14タンデムドライブ


「銃を向けられちゃ終わりだな。なんでも聞けよ。あの島でのことでも、殺されたダチのことでも、なんでもなっ!」


 銃と、それを向けられる意味を理解しているらしい。あの護身術といい、この子は紛争を潜り抜けて、島で育ったに違いない。

 まず、警戒を解かなければ。


「んな怖い顔すんなって。べつに、取って食おうってんじゃねえさ。で、お前の友達は被害者なんだな?」


育美いくみと、求志きゅうじだ。あんたが見た死体の四番目だよ」


 三呂市のクラブ近くの路地裏で惨殺されていた二人だ。

 梨亜はバイクのハンドルに拳を叩き付けた。


「やったのは陽美はるみの奴だ! 分かってるんだよ、私のダチが見たんだ。ぐにゃぐにゃの化け物になって、喰いやがったんだ」


 いきなり核心に近い情報だ。梨亜の言うことを信じるなら、俺が探った行方不明者の娘の方が成り損ないで、殺された娘の姿を使って、人間を欺き、捕食している。


「お前は、今夜の事件に心当たりがあるのか」


「あるさ。陽美とは三呂でなんべんも遊んでたんだ。人が殺されてるのはよく知ってる所ばっかり。まだ事件が起こってないのは、もう中央区のクラブ、ユダだけだ」


 クラブ、“ユダ”。そこが今夜の犯行の場所。


「それをなんで親父に言わない?」


「言ったさ! でも何にも変わらなかった。あいつはあたしを監視してる。無茶して勝手に出て行かないようにって……ポート・ノゾミに居た頃は勇気があったんだ。今夜は唯一のチャンスだったってのに、あんたのせいで……」


 ハンドルに顔を伏せた梨亜。無念さが伝わってくる。

 嘘泣きかも知れんが。俺はショットガンを置くと、そっと近寄った。関節と投げ技を警戒しながら、細い肩に手を触れる。


「あんだよ……」


 子供のように泣きはらした目。精一杯尖ったつもりだろうが、敵意より悲しみが勝っている。ただの直情な奴だったか。


「案内しろよ。そこ行こうぜ」


 ヘルメットを拾って差し出す。梨亜が目を丸くした。


「はっ……。あ、あいつが、お前の仲間に言わなかったことだぜ、もうほっとくことになってんじゃねえのか。ケーサツとか国でそういうことに……」


「なってようが知るかよ。俺は断罪者だ。事件を判断して裁く権限は俺達一人一人が持ってる。こんなむごい事件、放っておけるわけないだろ」


 梨亜にメットを押し付けると、ガレージを探ってもう一つ取り出す。この間からやたらタンデムの機会が増えてやがる。


「協力してくれるのか、特殊急襲部隊の親父だって、無理だって……」


 紅村のやつ、特殊急襲部隊だったのか。


 境界でにらみ合ってから、自分なりに調べてみたが、連中は普段その階級を秘匿し、内勤の警察官として過ごすそうだ。


 しかし、その紅村がこんな確実な情報を無視し、俺達にも明かさなかったとなると、この事件、本当にきな臭い。大体、二十一人も殺している殺人鬼が三呂市内に居て、警察の網に引っかかっていないことが異常なのだ。


 遊佐のことが頭をめぐる。まさかと思うが、この梨亜の父にして、ギニョルのなじみの紅村までが、あいつ並みの汚職警官だというのだろうか。


 俺自身に言い聞かせるように、梨亜の背中をなでる。


「泣くなよ。友達は失敗したって言って追い払っとけ。お前らなりの勝算があったのかも知れないが、甘い相手じゃない。島にも居なかった奴だ。意味分かるな?」


 梨亜はぼんやりとうなずいた。口を半開きにして、とろんとした目で俺を見ている。


「……あんた、なんて言ったっけ。あたしと同じガキなのに、ちょっとイイ感じだね」


 分かりやすいな、こいつ。いや、それだけ気が張っていたのだろう。友人が友人に殺され、警察も動かず、とうとう自分で何とかするしかないところまで追いつめられたのだ。俺は図らずも、唯一の味方になっちまったわけか。ああいう甘え方はしたが、ギニョルのことだって信用してないみたいだし。


