43富裕な作戦本部
海は俺を家の中に通し、バスルームに案内してくれた。シャワーを浴び終わると、入口にはカッターシャツとスーツの下が用意されていた。遠慮なく袖を通させてもらう。
「どうぞこちらへ」
海の案内で清潔な階段と廊下を上って、豪邸の二階。見覚えのあるマホガニーのドアを開けると、裕也の部屋だ。
「おう、着替え終わったな」
ワックスで固めた自己主張の強い髪の毛。不良っぽく見えるがどこか繊細な目つき。崩したブレザーがトレードマークの高校生、遊佐裕也。
この遊佐裕也と、遊佐海は、同い年の義理の姉弟だ。二人とも三呂東高校に通っており、二人の父親はかつて県警本部長だった。色々あって、命を落としてしまったが。
「直接会うのは久しぶりだな」
「裕也、もう言っても無駄だと思うが……」
「わーってるよ。ただ、GSUMだっけ。連中、まだネットとかは弱いらしいんだよ。つつけば色々見えてくるんだ。ほれ、こいつが連絡用のホームページだ」
どこのWi-Fiを、どうつないだか分からんパソコンには、真っ黒一色に派手なフォントでGSUMと書かれていた。
「クラシカルなもんだな」
「金はあっても、ろくなウェブデザイナーが居ねえんだろ。それか、協力者のセンスが、2000年代より前なのかもな」
アグロス側のGSUMのパイプは金持ちが主だから、ITの長者なんかも居そうだが。そういや、そいつらがばりばりの現役で名前を売っていたのは、裕也が言うくらい昔のことだ。
アプリやらホームページの作成なんかの現場からは、遠ざかってそうだな。
「きょうび、大方のSNSは、いろんなやりかたで見張られてる。自前で味方しか存在を知らねえ裏ページを作って、そこで連絡するってのは案外安全なんだ。それでも俺みたいなやつからすりゃ、ザルだぜ」
裕也みたいなやつ。IU同好会なんて、アングラサイトを見る部活を作って活動していたほどのやつら。まあ、ハッカーってことだ。不正アクセス禁止法の類は、まだあの島には作られていない。
「なるほど……まあ、筒抜けだったんだな、俺達」
ロゴをクリックした先には、今日の活動のタイムテーブルが簡素な横書きで記してある。まるで修学旅行のしおりだ。が、簡潔で分かりやすく、時間や行動を誤解しにくい。
俺とギニョルとユエの襲撃時刻は午前六時前きっかり。日ノ本側の境界では、突っ込んできたタンクローリーを通すことになっている。三呂大橋の警備も、銃撃戦のあった数分だけ緩めることになっていたようだ。
「まるで掌の上だ……」
その後のルーベの行動は予定外かと思ったら、ごていねいに、(試験実施の場合)というかっこ書きで、『院長行動』『夜魔ふとうアジト』と書かれていた。マロホシが受像機を使って俺達を殺そうとしたあの行動だ。あれも予定通りだった。
で、ギニョル、ユエ、俺、ルーベも命を拾った今、それは失敗したわけだが。
「その先は、書いてないな。それに、ドーリグが来たことも」
「そんなことがあったのか。ドーリグさんって、行方不明のテーブルズの議員だろ」
「知ってるのか」
「ああ、狭山さんに聞いて」
狭山だって。リアクスの荘園に潜入してた、あの狭山か。もうあの一件から先、断罪者やテーブルズからは連絡を取っていないのに。
「おいそれはどういう」
俺が問いかけた直後、携帯電話が鳴った。誰かと思ったら海だ。
「……失礼します。はい。車両の出入りがありましたのね。ええ、宅急便の車両が三つ。そうですね、こちらの情報と一致しますわ。こちらは騎士さんを保護いたしました。追って連絡いたします。若輩の私が言えたことではありませんが、どうぞ軽挙はお慎みを」
それだけ言って、海は電話を切った。梨亜が話しかける。
「狭山のオッサンからだな」
「はい。予定の車両が拘置所に入ったようです。護送時刻まで時間がありますわね」
「その時間で武装すんだよ。戦闘要員が、荷台に隠れてやがるんだ」
狭山とも協力関係を作っていたのか。あいつは、元空てい団員。戦争の最前線に縁のあるやつだ。将来のある裕也たちとは、接点を作らないようにしていた。狭山だってそのつもりのはずだろうに。
「お前ら」
「誤解すんな。狭山さんは俺から探って連絡入れたんだ。どうしても、お前らが手伝いたくて、戦えるやつが誰か居ねえかってな。ちょっとばかり怖かったが、まあどうにか、海ねえちゃんが話をつけてくれたよ。俺だけだったら……死んでたな」
裕也の薄ら笑いがひきつっている。狭山のことだから、素性を探って連絡を取ってくるガキのハッカーをどういう目に遭わせるか。まあ、確かに海には甘そうだ。フリスベルといい、あいつは繊細そうで可愛らしい女に弱い。
梨亜がソファーに体を預けた。天井をながめてつぶやく。
「狭山さんはやべーよな。ありゃまじもんの軍人だよ。軽くだけど、私も訓練受けたぜ。今の私は境界課長の娘だからな、何かのときに、銃がちゃんとつかえると便利だろ」
