6くじら船の大母

 ニヴィの案内で、俺達は港に停泊する船の中に招き入れられた。

 このバンギアにおいては、大船といっても過言ではない。


 アグロスのコンテナ船を参考に造られた、くじら船と呼ばれるものだ。

 縦の長さは、100メートルにも迫り、横幅は20メートルを超えている。


 長方形の大きな箱みたいな形で、海水や虫に強いバンギアの木材でできており、数十年海に浮かべておいても腐らないという。


 このくじら船は、ポート・ノゾミと大陸のあちこちを往復し、アグロスとバンギアの海運を担っている。それまで使われていたどんなものよりでかく、安全なので、バンギアでの貿易の事情すら変えつつあるという。


 ただ、積み込みだけは結構ネックだ。というのも、アグロスでは大量の積み荷をコンテナに入れてクレーンで積む。しかしバンギアではそうはいかない。あらゆるものは、ひたすら人手で積み下ろしをすることになるので、相当な数の働き手が必要になる。だからこその、ダークエルフ達だ。

 彼らはくじら船に住み、大陸やポート・ノゾミを転々として暮らしている。


 ニヴィもまた、その一人だった。


 船に住む者は、陸に住む者達と違ったルールで動いている。バルゴ・ブルヌスやシクル・クナイブの連中も、完全に動きを掌握することはできない。俺達断罪者だって、ここに逃げられれば、追跡が難しい。


 俺とガドゥを救ったのは、そういう隠れ蓑だったのは、ちょっとした皮肉だ。


「……ようこそ、断罪者よ。丹沢騎士に、ガドゥだったな。噂はかねがね。私はブロズワル。『鈍く広き刃』だ」


 木造の建物に囲まれた、船の中央の甲板の上。

 差し出されたダークエルフの女の手を、俺とガドゥで握り返した。


 俺とガドゥ、それにニヴィは、ダークエルフや、アグロスの人間達に囲まれていた。

 この甲板広場は、本来荷受けに使う場所だが、受け渡しの無い時期や荷物待ちのときは、こうして船の住人が集う広場になっているそうだ。


 見渡せば、日ノ本の娯楽である将棋やトランプ、よく分からんカードゲーム、えらく古い携帯ゲームをやってる子供も居た。ラジカセらしきものから、昔のロックを流して、ツイストやってる奴もいる。思い思いにの楽器の練習をしてる奴や、頭に置いたリンゴに、ナイフ投げをやって遊んでいるのも居た。


 ダークエルフ、偉ぶった所が無いのはいいが。何百年も生きてるわりには、みんな大概フリーダムだな。


「大母様、騎士とガドゥと、私と、この満ち潮の球を守ってほしいんだけど。その、ゴブリンの人たちに」


 かしこまった様子のニヴィに、大母と呼ばれたブロズワルは優しい。

 しゃがみこむと、顔を上げさせる。多少目が切れ長気味なのと、胸のサイズが大きいくらいで、年はほとんど変わらない様に見えるが。


 レグリムとまではいかなくても。このブロズワルの貫禄と色気は、フリスベルの年を越えているかもしれない。


「みなまで言わなくていい、ニヴィアノ。島が沈めば私達の生業にかかわる。それに船の一員のお前を見捨てることはできないし、同胞を殺し、足蹴にしたそのゴブリンは許せん。皆の安全が優先だが、やるというなら、相手になってやる」


 その鋭い目は、本気になったザベルを思わせた。


 大陸のあちこちとポート・ノゾミをつなぐ船を仕切ってるぐらいだから、結構な修羅場をくぐってるに違いない。


 追手が来れば俺達が戦うのが筋だが、頼りになりそうだ。


 一方のガドゥはどことなく居心地が悪そうだ。エルフに人間、この船にはゴブリンをあまり良く思わない種族がそろってる。

 緊張をときほぐす様に、ブロズワルが再び身をかがめ、ガドゥを覗き込んだ。


「ガドゥ、そう縮こまるな。船はあらゆる港をめぐり、あらゆる種族と取引をする。偏見を持つような奴は、やっていけない。それに、断罪者の噂は聞いてると言ったはず。自衛軍の基地を火の海にするなんて、胸がすく思いだぞ」


「あ、ありがとよ。あれやったのは、大体スレインの旦那なんだけどな」


 そういいながらも、頭をかいて照れている。エルフから感謝されることは特別なのだろうか。それとも、相手がブロズワルだからか。


 それにしても、橋頭保の事件を知っている、か。確か表向きは爆発事故だったはずなんだが。一体どうやって知ったのか。

 いぶかしんだのがばれたのだろうか。ブロズワルに微笑みかけられた。


「……ところで、丹沢騎士。ザベルは元気にしているか?」


「え。子供の世話とか、メニュー考えたりとか、毎日、忙しそうですけど。知ってるんですか」


「君達の感覚で言えば大昔になるか。70年ほど前、ちょっとした仲で、一緒に旅をした。人間と所帯を持つと聞いたときは驚いたよ。人間の寿命は短い。君も暇を持て余すことがあれば、訪ねてやってくれ」


 奥さんの祐樹先輩が、亡くなった後のことを言ってるんだろう。寿命からいえば、いずれザベルは残されることになるのだ。だが、俺もそういう人外扱いをされることになったのだ。


「……元気にやってます。俺が戦えるのは、あの人のおかげです」


 もしかしたら、暴れるエルフをはっ倒しているかも知れない、細身の背中を思い出す。ブロズワルが懐かしそうに眼を細めた。


「昔から、面倒見のいいやつだった。旅先でも、子供が勝手に集まって来てな。料理や格闘を教えていたよ」


 あのうまい料理と、格闘術か。落差がすごいな。

 そのまま会話が弾みそうだったが、まるで影の様に、喧騒の中から、ダークエルフがブロズワルのそばに現れた。俺たちには特に会釈もなく、何事か耳打ちをすると、再び影に紛れ込んでしまった。


 顔つきを変えたブロズワルが、広場に呼びかける。


「誰か、客間が空いてるだろう。二人を案内してやれ。みな警戒を強くしろ。子鬼どもは、我が身ごと敵を焼き殺すのが好きな連中だ。いつどこから来るか分からない」


 勝手に遊んでいたダークエルフ達が、いつの間にか整列している。規律正しい軍隊の如く、背筋を伸ばし杖や牙の短剣を持ち、ブロズワルの命令に応じて俺達の前に歩み出た。


「……これでいいだろう。断罪者よ、警戒するなとは言わないが、君達が知る以上に、それなりの実力者がここには揃っている」


 みんなもう、思い思いの行動に戻ってしまったが。

 一瞬見せたあの統制、たかが荷物運びが生業とは思えない。荷さばきはかなり危険な作業ではあるが、それを超えている気もする。


「騎士、ガドゥ、行こう。大母様に任せとけば、大丈夫だから」


 ニヴィにうながされ、俺とガドゥは案内に従った。

 このまま、ギニョル達が来るまで無事に過ごせればいいんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る