 梨亜をタンデムシートにおしのけると、俺はヘルメットをかぶって運転席に座った。


「こう見えて23のオッサンだよ。マロホシって悪魔に、操身魔法かけられちまって、時間が止まってやがるのさ。ちなみに名前は騎士と書いて『ないと』な」


 梨亜はもう慣れた調子で、俺の胴体にしがみついて身を寄せてくる。


「騎士かあ……ねえ、お姫様とか探してる? あたしなったげよっか?」


 なれなれしい猫みたいに頬を寄せてくる。精一杯の色気なのだろうが、ギニョル、ユエと背中にのっけていると悲しいほどにない。


……なにがとは言わないが。お姫様なら間に合ってるしな。

俺は再びバイクのエンジンを作動させる。


「ガキはごめんだね。さあ、行くのか、行かないのか」


「フン、行くよ。道分かるか?」


「馬鹿にすんな。七年前なら、お前と友達になれたかもしれねえぐらいだ。三呂の大体は頭に入ってる。行くぞ!」


 クラッチをつないで、スロットルを回す。梨亜の歓喜の叫びを撒き散らしながら、俺達は紅村家を後にした。



 国道に合流した俺達は、深夜となり車の少なくなった道を行く。信号は点滅か、うまいこと青が続いた。

 加速もカーブもなめらかだ。俺が使っている略奪部品を組み上げたやつよりはるかに性能がいい。ポート・ノゾミにもゴブリンがやっているバイク屋もどきはあるが、やはりアグロスこそが、バイクの故郷に違いない。


 数分と経たぬうちに、俺と梨亜はトンネルに入った。中央区の北側にそびえる山々、そのふもとを数キロに渡って貫き、新幹線の駅まで導く夜魔トンネルだ。


 薄暗い中を飛ばしていると、空気が悪いにもかかわらず、梨亜が話しかけてくる。


「ねー! ギニョル本当に元気でやってるのー!?」


「俺とクレールにげんこつくらわすくらい元気だぜー!」


 あほみたいな大声でないとお互い聞き取れない。叫ぶたびに排気ガスで淀んだ空気を吸うのはつらい。


 しかし梨亜も、自分を差し置いて人の心配をするとは。それもあのギニョルだ。断罪者としては非の打ちどころが無いあいつの、何を気に掛けるというのだろう。


 俺のわだかまりを無視して、梨亜は勝手に叫んだ。


「よかったー! じゃあ、つるぎさんのことはもういいんだー!」


「剣って、剣侠司かー! 自衛軍のー!」


 実質、ただの二等陸士でありながら、自衛軍の全てを掌握し、将軍の通称で呼ばれるとんでもない男。あいつは確か、ギニョルにひどく執着していた。

 梨亜は全力で否定する。


「あんな奴じゃないよー! 兄の方だからー!」


 兄だと。あいつに、兄なんか居たのか。


「そりゃどういうことだー!?」


 たずねてみたが、梨亜からの返事がぱったりと止んだ。俺の腹につかまった手をぎゅっと握っているのが分かる。


 なにか、デリケートなことだったのだろうか。

 ギニョルからは一切聞いたことがない。しばらく無言が続いた。

 トンネルの出口が見えたあたりで、梨亜が早口で言った。


「……ギニョルさんが言ってないなら、あたしからは言えない!」


 あいつが嫌がる、不名誉なことか。

 今は保留だ。トンネルを抜けると、三呂の中央区、駅前のビル街へと通ずる通りに出る。


 交差点で赤信号にひっかかり、ちょうど信号待ちになった。


「なあ」


「言えない。もう忘れて」


 にべもないとはこのことだ。横目梨亜をうかがうと、何の感情もないような表情で、通り過ぎる車を見つめている。

 相当大事なことなのだろう。もう忘れた方がいい。


「現場のことだよ。よく考えたら、このへん道は分かるけど、クラブの場所は知らない」


 梨亜が破顔する。くっくと笑って、目尻の涙をぬぐった。


「だっさ……いいよ。右行って、四つ目の通り奥へ入って」


 思いやりのあるやつだ。俺を投げ飛ばした件だけは許せんが。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る