42連行
数分かけて、岸壁のはしごにたどり着いた。
無我夢中ではいあがり、軽く水を払い落とす。まだまだ濡れてるが仕方がない。
まだ周囲にパトカーのサイレンは聞こえない。振り返ると倉庫ではドーリグが飛んでいた。火を吐いて暴れている。ドラゴンピープルの前には、小火器なんぞ豆鉄砲も同然だ。自衛軍の出動が必要かもな。
いずれにしろ、鎮圧に時間がかかるだろう。たかが銃刀法違反と窃盗未遂の俺を追っている場合ではないはずだ。
「時間はできたってことか……」
腕時計を確認する。七時四十分。あと三時間ちょっとで護送の時間だ。
ここから警察署まで、走れば二時間ちょっとか。ただ、ずぶぬれで走って警らのパトカーなんかに見つかると面倒だ。
それに、よく考えれば、四人が警察署にいるとも限らない。留置場から護送するかもしれない。あのまま捕まっていても終わりだが、考えなしに出てきすぎたか。
情報がいる。新聞でもネットでも、目立たないように少しでも情報を集めなければ。
「コンビニに入っても大丈夫か……」
ずぶ濡れで入ったら目立つぞ。下手して通報されたら面倒だが。
一台のバイクが俺の前に滑り込んできた。黒いライダースーツの奴が乗っている。
俺を見つめて、メットのバイザーを開けた。
「おっ、本当にいた。いやー使い魔ってすげーな」
「お前、梨亜か」
紅村の娘としてこの三呂に暮らしている少女。かつてマロホシがなり損ないを作った事件で、被害者の友人だった。かつて紛争に巻き込まれたことがあり、特警としてのギニョルや紅村の過去も知っている。
あの事件では俺と協力というか、紅村の裏をかいたというか。
とにかく、今は平和に暮らしているはずなのだ。巻き込むわけにはいかない。
「……悪いけど、帰ってくれ。今度の事件はあのときの比じゃない」
周囲に監視カメラはない。あたりの倉庫は始業前くらいで俺達の会話を見ている奴はいない。まだ、俺の協力者という汚名は浴びないはずだ。
「ああ?」
声を荒げた梨亜。いぜんと同じだ。バイクのエンジンが怒声を増幅している。
簡単には引き下がらないか。
「あのときほど、むごく見えないかもしれないけど、関わっていいものじゃない。お前の父親が気に食わないとしても、今度だけは、いうことを聞いてやってくれ」
俺は梨亜を見ていなかった。見えてはいるが、目の前で文字通り吹き飛んでいったザベルの像が頭の中によみがえっていた。
キズアトとマロホシに立ち向かうということは、いつでも殺されるということだ。梨亜は銃の扱い方や荒事に適応しているが、だからといってどうにかなるものでもない。
俺は断るべきなのだ。
しばらく沈黙が流れた。梨亜がバイクのエンジンを切る。
バイクの脇のケースを開く。銃が出てきた。
「……いいから乗れ。撃つぜ」
スライドを引いた。サイレンサーが付いた9ミリ拳銃だ。震えていない。俺の眉間に狙いが付いている。
紅村以上に撃ちそうな雰囲気だ。いや、年の割に銃は使えていたが、これほど仕事の雰囲気で撃てる奴だったか。
周囲の倉庫で重機やフォークリフトが稼働し始めた。トレーラーやトラックがひっきりなしに表の道路を通っている。
銃声はかき消されるだろう。俺を撃ち殺し走り去ってもいいし、そのへんのトイレで着替えて電車で帰ったって、行方はくらませる。
というか、絶賛ドーリグと戦闘中で、境界課だって逃げた被疑者が射殺される事件に関わることはしたくないだろう。逃がした奴が死んでくれてありがとう、とさえ思うかもしれない。
「本末転倒だけど、断るならあんたを撃って突入に加勢する。こっちは覚悟決めてんだ。諦めて、助けられやがれ」
こりゃ無理だ。くそったれ。俺は両手を上げた。
「分かったよ。もう好きにしやがれ」
「よし。じゃこれ」
梨亜は銃を降ろした。納めずにこっちに投げ渡す。
「えっ」
思わずつかむと、にこにこと笑いだす。エンジンをかけ直して、タンデムシートを差し出す。
「へへっ。乗れよ。ただし、銃出したままな」
どういうこった。
「だーかーらー、私を巻き込みたくないんだろ。もしつかまっても、銃を持ってたのがあんたなら、私は被害者になるじゃねえか」
「そういうことかよ」
知恵を付けたもんだな。嫌な方向の。俺はバイクに乗り込んだ。
「そういや、お前免許持ってんのか」
「取った。あれから何か月も経ってるんだ。ぼさっとしてるわけじゃねえんだよ」
俺にメットを渡す梨亜。諸作や挙動からも、二人乗りの、乗せるほうに慣れている。結構乗っているらしい。
ユエという妻が居る身ではあるが、梨亜の細い腰に腕を回した。
「俺、濡れてるぞ」
「平気だよ。つかまってろよ」
バイクが出発する。とはいっても、目立つような無茶な運転はしなかった。
倉庫街を出ると、三車線道路に合流。警察署とは逆、三呂市の東区へと向かっていく。
「おい、警察も拘置所も逆だぞ。お前俺達の段取り知ってんだろ!」
午前十一時にクレール達が護送される。橋が爆破されることになるだろうから、その前に四人を救出し、ユエとギニョルを除いた五人でノイキンドゥにマロホシとキズアトを断罪にいく。
「知ってるよ。だからこっちでいいんだ!」
六十キロちょっとで車列を突き進みながら、梨亜も叫び返した。
なんだか知らんが、俺達断罪者さえも知らない何かが進行しているのかも知れない。
ふと倉庫街の切れ目から見れば、夜魔ふとうの上空ではまだドーリグが暴れている。ユエとギニョルは無事で済んでいないだろう。
今は従うしかないのだ。
数キロ進んで東区までいくと、バイクは北へとハンドルを切った。三呂名物の坂道の多い住宅街へと入っていく。
「おいおい、こんなところになにが」
「さあ着いたぜ!」
俺は耳を疑った。梨亜がバイクを止めたのは、監視カメラを備えた豪奢な洋風建築の前だったのだ。
ここに四人が拘禁されているのか。いやちがう、見覚えがある。シャッターががらがらと上がっていく。
「梨亜さん、無事にお着きになられて何よりですわ」
「使い魔で分かってんだろ」
遊佐海。こちらもかつての事件でかかわった少女が、俺達を出迎えた。
ここは、俺がかかわりを絶ったはずの遊佐の家だったのだ。
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