44前哨戦争
いくら、マロホシとキズアトだって神ではない。
ギニョル本人を捕らえたり、蝕心魔法をかけたりしていない以上、ギニョルしか知らない情報は把握できない。
三呂大橋で捕まらなかった場合、ギニョルがどうやって四人の断罪者を取り返すつもりだったか。それは、読み取っていないのだ。
「へえ、ここか……」
背中に梨亜。太ももの下にバイクのエンジン。メットのバイザーをあげた俺の目の前に坂畑家がある。
ここは三呂の北部にある三呂拘置所のすぐ近くの住宅街。三呂市の大抵の新興住宅街の例にもれず、山を削って切り開いた、むくどり台の一角だ。ギニョルは一軒家と言ったが、ぽつんとあるわけじゃない。指定された坂畑家は、同じ長方形二階建てのデザインが並ぶ中にある。
玄関前にかまぼこ屋根のガレージがあり、その隣にミカンの木。ドア脇の郵便受けに、『坂畑』と書かれたステッカーが貼ってある。一見して何の変哲もない普通の家だ。
ただし、道路に面した窓のカーテンは降り、二階は雨戸が閉まっている。中の様子はまったくわからない。まあ、これは他の家も同様だが。
時刻は午前八時前。学校や会社に行く者はすでに出発しており、周辺店舗が開くまでは時間がある。外出するものはおらず、辺りは静まりかえっていた。俺と梨亜は住宅街に似つかわしくないライダースーツの二人組だが、目立ってはいない
「静かだけど、バイク留めると目立つな」
梨亜の心配には、ライダースーツの胸元からでてきたメジロが応えた。
『ガレージの鍵が開いております。お早く』
なるほどな。海の声の通り、ガレージのシャッターは手で上がる。バイクを運び込んで鍵をかければ周囲からばれない。
ガレージ内にはマジックミラー仕様の白いハイエースがあった。脇の戸棚には、スパナやノギス、やすり、塗料などが並べてある。一見すると車の整備に使う道具だが。
「……うっわ、こりゃえぐい」
工具箱を開けた梨亜が驚く。俺も眼を細めた。
外側こそただの工具箱だが、ケースの中身は分解済みのガンパーツと弾薬だった。武装した敵戦力に対抗するためか、俺のショットガンM1897とパッケージ入りの12ゲージだ。
「こっちはAKだぜ。9ミリもある」
自動小銃AK74、パッケージングされた7.62ミリ弾。いつだったか、くじら船で密輸される銃器をみつけたときみたいだな。仮にも民家にこんなもんを用意したとは。
「手りゅう弾と迫撃砲、ボディアーマーも屋上にある」
「狭山」
奥のドアから音もなく出てきた。何日ぶりかに出会う男。フリスベルの恋人で、もう何度も命を救ってくれた空てい団の元小隊長だ。
すでに完全武装。迷彩ズボンにボディアーマーとジャケット、9ミリ拳銃に89式自動小銃、ベルトポーチにマガジンと手りゅう弾が備え付けてある。
小さい警察署のひとつなら、文字通り殲滅できるだろう。目的があるとはいえ、この武装で日ノ本の法執行機関を襲えばテロリストのそしりは免れない。
「気合入ってるな。やっちまったら、もうこっちには居られねえぞ」
「今さらだ。私に係累はない」
フリスベルを助けたら、バンギアで暮らすつもりだろうか。
それとも――何も言えなくなった俺の代わりに、梨亜がじろりとにらんだ。
「おい、私をほっぽって死ぬのは許さねえからな、おっちゃん」
「梨亜、結局来たのか。もう子供のいたずらじゃすまんぞ」
困った親のような口調だが、死を望むような雰囲気が和らぐ。
「子供じゃねえって言ってんだろ。銃覚えたら、子供も大人もねえよ」
反対に梨亜の表情に影がさす。無鉄砲さが影を潜めたが、ユエがときどき見せる兵士としての暗さが現れている。
訓練か。いつ受けたんだか分からんが、戦いにかかわるとなにかが歪んじまう。あるいは、俺が戦争のない日ノ本に暮らしていたせいかもしれないが。
俺の顔が暗くなっているのに気付いたのか、梨亜が笑顔を見せた。
「……騎士、あんま気にすんな。私が望んだことだ」
「でも」
「疑わないでくれ。部隊の一員を疑えば士気が下がる」
狭山の言葉に、俺はしゃくぜんとしないものを飲み込んだ。ただでさえ不可能と思われた断罪、協力者は一人でも多い方がいい。
「ハイエースは離脱用だ。キーは付けてあるが、二階に来てくれ」
狭山に従い、二階へ上った。
狭山に案内された部屋は異常だった。部屋中に長く黒いカーテンが降りており、ほとんど暗室だった。
カーテンを押しのけて進むと、窓にあたった。入って来たガレージと逆側だ。こちらは特徴のない白のカーテンで覆われており、隙間にカメラがセットしてあった。
隙間からのぞくと、四車線道路をひとつはさんだ向かいが、拘置所の門だった。
狭山はここで数日間拘置所を張っていたのだろう。
「この状態だと、外から見つかりにくい。カーテンの隙間が真っ暗闇に見えるんだ」
空てい団というより、他国に潜入するスパイのテクニックだな。しかも狭山は魔力不能者。GSUMの構成員や、日ノ本に雇われた魔力の読める連中が探っても、見つからないわけだ。
「路駐だらけなのに、野次馬やマスコミがいねえな。どういうわけだ?」
