7屈託
くじら船の喫水は浅く、2メートル程度しかないという。アグロス側の港の深さに合わせると、どうしてもそのあたりが限界だそうだ。
それなのに、船体にはごちゃごちゃと木製の建物が載っているので、水から上に出る部分は高く大きく、見た目に転覆しやすそうだ。船体が密閉されているから、波をかぶっても意外と沈まないそうなのだが。
「その証拠に、フォークリフトだっけ。あのくわがたみたいな車、あれだって甲板で動けるんだよ。鍛冶屋さんが、たくさん頑張ったみたい」
言われてみれば、木の手すり越しに見下ろした中央甲板は、木でなく、鉄で出来ている。
その脇は、船の中から見れば蝶番で開く扉がついていた。接舷すればフォークリフトが入れそうだ。
「へえ。しかし、よくこんなでかい船作ったもんだなあ。木材とかも、俺達で扱える量を超えてるだろう。エルフの森には、ばかでかい木があるけど、あんなもん動かすだけでもアグロスのクレーンとか、重機が必要じゃねえのか」
船主から船尾にかけては、船底を竜骨っぽい太い木が走っている。とてもじゃないが、ダークエルフや人間じゃ運べそうにない。
「ドラゴンピープルが協力してくれたんだ。2年前、紛争が終わった後、壊された場所の再建に使う資材とか、必要な食べ物とか、大陸のあちこちにいろいろ運ぶのに、バンギアのみんなで使う船を作ったんだ」
得意げに説明するニヴィアノ。あいつらが協力してたのか。新造船が進水したとは聞いたが、そのへんの事情は良く知らなかった。
「一つの種族のためじゃなくて、バンギアのために使うって約束したから、協力してくれたんだよ。それで、私達ダークエルフが、どの種族とも結構うまくやってるから、扱うのに適任だろうって。大陸のあちこちに行けるのが楽しいって、人もたくさん集まったし」
そういや、ダークエルフは活発で、好奇心に任せてエルフの森を出ていく連中だった。くじら船と共に、港から港へ、か。
バンギアとアグロスが交わったことを、むしろ楽しんでいるほどだ。たくましいというかなんというか。どっちかいうと、変化に苦しむ奴らが多かったから、新鮮だ。
ニヴィアノとダークエルフに案内され、俺とガドゥは船室に通された。
客間というだけあって、なかなか調度が整っている。ベッドもしっかりメイキングがなされ、鏡付きのクローゼットもあり、夜会の準備ができそうだ。
男2人でこの部屋ってのが、まったく色気が無くて嫌だが。
「……やれやれ」
とりあえず銃と弾薬ケースを置くと、俺はベッドに体を投げ出した。
革靴が窮屈だが、致し方ない。日ノ本と違って、バンギアでも部屋で靴を脱ぐ文化というのは基本的にない。
AKを置いて、ベッドに腰かけ、ガドゥが俺を見下ろす。
「もうへばったのか? そんなに疲れたのかよ、それなりにやばかったが、いつもと比べればこれくらいはよくあるだろ」
スコーピオンの銃弾を食らい、右耳を吹っ飛ばされたガドゥ。いくらダークエルフ達に操身魔法で治療してもらったとはいえ。普段と比べてハイになり過ぎてる気がする。
「……お前こそ、大丈夫なのかよ。実の弟に殺されかけたんだぞ。あいつら、次も何するか分からねえ」
表情が曇り、虚ろな目で床を見つめるガドゥ。包帯を巻いた少し短い右耳、そのままの左耳。両方が垂れ下がってしまった。えらく悲しそうだ。
「いいんだよ。あいつは、あいつで、おれ達の部族のためを思ってる」
俺は跳ね起きた。聞き逃せない発言だ。
「おい、本気で言ってるのか? バルゴ・ブルヌスとはさんざんやり合って来ただろう。大体、饗宴なんて意味が分からねえ。死んだら終わりなのに、命がいらねえのかよ」
命を奪い、奪われそうになりながら、必死に戦って来た断罪者としての2年間。紛争が始まってからは7年。それは、とても重い。
殺傷権なんて持っていると、特にそう感じる。