ホルスターから銃を取り出す。ユエほどでないが、よどみのない手つきだ。構えても震えないし、撃鉄の指先も安定している。元空てい団直々の訓練なんて、なかなか受けられるものじゃない。
こいつら、俺が思った以上に深く、事態に食い込んでしまっている。
元は、こんな世界と関わってはいけない少年少女たちだったのに。だからこそ、やぶれかぶれのような断罪には、決してかかわらせなかったのに。
俺は言葉を失った。死んでいくザベル、破壊者に堕とされたドーリグ、刑死を待つ汚れた悪党となってしまったクレールの母親のリアクス。
GSUMとかかわったことで起こった悲劇が、この少年少女たちに降りかからない理由があるだろうか。連中は本気なのだ。
黙ったまま眉間にしわを寄せた俺に、海が言った。
「騎士さま。大人としてのあなた方の気遣いを、裏切ったことをお許しください。ですが、私は、ユエさんを銃弾と魔法の中に一人にしておくのは、気が引けたのです」
この三呂での事件以来、海はユエを思いやっている。ユエにとっては数少ない、銃弾と命の取り合いが介在しない友人だ。
「騎士、あんたらもだけどさ。あたしは、父さんに死んで欲しくないんだ。GSUMは、境界課をまともに働かせそうな初代課長の暗殺も計画に入れてやがるんだぜ」
今は雌伏していても、機会を見て戦うつもりが紅村にはある。梨亜が立ち上がり、裕也からマウスを奪ってスクロールさせた。
『三呂大橋爆破による、断罪者及び境界課の抹殺計画』
それが、ページの多くを占めている連中のこの先の予定だ。最初から、断罪者と共に境界課も始末するつもりだったのだ。
「……親父は信じなかったよ。私がいくら言っても、今は紛争中とは違うからって言ってた。確かに、自衛軍ももう、裏の事件には絡んでないからな」
あのとき、GSUMは手引きをしたが、直接は動いていなかったらしい。まさか、そのGSUMが三呂大橋ごと爆破するような、強引な手段を取るとは思わない。
俺達だって、ここまでやられなければ、GSUMがこれほど暴力的な行動をするとは思わなかったのだ。
事情を知っているからこそ、紅村は読み違えた。
「んで、梨亜ちゃんが断罪者とつながってるやつを探して、友達の弟の知り合い、つまりIU同好会に居た木山の部長の俺と、出会ったってわけさ」
へへっ、と得意げな裕也。マウスを持つ手をにぎろうとしてかわされた。梨亜の視線が冷え込む。
「……なんとなく、信用ならねえんだけどな、お前」
「ひでえよー。ほら、渋滞の抜け方とか、ただの地図アプリじゃ分からねえだろ。俺と付き合うと色々お得なんだぜー、梨亜ちゃん。この間も乙女系アプリゲームの下方修正情報をいちはやく」
でれでれとしたアプローチに、梨亜が目を吊り上げた。
「っせえ。お前みたいなパソコンオタクは、どうせなんかヤバイことやってんだ。だいたい、なんだホワイトハッカーって。この世に居るかそんなもん。言っとくが、あたしのタイプはあんたみたいな得体の知れねえ男じゃねえんだ! 騎士か狭山さんで終わり!」
「おいおいひでえよー、そんな。俺役に立つだろ」
「裕也、端的に言ってキモいですわ。……あっ、こういう気持ちで使うのですね、この若者言葉は」
仲裁と見せかけて、なにかに気付いた海。
楽しそうなやりとりだ。まあ、仲良くやってるようで何よりだが。ここまでやれば、もうこいつらはGSUMの敵だ。存在を知れば攻撃対象になる。俺はため息をついた。
「……本気なんだなお前ら。もう逃げられねえぞ。俺達も信用させてもらう。いや、悪いけど、お前らを信用して頼るしかない」
断罪者はテーブルズの残存勢力とは協力を結んでいるが、連中はアグロスの通信機器や連絡手段にうとい。GSUMとやり合う上で、情報がないのは苦しすぎた。
裕也たちをフルに使えることは、これ以上ないほどの武器だ。
「分かってるよ。そうしてもらうために、俺もここまで踏み込んだんだ」
「さしずめ、ここは私らの作戦司令室ってとこだな」
広い窓から大きな光が差し込むこの部屋。裕也の腕でネット上からあらゆる情報の集まるこの部屋が、あのハイエースに代わる司令部ってことか。
窓辺がこつこつと鳴った。梨亜が銃を構える。
小さなメジロと、こうもりがたたずんでいる。奇妙な組み合わせだが、この二匹は使い魔。海の目が紫色に光った。
「……心配いりません。メジロは私の使い魔ですわ。ギニョルさんとユエさんは無事」
『騎士、そこにおるのじゃな』
コウモリはギニョルの声でしゃべった。ドーリグの襲撃を生き残ったのだ。
「無事か」
『まだ不安じゃが、言っておられん。その三人と狭山は、わしの権限で断罪助手とする』
ということは。いよいよ、なのだ。
『三呂拘置所前の、坂畑という一軒家に向かえ。狭山の監視所じゃ。四人を奪還するぞ』
逆転のきざしとなるかどうかは、分からないがやるしかない様だな。
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