梨亜が首をかしげる。確かにその通りだ。断罪者は日ノ本のメディアに顔が売れているし、護送の時刻が分かっているのに。
「路駐は全部覆面だな。立ち止まる奴をしょっ引くんだろ」
刑務所側、住宅街側の道それぞれに、レクサス、ヴォクシー、プリウスなど大衆車が二十台ほど連なって停車している。住宅街に人けがないのは、時間帯というよりこいつらのせいだ。
「騎士の言う通りだ。昨日からマスコミや野次馬目的の連中を片っ端から、因縁を付けて連行している。どうも、三呂市警ではないらしいがな」
狭山は警察組織にうといのか。まあ、戦闘能力と情報収集能力は違う。
「東の首都の連中だ。警察の上の公安とかだな。俺も初めて見るけど、国が自衛軍使わずに後ろめたいことをやるときに、動かす連中だぜ」
警察小説の知識だがな。しかし、公安が動くということは、日ノ本の国そのものが、断罪者の爆破に関してGSUMに了承していると言っていい。さすがの善兵衛でも制御しきれなかった。
梨亜の胸元が紫色に光る。メジロが海の声で喋りはじめた。
『境界課の方は、こちらの警備には回されておりません。三呂大橋の検問所で警備を引き継ぐことになっております。ギニョル様が調べられた情報ですわ』
どうやったのか。などと、考えるべくもない。公安の連中は一般の警察官よりはるかに優秀らしいが、魔法やバンギアをよく知らん。それに自衛軍の兵士と違って、いわゆる戦闘能力は高くない。とっ捕まえることは、たやすい。
ギニョルは俺達部下には黙って、情報を手に入れていたのだ。あるいは、裕也にハッキングさせたか。
やはり、境界課と断罪者をまとめて葬るつもりだ。それでGSUMに弓を引く奴は居なくなる。引こうとするやつさえもだ。
「現在時刻、午前八時十分だ。午前九時に、四台の宅急便車両が拘置所から出てくる。お前達が来る前に、入ってくるのを確認した」
海がとった電話の連絡だな。
「そいつに、四人が乗ってるんだな」
「ああ。スレインは魔法で人間の姿にされているそうだ」
日ノ本の法律通りだな。バンギア人は三呂市で行動の自由を保障されるが、ドラゴンピープルだけは操身魔法で人間にさせられる。
銃弾を弾く鱗。人も車両も焼き尽くす火炎。暴れ出したドラゴンピープルの力がどれほどか、イェリサの事件で日ノ本は痛いほど知っている。連中に自由にされると、三呂市警では治安維持が不可能になるのだ。
「どれに乗ってるか、分かってるのか」
「分からんが、我々の任務は陽動だ。数は多いが、公安は自動小銃や手りゅう弾に対しては本気で動けんだろう」
「まあ、軍人じゃねえからな」
警察の特殊急襲部隊なら、9ミリ弾をばらまくMP5Aを持っていてもおかしくはない。だが、それでも、戦争用の自動小銃や迫撃砲の相手はきつい。
「我々の任務は、GSUMが送り込んできた戦力を排除することにある」
「そうすりゃ、四人が動けるってわけだな」
クレール、ガドゥ、フリスベルにスレイン。あいつらの心が折れているはずがない。久しぶり、最後の七人そろった断罪へなだれ込むというわけだ。
「……あ、でも、そのマロホシっての、ものすごい操身魔法を使うんだろ。部下が入れ替わってるってことはねえのかな」
マロホシの操身魔法は、精巧だ。梨亜のいう通り、部下を断罪者に化けさせている可能性もないではない。だが。
「偽物を吹っ飛ばす意味はねえよ。あいつら、消すって言ったら絶対消すんだ」
キズアトが警察署によこした使い魔の声を思い出す。凍り付くような憎悪。奴らは目的を絶対に遂げる。橋ごと断罪者を吹っ飛ばすと決めたら、必ずやる。
この局面で、偽物を用意して爆殺する意味はない。
塀の向こうでなにやら気配がある。準備だろうか。狭山が立ち上がった。
「宅急便車両が動いた。時間を早めたようだ」
「気づかれたのか」
「分からん。だが配置につこう。騎士、梨亜。屋上へ向かえ。76式機関銃がある。ガンセーフの中身は、好きに使え」
「お前はどうする」
「……この部屋で戦闘する」
畳をめくると、M2重機関銃と銃架がでてきた。12.7ミリで満たされた弾薬の箱もだ。この家、二階の床が幅広になっていたのだ。
M2を窓際に備え付けると、狭山はさらに銃を取り出した。パーツに分解されたものを組み立てていく。これは、自衛軍に配備されていると噂の対物ライフルだ。M2と同じ12.7ミリを単発で発射する狙撃銃。バレットM1882、だったか。
窓際に立てかけると、ボルトを引いて装填した。スコープをのぞき込み、正門を狙う。
「多少のタイヤ補強があろうと、四台とも走行不能にしてやる。私が撃ったら始まりだ」
空てい団員が本気になった。今このときから、ここは戦場なのだ。
梨亜が言葉を失っている。俺はその肩を叩いた。
「行くぜ。役目を果たせ」
「……ああ」
よく答えたものだ。俺達は和室を後にした。
断罪の前哨戦は、刑務所前での戦争、か。
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