から近づいてくるが、誘導灯を付けていないから詳しい位置が分からない。自衛軍と何度もやりあっていると、不安になるが。


「焦らなくとも構いません。どこかの宿営地からの連絡でしょう。アグロスでは法でヘリが飛べる時間帯や針路が決まっているようですが、こちらでは、飛ぶのを禁じる術もありません。あまり気にしている者は居ませんよ」


 領内に自衛軍が居るとなれば、ザルアの言っていることは確かに自然だろう。

 だがユエは叫んだ。


「すぐに出て。森へ、早く!」


 やはりか。俺はザルアの腕をつかむと、フリスベルと共に転がり出た。シュッシュッという不気味な音が、確かに頭上でローター音に交じった。


 体を起こすと同時に、街道上に火花が降り注ぐ。


 二頭の馬と、二台の馬車が火の塊に貫かれた。


 M37ナパームだ。レグリムと戦った島では、森を焼き払った兵器。棒状の爆弾の内部に、大量の燃焼剤が入っている。水じゃ消せない恐ろしいやつだ。


 ナパームは俺達の馬車全体にばらまかれたらしい。馬が何頭かやられ、森にも火が点いている。


 逃げ遅れた後ろの馬車から、火に撒かれた魔術師が転がり出る。点火済みのオイルをまともに食らったのだ。一人の騎士がマントであおぎ、ユエが助け出した魔術師が、立ち止まって現象魔法の詠唱に入る。助けるつもりなのだ。


「駄目、逃げて!」


 悲鳴に近いユエの警告。頭上にローター音が近づき、銃声が混じる。

 弾道は見えないが、魔術師と騎士は詠唱もままならず、倒れ伏した。


「ユエ副団長!」


 森から見つめるニノに、ユエはハンドサインを送る。俺とフリスベルにも送っている。あれは、散開の合図。この場は逃げろということ。


 だがまだ馬車には、逃げ遅れた魔術師や騎士が残っている。生きながら焼かれていくすさまじい悲鳴が、ヘリのローターと銃声に交じって夜をつんざいていく。


 手立てはない。断罪法を犯してまで、俺達を招き入れてくれた奴らが、次々とやられていく。


 ザルアは歯を噛み締めながら、ユエに叫んだ。


「五日後に首都へ! どうかご無事で!」


 銃声は止まない。俺もザルアも木の陰に入ったが、闇雲に撃ってきやがる。


 敵の数も武器も不明。今はとにかく逃げるしかない。

 クレールが居れば、夜目が利くが、そうも言っていられん。


 枝につまずきそうになり、あちらこちらに擦り傷を作りながら、俺達は夜明けまで必死に逃げた。散開の合図の通り、俺とフリスベル、ザルアは、ユエ達と逆の方向になってしまった。


 罪を負う覚悟で俺達を引き入れたザルアの同志達は、ザルアを残して身まかってしまった。もはや、後悔しても遅い。


 ギニョルは正式な手続きを通じて俺達を送り込んだ。それは自衛軍にも把握できるということだ。


 俺達らしくない油断だった。もはや、後悔しても遅く、後戻りは不可能。


 襲撃は、あくまでポート・ノゾミの島内ではない。つまり断罪者はこの事件では動けない。


 だがこの代償は、ヤスハラ伯やアキノ王に払ってもらうしかないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る