41重複する策略


市警がなぜこうもタイミングよく現れた。くそ。かかずらってる場合じゃないってのに。


 暴れるか。いや、相手が撃たないとは言い切れん。もう日ノ本が俺たちを頼っていた頃とは違う。両手を上げた。


 銃口は、正面に紅村。左右と後ろに合計四つ。力づくは無理だ。


「断罪者をとっ捕まえるのかよ」


「アグロスの、三呂の事件を取り締まるのは我々三呂市警境界課です。ボディチェックを」


 まずい。拘束される。


「待てよ。なんの嫌疑だ」


「銃刀法違反です。あなたは猟銃の所持許可証を持っていない。それについさっき、車を盗もうとしましたね」


 理屈は通る。だがそれだけのために、こんなところを部下と一緒に見張るものか。大体、俺が居ることが、分かるはずがない。


 答えは簡単、GSUMから知らされているのだ。マロホシの試験の事後処理か。


「……大変だな。日ノ本、いや、GSUMの犬は」


 銃声。俺の頬に一筋の血。紅村が撃ちやがった。かつて、ギニョルと共に特警として島の悪に立ち向かった男が。

 冗談が過ぎたか。撃ち殺されたらすべて終わりだ。


「この国で生きていくためなんです。我々はあなた方ほど気楽ではない」


 あぶら汗が一筋、端正な目元を流れた。構えたエアウェイトが、ほんのわずかに震えている。GSUMは、キズアトとマロホシは、相当深く日ノ本に食い込んでいる。


 元特警の紅村が率いる三呂市警の境界課をあごで使えるのだ。そして、これが、マロホシとキズアトを断罪できなかった場合の、ポート・ノゾミを守る新たな治安機関の姿なのだ。