だが、ガドゥの表情は虚ろなままだ。ため息をついて苦笑する。
「あれが、本来のゴブリンの姿なんだよ。ここ千年くらい、それを忘れてただけさ。おれ達には子供が多いし、他の種族に比べても、みんな丈夫に育つからな。ほっとけば多分バンギアの種族で一番繁栄できるんだけど」
初耳だ。それで寿命が人間並みなら、少なくともバンギアの人間くらいは勢力で追い越せるかもしれない。
「それは狂喜神バルゴの祝福を受けたからだって考えがある。丈夫な体と、すぐに舞い上がっちまう心根は、テンション挙げて危険に突っ込んで、ばらばらにぶっ飛んでバルゴを喜ばせるためだ、ってな。実際、バンギアでおれ達だけが魔道具を扱えるのも、他の種族なら分からないから手を出さないものに、喜んで手を出して死にまくって来たからなんだぜ」
そういう行動が知性に劣ると思われる原因なのかもしれない。だがそのおかげで、ゴブリンはいちはやくアグロスの武器にも適応したといえる。ギーマがあそこまで銃をうまく使うのは、あいつ個人の資質以外に、ゴブリンということが大きいのではないか。
「そういう風に死んでくのが、いつまでも馬鹿みたいに思えてな。手綱ってのか、そういうのが欲しいとおれは思った。法を作ってそれを守らせるって断罪者の方針に、おれは賛成だ。けど、やっぱり、めちゃくちゃやって暴れ回る方が人気だ。連中の楽しそうな面を見ただろ」
狂喜神、か。ゴブリンという種族は、楽しく死んでいくことしか考えないことが向いているのだろうか。
「それじゃ滅んじまうと思って、真面目なこと言ってたんだけどな。ギーマは逆の方向から、おれ達を引き上げるつもりなんだ。実際、七夕紛争からこっち、好き勝手暴れ回ってるのに、おれ達の立ち位置は重要になって来てる。人間どころか、エルフや悪魔、吸血鬼、果てはドラゴンピープルまで食おうっていきおいだ」
ゴブリンがもし居なくなったら、ポート・ノゾミはけして回らない。アグロスの機器類の取り扱いにもいちはやくなじみ、島だけならば、衛生設備や建物の保守管理、危険な建築作業など、いわゆる技師的なことまでこなす奴らがいる。アグロス人のほとんどが逃げるか殺されるかしてしまった一方で、近代的な生活を支えているのは、大体がゴブリンの労働者のおかげだ。
「小さい頃から、あいつの方が、ってのが、ずっと抜けねえんだよ。断罪者になって、頑張って来た自負もあったが、やっぱり種族のためには、あいつがみんなをまとめた方が……」
思い悩んだ表情で、床を見下ろすガドゥ。深い憂いなんて、ゴブリンと全く無縁のものだと思っていたが、そうでもないどころか、人一倍深刻なのかもしれない。
気が付かなかったが、ガドゥは生真面目で性根の優しいやつだ。
それに、多分かなり頭も良い。俺が何かを言っても、思い悩んでしまうのだろう。
どうするかと迷っていたら、ドアがノックされた。
「……入ってくれよ。鍵は開いてる」
力のないガドゥの返事を突き飛ばす様に、力強くドアが開いた。
「ねえ! 甲板に来てよ、みんな2人の歓迎がやりたいってさ!」
ダークエルフの男や女を引き連れた、ニヴィアノだった。
部屋に入ってくると、座り込んだガドゥの手を取る。
「ほら、湿気た顔してないで、立ってよ。ガドゥ、だったっけ?」
「いや、でもおれゴブリン」
「気にすんなよ。そういうやつじゃねえって、分かってるだろ」
俺なんぞより、女が適任だろう。
そう思ってたばこを取り出そうとした手を、ダークエルフの女性が取った。
「お兄さんも来るんだよ。アグロスの人なんでしょ、音楽知ってたら、私達がどれくらいか、確かめてよ」
音楽、か。
そういや流煌と離れてから、久しくギターに触ってない。
俺とガドゥは、言われるまま甲板に逆戻りすることになった。
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