45四台、四人

 和室を出ると、梨亜は蛍光灯のコードを引く。明かりが消えて薄暗くなったが、もう一度強く引っ張ると、天上が開いてはしごが降りてきた。


 俺と梨亜は上った。外見からは二階建てだったが、実は三階と銃器を隠す中二階がある。それが坂畑家だったのだ。


 隠し部屋にも電気は通じていた。梨亜が照明を付けると、コンクリートむき出しの部屋の隅に木箱があった。


「リンゴみたいだな」


 箱を開けた梨亜のいう通り、自衛軍に配備されたM26手りゅう弾がごろごろ入っている。だがちょっと、違う。


「”アップル”は、メリゴンのM67の方だよ。こいつはM26だから、”レモン”だ」


 部屋の隅に俺の使ってる断罪者のコートとボディアーマーがある。身に着けて、コートのポケットに五個ほど放り込んだ。


 梨亜もAKとボディアーマーを着用し、手りゅう弾を持った。


 刑務所側のコンクリートの壁面には、数カ所、取っ手付きの鉄板がある。梨亜は少しだけ開いた。覆面パトカーの警護する、ものものしい門が見える


「ここの壁、警察の使う銃くらいなら、防げるらしいぜ」


「対銃弾用の補強がしてあるんだな」


 本当に戦術拠点って感じだな。こんな家、よくもまあ作ったもんだ。


「親父が、まだ特殊急襲部隊だった頃、日ノ本が作っておいたらしいんだけど」


「それをギニョルが探りだしたんだな」


 まだ将軍たちが健在だった頃、日ノ本はポート・ノゾミの奪還とバンギアへの進出を目指して、陰ながら資金や武器を提供していたらしい。ポート・ノゾミと接する三呂も、同じように考えていたのだろう。日ノ本が何をやっていたかは、結局不問だからな。


 公式の往来こそ禁止されていたが、すでに三呂にはバンギア人が流れ込んでいたし、刑務所はそいつらの中から犯罪者を収容していた。この拠点は、そいつらを始末するためのものだったのかも知れない。


 まあ、こうして俺たちが使えるところから、外に留まってる公安の連中はそれを知らんようだが。軍事組織と法執行機関は、きっちり分かれてるってところか。


 梨亜は二つ目の木箱にかかった。迫撃砲と砲弾が入っていた。取り出すと、組み立てていく。砲口の先端、ぴったりの壁面に鉄板のカバーがある。ここから撃てるようになっている。


「一応、普通の家族が住んでたみたいだけどな……」


鉄板の小窓から外を除きつつ、照準器を合わせていく梨亜。ややこしい計算がいろいろあるんだが、手慣れたものだ。狭山から習ったのだろう。


「カモフラージュのために人を連れてくるところまでやってたんだな。ギニョルのやつは」


 今から思えば昔、ユエが三呂にアパートを借りてたっけな。たまの休みには引きこもってたみたいだが。ギニョルならこういう建物を抑えて、俺達に黙って保持していても無理はない。


「狭山が撃ったら、迫撃砲と手りゅう弾って感じか。あとこいつでクレール達が逃げるまで援護」


 俺は三つ目の木箱から、74式機関銃を取り出す。床にセットすると、腹ばいになって鉄板の小窓から銃身を出した。弾薬ケースから弾帯もセットする。


 向こうはまだこっちに気付いてない。覆面パトカーの助手席の刑事が、あくびをしている。


「後ろは私が見るよ。多分、入ってくる奴らもいるだろ」


 梨亜のいう通りだろうな。こちらの準備は整った。


 腕時計を見る。九時になりかかっている。門の中で動きがあった。宅急便の車両だ。確かに四台、連なっている。


 荷物をくわえた犬の描かれた、グリーンの車両。普通車より車高と幅が広い。先頭が所内の芝生を曲がり、守衛所を抜ける。


 鉄製の門が開いた。片側二車線道路を進み、前輪が敷地の外へさしかかる。


 瞬間、銃声が響く。右前輪が外れた。狭山の対物ライフルだ。


 開戦の合図、今度は左前輪がとんだ。言葉通りだ。


後続車が対向車線から出ようとする。その鼻先が炸裂した。


 ボンネットが焼けこげて裂け、フロントガラスに鉄片が刺さった。操縦席の男がアクセルを踏んだらしい。車両は路面の穴ぼこにひかかって脱輪、対向車線をふさいだ。


「……車より、道壊した方が早えんだよな」


 梨亜が砲身を手早く掃除する。再び照準器をいじっている。迫撃砲で鼻面を爆撃したのだ。


 俺は74式機銃の引き金を引く。バックで方向転換し、脱出しようとする四台目の右面タイヤがパンクして転倒した。


 別方向に逃げようとする四台目も、狭山にやられた。前輪と後輪を一輪ずつ破壊され、ぐるぐる回るばかりだ。


 これで動きは封じた。後は戦闘要員の対処。


 対物ライフルとべつの銃声がする。小窓から見ると、覆面パトカーを盾に撃ってくるスーツの連中が二、三組ってところか。


 警護対象が身動き取れなくされて、やっと俺たちの位置に気付いた。まあ戦場に出てくる職業じゃないから仕方ないのか。


「公安、根性あるな……」


 捜査員を避けて、AKで銃撃してやる。強力な小銃弾は、ただの覆面パトカーの窓を貫通。車内をずたずたにし、ボンネットを射抜いた。男は驚いて銃を落とし、向こう側に引っ込んだ。あいつは、戦意を失ったな。


 だが覆面は合計二十台以上。俺達の方向に気付いて、次々と撃ちかけてくる。壁を叩く銃弾の音でたちまち部屋が、やかましくなってきた。


 装備しているのは、エアウェイトに、9ミリ拳銃、MP5A。やはりというか、小銃や機関銃、爆発性の火器はないらしい。


「ちょっとうぜえな」


 梨亜がAKで撃ち返しながらつぶやく。後が面倒だから、公安の連中は殺さないことにしているらしい。パトカーをぼろぼろにしてやれば引っ込むが、叱咤されて銃撃戦に戻ってきやがる。


 それに、相手は二十台、三十人はいる。対してこっちはたった三人。しかも殺せない。


 銃撃してくる奴、車を発進させて回り込もうとする奴、無線を使おうとする奴、行動をはばみきれない。


「あいつら、まだ出てこないのか……」


 覆面のタイヤを撃つ、走り出す奴の足先を撃つ。銃身を動かし、74式の薬きょうを次々に飛び散らかしながら、俺はつぶやいた


 宅急便車両に動きがない。GSUMのメンバーも出て来ていないらしいが。


「うお、なんだ!」


 梨亜が声を上げる。門前で止まっていた一台目の側板が吹き飛んだ。


 中から出てきたのは、筋骨隆々とした男。あれは人間の姿にされたスレインだ。


 他のメンバーがどれかは分からん。だが出てこられたってことは、援護すれば逆転できる。


『私が、事態をお知らせして』


 梨亜の胸にいる海の使い魔が言ったときだった。


 二台目、三台目、四台目の側板まで同じように吹き飛んだ。


 現れたのは一台目と全く同じ筋骨隆々の男。人間姿にされたスレインが、四人に増えちまった。どうなってやがるんだ。

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