40絡み着く情勢

 蝕心魔法を使える吸血鬼も、麻酔成分のある花を扱うエルフも居ない。そのためルーベは、まず二人に現代医学式の麻酔を施した。麻酔は本来、麻酔科医が専門に存在するほど薬剤の加減が難しいのだが、ルーベは何も見ずに調合して済ませてしまった。


麻酔後は、ユエを代用血液の輸血でもたせておき、ギニョルの診断と手術を行う。無理に動いたことで腹の中が出血していたらしいが、消毒したあと、手術痕を綺麗に開いた。


 寸分の狂いもないメスさばきも見事だったが、腹腔内は俺も気分が悪くなるくらいの出血量だった。ルーベはひるまず、丁寧に体内から血を除去して、内臓や筋肉の損傷を丹念に縫い、骨を整えなおした。


 俺など言われるままに器具を用意するだけ。回復の操身魔法も使いつつ、広がった銃創を見事に閉じていった。ここまで十数分。


 そこからユエの腕の傷を再び開き、出血している血管を閉じた。縫合糸をつまむピンセットの動きなど、工場のロボットアームかと思えるほど正確で震えもためらいもなかった。


 汗ひとつ、かかない。命のやり取りの修羅場で動けなくなるやつが、なぜこれほどと思えるような腕前だ。


 前にマロホシがスレインの手術をするのを見た。ドラゴンピープルの複雑な体の構造を隅々まで把握した、見事なものだったが。このルーベだって負けてはいない。


 マロホシがわざわざこいつを試した意味が分かる。GSUMの理念にもとろうと、この腕前を惜しく思うのは当然だ。


 処置を終えると、二人を病室のベッドに寝かせた。こちらもノイキンドゥの病院に勝るとも劣らぬほど、清潔で見事な設備を備えていた。


 点滴をセットすると、ルーベが振り向いた。


「……これでもう、大丈夫です。さっきの診断と執刀は、ヴィリグやザカにやってもらったんですけど、ちょっと甘かったみたいで」


 ヴィリグは、マロホシに受像機にされたハイエルフか。多分、ザカというのもあの中にいたのだろう。GSUM内の人間関係は全く分からんが、一応マロホシ以外の派閥に初めて出会った。たいてい断罪してるからな。


「腕が悪いのか」


「とんでもない! この二人が立ち上がって無理に動かなければ、十分な手術でしたよ。私のときも、開腹や縫合がやりやすくしてあった。処置する場所がすぐに分かったのは腕がいいからです」


「でもあんたには、負けるんだな。でないと医者として大丈夫なんて言えねえ」


「それは……」


 口ごもるルーベ。事実、腕の差は歴然としているのだろう。


 こいつは、なぜGSUMなんぞに居るんだろうか。マロホシのことは尊敬しているようだが、その怨敵の断罪者を助けるなんてのは、よほど利他的なやつだ。


 どう見たって、月と星を求めているようにも思えない。


 興味がわいたが、ふと、病室の時計を見て気づく。


「七時か……」


 太陽の光が小さい窓から入ってくる。ということは、午前中だろう。

 いつの、だ。


「おい、俺たちが撃たれて何日経った!」


「ひ、一晩過ぎましたけど」


 しまった。ルーベに興味を示してる場合じゃない。


 クレール、ガドゥ、フリスベル、スレイン。四人の強制送還は今日の午前十一時。あと四時間しかない。


「俺のコートとショットガンはどこだ」


「出て右の突き当りの火器倉庫です。か、鍵は」


 震える手で白衣のポケットから取り出す。受け取って駆け出したかったが、一応聞いておく。


「……いいのか。GSUMは人を救うんだろう」


 ひでえ皮肉になったらしい。ルーベは自分の手で顔にふたをした。


「もう、自分でも、なにをしているのか分かりません。あなた方は私の知る者を撃ち、断罪しました。けれど、マロホシ様が、いえ、ゾズ・オーロが思った通りの悪魔だった」


 ルーベ自身、最初から気づいていたんだろう。あいつの凶悪さに。

 自分の命を惜しんだんじゃない。悪魔にとっては、マロホシのような生き方こそが、至上だっただけだ。だから付いてきてしまったのだろう。


 この先どうするんだろうか。俺たちがマロホシ達に挑んで死んでも、GSUMに戻れることはないだろう。


「命があぶねえと感じたら、三呂市警を頼るといい。日ノ本はたぶん、マロホシより使いやすいお前のことを選ぶだろうよ」


 こいつは多分、人間の寿命を延ばし、魔法と医療を使ってアグロスにおける不治の病を治療することもできる。それなら、日ノ本の金持ちやお偉方は放っておかない。


「騎士さん」


「もう会うこともないだろうが、GSUMにお前みたいなやつがいると分かったのは収穫だった。二人を頼むよ」


 それだけ言うと、とは聞かない。部屋を出た俺は火器倉庫からコートとショットガン、それに武器を取り出して身に着けた。


 マロホシは俺たちの意図を察して襲撃し、ルーベの試験ついでに始末しようとした。


 それだけできて、移送時刻とルートが分かっているあの四人をどうこうしないはずがない。三呂大橋ごと爆破するかもしれんというのも、冗談でなくなってくる。


 どんなことをしてでも、止めなければ。


 勇んで倉庫を出てきたはいいが、足がないことに気が付く。


 ここはどうやら、夜魔ふとうの一角。ポート・ノゾミに通じる三呂大橋までは、ちんたら歩いていたら三時間以上かかってしまう。ショットガンをかついで、電車に乗るわけにもいかないし、どうしたものだろうか。


 倉庫前の道路に、マナー悪くも路上駐車が連なっている。ほかの倉庫では、機械の駆動音がするし、丹運びのトレーラーやトラックが通っているから、従業員のものだろうか。


「おっ、こりゃあ」


 一台の軽自動車、四角い不格好な姿は、エヴリィだったか。こいつ、ガソリンはどうだかわからんが、不用心にもキーが座席に放り出してあった。


「早速、窃盗ひとつか……」


「いえ、未遂ですね」


 独り言に答える声。車列の陰、ダストボックスの陰から、次々にスーツ姿の連中が現れる。人間、悪魔、吸血鬼、ハイエルフ……銃は、エアウェイトに、セミオート可のMP5A5。


「紅村……三呂市警か」


 ギニョルの旧友で、今は日ノ本を支配する紅村と、その部下たちが、俺を取り囲んでいた。

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