 もう馬鹿はやめるか。ショットガンを部下の刑事に渡した。ショットシェルとナイフもだ。


「……ありがとうございます。署で取り調べと調書を作成します。手錠はかけたくありません。任意同行に従ってください」


「いつ終わる?」


「軽いものです。お昼過ぎには終わりますよ」


 午前十一時の護送には間に合わないってわけか。


 俺の両脇を男の吸血鬼と悪魔が固めた。筋肉質な腕だ。格闘訓練を受けている。俺一人では倒せん。手錠こそないが、逃げられない。


 車列の一台が覆面パトカーだった。紅村自らが運転席へと乗り込む。

 後部座席の扉が開いた。うながされて、押し込まれる。


 無力だ。あまりにも。言わずにはいられない。


「取調室からじゃ、橋が落ちるのは見えねえな」


「……今、なんとおっしゃいました」


 紅村が振り返る。こいつ、あおってやがるのか。


「ああ? 午前十一時の護送のとき、三呂大橋を爆破して、クレールも、フリスベルも、ガドゥも、スレインも始末することになってるんだろうが」


 マロホシの思惑通りなら、今頃俺達三人の断罪者はルーベか、受像機どもに殺されているはずだったのだ。その状態で、残り四人を始末にかからぬ意味が分からない。


 おおかた、紅村に俺達の惨殺体を四人の所に運ばせ、望みを打ち砕いた上で、三呂大橋ごと爆破して始末することになっていたのだろう。


 なるほど、俺達は殺せなかった。ギニョルやユエが無理をして、ルーベが試験に及第しなかったことは、計算外だろうが。それならそれで、始末する順番が変わるだけなのだ。


 ハイエルフの刑事が俺の胸倉をつかんだ。


「そんなことは聞いていないぞ。護送任務は我々も受けているんだ」


「だったらお前らも邪魔なんだよ。おおかた、今は従いながらとっ捕まえる機会を見るつもりだろ。そういう支配されない奴らを、残しておくたまじゃないんだ、あいつらは」


 叩き込まれている。やつらに交渉は通じない。自作自演のテロ、テーブルズの議員辞職、選挙に候補者暗殺、そして俺達への徹底的な破壊の宣言。


 それはそうと、GSUMとのつながりを吐いちまったな。訓練足りないんじゃねえか。


「馬鹿な……しょせん、悪魔と吸血鬼だということではないのか」


「連中は種族主義ですらねえよ。てめえらだけが楽しく破壊して貪るだけさ」


 悪魔と吸血鬼がやってきたことをやり続けるといえば、そうなんだがな。そうしていいのは、マロホシとキズアトだけだ。両世界の誰一人として、邪魔は許されない。


「どれほど確かな情報」


「もういいだろう!」


 紅村がさえぎった。部下二人が青い顔で黙り込む。


「丹沢騎士。あなたの容疑は銃刀法違反及び、窃盗未遂です。それ以上のことはこちらも質問しませんし、勝手に答えないでください」


 まあ、そうだろうな。さすがに、組織仕えに慣れている紅村だ。もうギニョルとも袂を分かったということだろう。日ノ本政府が、こいつを境界課に据えたのは慧眼だ。


「……分かってるよ」


 俺は何も話さない。手綱を的確にとったから、部下二人も何も言わなくなった。


 覆面パトカーが発進する。残された刑事たちは建物の封鎖と包囲にかかった。ギニョルとユエも身柄を抑えるつもりだろう。ルーベが適切な麻酔をしたから、今度は目を覚まして暴れることも不可能だ。


 俺たちの反撃はここまでなのか。いや、このままじゃ、反撃とすら呼べない。GSUMの掌で踊っただけだ。何度目になるか数えるのも馬鹿らしい。


 覆面パトカーは倉庫を離れた。倉庫に面した道路を西に進む。行く先は埋立地同士を結ぶ橋だ。夜魔大橋と呼ばれる、夜景スポットにもなっている橋。


 車が橋へと続く坂をのぼっていく。やがて中央の橋脚へとさしかかる。海との落差は二十メートル近い。飛び降りて――なんていうのは、アクション映画の中だけ。というかパトカーのスピードが六十キロ近いし、ドアも開かない。紅村の部下二人に挟まれている。


 巨大な雄たけびが轟く。イェリサの事件を思い出すような。紅村がスピードをゆるめる。対向車線の軽トラックやワンボックスカー、ほかの車両も止まった。


「ドラゴンピープル、か?」


 紅村の部下がつぶやいた。緑の鱗の大きなドラゴンピープルがこちらへ向かって飛んでくる。橋の橋脚を通り過ぎる。スピードがゆるまっている。


 あいつは。


「ドーリグだ。おい、お前ら戻れ!」


「なんです騎士さん。確かにドラゴンピープルが、こちらで元の姿になることは法律違反ですが」


「違う! 倉庫に残った奴らがやられる」


 俺がそう言った直後だ。ドーリグが倉庫めがけて火球を吐いた。


 軽自動車ほどもある炎塊が、とめてあったトレーラーを直撃。ほどなく爆発する。外付けのガソリンタンクがやられた。


 巨体が倉庫のクレーンにとまった。俺のでてきた倉庫。ルーベと、ギニョルやユエが居る倉庫だ。


 さすがに紅村もパトカーを路肩に寄せた。停車して外へ出る。


 ドーリグは言葉をしゃべらない。竜の叫びをあげ、二階の壁に噛みつき、破壊し始める。あそこは病室だぞ。まだユエとギニョルが眠っている。紅村たちじゃ不十分ってことか。


「ギニョルさん……!」


 紅村が、特警の頃に戻った。部下たちも倉庫の方を見ている。


今だ。俺は駆け出した。欄干は低い。


「待て!」


銃声。当たっていない。海へと体を躍らせる。指先をまっすぐ、頭を引っ込める。負傷して泳げないじゃ話にならん。


 着水した。痛みはない。負傷も、恐らくない。


上からも銃撃されるかと思ったが、倉庫の方でさらに爆発音。

銃撃する境界課の刑事たちめがけて、ドーリグが炎を吐きかけていた。


 俺を運んできたパトカーは、サイレンを鳴らして倉庫に向かう。


 ギニョル達が生き残ってくれると信じて、俺は港湾の岸壁めざして泳いだ。

 断罪事件で海を何度も経験したが、アグロスで飛び込むのは初めてだな

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