39ルーベ
転がったのはルーベの死体、ではなかった。
銀の弾丸が込められた銃の方だ。
ガンスモークがぷんと臭う。裸電球の明かりの中で銀色の銃身が光っている。
ルーベが入って来たのとは逆。俺の背後から何者かが撃ったのだ。
いや、今どき黒色火薬が臭う銃を使う奴なんて、俺はたった一人しか知らん。
あの銃はシングル・アクション・アーミー。断罪者で最も優れた射手、ユエだ。
「動かないでね。GSUMなら私の腕は知ってるでしょ」
手指には損傷なし。エルフは黙って両手を後ろに掲げる。
ルーベが不安そうにきょろきょろしている。
「な、なんだ、どういうことなんだ」
「あんたは殺されそうだったんだ。そのエルフは銃に銀の弾丸を込めてたんだぜ」
「馬鹿な! ヴィリグは、紛争のときから私と共にマロホシ様の下で働いてきた」
『もう死んだわよ、そんなエルフ』
女の声。両手を上げたハイエルフの喉からだ。
裸電球の下、うかがえるその顔は確かに男のもの。白衣の下も確かに分かる男の体つき。しかし右目だけが銀色に光っている。蝕心魔法の光だ。本来エルフが使うはずのない。
「マロホシだな」
俺の声に、男の口元がゆがんだ。女の声は光る右目から流れてくる。
『さすが騎士くん。魔道具の試作は成功したわね。脳と目玉に受信機を付けて、蝕心魔法で操るの。アグロスの解剖学と外科手術器具がなければ、取り付けられなかったわ』
蝕心魔法を伝える魔道具だと。今までいろいろ出会ったが、聞いたこともない。ゴブリンだけが可能なはずの、魔道具の試作をやったのか。
「蝕心魔法はお前が使ってるんだな。記憶は完全消去か。ドマと瀬名のときみたいなやらかしはないってことだな」
完全に人格を移すと、なり損ないになる恐れがあったはずだ。ドマと瀬名がまざった事件を思い出す。
『……誰だったかしらね、何百人もやったから覚えてないわ』
男の姿で小首をかしげたマロホシ。あの凄まじい事件さえ記憶のかなたなのか。ドマの事件から先、どうも存在感が薄いと思っていたが。GSUMは十分やってきたらしいな。
「マロホシ様、なぜ」
『自分の胸に聞きなさい。月と星を手にする妨げになる者を、誰が助けろと命令したの。教えたはずよ、命を救うのは、好奇心の糧にするときだけ』
「それは……」
えぐい教えだ。しかし、ルーベが言っていたGSUMが人を救うってのは、本当に、ただ勝手にそう信じたいだけのことだったらしいな。こいつらが容赦なくぶっ飛ばせる相手でよかったってところだが。
背後の扉が開く。三人、四人と悪魔やハイエルフが入ってくる。皆、目が銀色に光っている。こいつらも全員殺されて操られている。
ハイエルフは銀の弾丸を、悪魔は通常の弾丸をそれぞれ持っている銃に込めてスライドを引き、撃鉄を起こす。
「ユエ!」
「……ごめん、どじった。部屋から逃げるとき、殺してなかったの」
SAAが部屋の中に落とされた。後ろから銃を突き付けられたのだろう。
断罪者として、殺さない判断は正解だった。俺達法を守る者の弱味なのだ。
「み、みんなどうしたというんだ。まさかマロホシ様」
『私たちには断罪者の動きが読めていた。攻撃のついでに、あなたを試したのよ。苦しむ断罪者をきちんと見捨てられるかどうか。助けたなら、そのあと苦しめて殺せるかどうか』
なるほど、半死半生の俺たちがルーベと出会ったのは、偶然じゃなかったわけだ。
「そんな、みんなは、私の手術チームは」
『人の脳と眼球に穴を開けて魔道具を付けたらどうなるか、医学を学んで分かっているでしょう。記憶も消えて人格もない。試してみたかったのは、私にも迫るあなたの手術の腕だけよ』
もうこいつらは生きたゾンビも同然。マロホシの蝕心魔法でいつでも好きに動く駒ってことだ。
『さようなら』
銃弾が放たれる。俺もユエもルーベも、つかの間拾った希望が全て打ち砕かれてしまう。
そう思ったまさにその時だ。
全員の動きがとまった。何やらもがいている。
暗くて良く分からないが、なにかが腕や足、喉にくみついてるらしい。
『あら? 魔道具のトラブル』
「受像機では、魔力の感知ができんのじゃな」
朗々と響いた声。入口でレバーが押上られ、部屋が一気に明るくなった。
裸電球だけではない。蛍光灯もあったのだ。
「ギニョル、お前」
入口に立っているのは、なんと俺たちのお嬢さん。いつものローブではなく、素晴らしい肢体に手術着を一枚はおっただけだが、確かにギニョルだ。
その手からは紫色の魔力が立ち上り、マロホシが蝕心魔法の受像機になった犠牲者たちのもとに降り注いでいる。
正確には、人の手や腕、脚、肉と骨の破片などだ。これは死体を魔力で動かすレイズ・デッドの操身魔法。この倉庫には犠牲者の死体、いや、臓器やらなにやら必要な部分を売り払うなりされた文字通りの残骸が置いてあったのだろう。
『あらまあ。こんな原始的な魔法で!』
その原始的な魔法の気配に、マロホシは受像機越しでは気付けなかった。視界と人格、行動さえ乗っ取ればそれでいいと思ってしまったのだ。
受像機たちにもがかせるが、簡単には振り払えない。操るといっても、喋らせるとか銃を構えて撃たせるとかで、まだ複雑な行動はできないのだろう。
死者たちが銃を奪い取っていく。決着が着きつつある。
ギニョルはあぶら汗を流しながらも、きぜんと受像機の瞳をにらんだ。
「銃でなくとも人は死ぬ。そなたが食らった者の痛みじゃ。きっと、すぐにそなたの元に届けてやるぞ」
『さあ、どうなるかしらね……』
やけになったか、銃をめちゃくちゃに撃ち始める受像機たち。
ギニョルは外に逃げたが、このままだと俺とルーベはまずい。
しかしまた銃声。銀の弾丸が悪魔たちを貫き、その体が灰に還る。
通常弾を食らったハイエルフたちは、心臓や頭に致命傷を作って倒れた。
灰になった体も、心臓を貫かれた体、記憶がどうだろうと完全に動かない。受像機は人の死体に戻ったのだ。
「いやー、まさかギニョルも気が付いてたなんてねー」
がこん、と背後で窓の格子が蹴り開けられた。ユエが窓をするりと抜けて部屋に降り立つ。SAAをくるりと回したが、ホルスターはない。こっちも手術着のままだった。テンガロンもなし。恰好がつかん。
「手術着ってなんか、好きになれないんだよね。騎士くんの赤ちゃん生むときまで、着なくていいと思ったんだけどな」
余裕の軽口か。いずれにしても、状況は大きく好転した。
ユエは受像機だった者達の亡骸を探る。メスを取り出すと、俺の手首に当てた。
「これただのロープだよ。石薔薇なんかじゃない」
すっぱり切れたらしい。腕が自由になった。
「本当だな。お前、GSUMらしくねえよな」
膝をついてぼんやりとしているルーベの肩を叩く。
「みんな、マロホシ様、私は、わたしは……」
呆然と何か呟いているばかりだ。こりゃあ、どうも事態が大きすぎちまったな。
こいつにしてみりゃ、わけもわからず俺達を助けてしまい、しかもマロホシの真の姿を見せつけられ、仲間が殺され、自分も殺されるかと思いきや命が助かり――まあ、なんというか俺でもこうなる。
「騎士、ユエ、よかった……うぅ」
歩み寄るギニョルがぐらりと崩れた。
「ギニョル!」
「大丈夫……あれ、なんかわたしも、気持ち、わるい……」
ユエもかよ。俺は受け止めたが、また顔色が白くなっている。よく見ると、こっちも撃たれた箇所が出血し始めている。
「おい、どうすんだよ」
「あ……そ、そうだ! 手術助手をお願いします。動けるのはあなただけです」
ルーベは駆け出すと、ストレッチャーを押してやってきた。ギニョルを寝かせて廊下をおしていく。ユエは意識を失っちまった。
「くそっ、無理しすぎなんだよ」
俺も部屋から出る。倉庫の雰囲気は一変。リノリウムの床と壁をそなえた、清潔な病院の様だ。さすがに操れるほど死体を作った、マロホシの実験室。きちんと整えてある。
ルーベが分厚い自動ドアをくぐる。俺もユエを引きずり入れた。
中はさらに設備の整った広い手術室だった。手術台、ライト、器具、薬品、どこの大病院だというほど整っている。
「断罪者は基礎的な処置の訓練をしていますね」
「血管ちょっと縫うくらいだぞ。あと薬とか器具の知識と」
「十分。始めますよ」
躊躇なく寝かせたギニョルの手術着をめくる。まだ生々しい傷口がのぞいた。
だがルーベはためらわない。
プロってのは、どんな状況でも必要なことを判断し、躊躇なく行動できる奴のことだというが。
ルーベ。えらくアンバランスな奴だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます