5霧の脱出

 ゴブリンはギーマを含めて5人。ただ障害物はたくさんある。建物の影、テーブルの下、木箱や樽の脇、どこから出て何をするのかは分からない。


「一日に二度も会うのは、田舎に居たとき以来じゃねえか。とりあえず渡してくれよ、その玉。うちの部下が命がけで守ったんだぜ」


 今しがたスコーピオンで耳を吹っ飛ばしたとは思えないほど。フランクな口調で話しかけて来やがる。

 立ち上がったガドゥの顔は険しい。きっと、痛みのせいだけじゃない。


「お前、こいつを使う気か。島を沈めたら、1万や2万の犠牲じゃすまねえぞ」


 弾けた様に笑いだすギーマ。周囲のゴブリンもおかしそうに笑っている。

 顔を覆った狂気じみた笑顔の合間から、目を見開いてガドゥを見つめる。


「ひっははは……とんでもねえ! 水に流しちまったら、魂が弾けねえだろ。バルゴが最も望まねえ死に方じゃねえか。1万か2万だと、いいじゃねえか! 最低でもそれくらいは饗宴の贄にするつもりだぜ。けどその球は俺達の切り札だ。手札に混ぜて、ちらつかせてこそ、価値のあるものなんだ」


 どういうことだろうか。俺にはピンとこないが、ガドゥは気づいたらしい。


「自衛軍や、GSUMと肩を並べたいんだな」


 ひゅう、と口笛を吹き、ギーマは機嫌よくガドゥを見つめた。


「さすがは兄貴だ。ホープレス・ストリートで上り詰めたところで、麻薬と人殺しの頭がせいぜいだからな。自衛軍の戦力に、GSUMが持ってる経済や医療、そこらが無けりゃいつまでも裏方さ。だが、俺の一存で島を沈められるとあっちゃあ、もう少しやりやすくなる」


 核兵器で、周囲の国を脅す様に。いつでも島を沈められる満ち潮の球で、自衛軍やGSUMに並ぶ表の力を手に入れるつもりか。


 やはり、ギーマはただのマフィアじゃない。本気で、ゴブリン達を、バルゴ・ブルヌスを、より高みに引き上げるつもりで動いている。


「だのに、このクソ共と来たら! 俺の切り札を横取りすると来た!」


 スコーピオンが無慈悲な銃弾を吐き出す。

 俺達の銃撃で倒れていたダークエルフの死体に、無数の穴が空いた。


 悲鳴を上げてうずくまるニヴィ。俺と共にかばいながら、ガドゥはギーマをにらんだ。


「やめろ! もう死んでるだろ」


「ああ? ずいぶん優しいな。いっつもそうだぜ、兄貴は昔から。俺達を家畜みたいに扱った悪魔の女捕まえたときも、ハイエルフを生け捕ったときも、人間を取ったときも、宴に加わらなかった。こいつらが俺達をどう思ってるか知りもしねえで」


 革靴で蹴りつけられたダークエルフが、ものの様に転がった。

 壮絶な死に顔がごろりとこちらを向く。惨殺されれば見た目の麗しさなど関係がない。


 俺より先に、ガドゥとAKが火を吹いた。


「よせっつってるだろうが!」


 肩あたりを狙ったのだろう。ギーマは銃口の動きをよんで体をそらし、スコーピオンで反撃した。ガドゥの細い左肩に、3発の穴が空く。


 目にもとまらぬ、というか、ガドゥの動きを完全に読み切っている。七年前に銃の存在と扱いを知った種族には到底思えない。実戦だけでここまで銃を扱えるとは。


「……へえ、マジで当てる気だったか。人も殺せない腑抜けかと思いきやあ、悪魔や吸血鬼やエルフと一緒に、立派な断罪者さんになっちまって」


「ギーマ、お前」


 子鬼、という言葉が似合うものすごい形相で、腕を押さえるガドゥ。その視線を心地よさげに受けながら、ギーマはスーツの上を脱ぎ捨てた。


「やろうぜ、兄貴! バルゴの饗宴だ。お前らッ、女は好きに分けろ!」


 歓喜と狂気の叫びが上がる。部下たちも脱ぎ捨てた下には、ギーマと同じほどたくさんの入れ墨、そして、胴鎧の様に見えるのは、いくつも連なる、黒く丸っこい固まり。


 ゴブリン達は銃を抜かない。腰にした鉈や手斧を抜き、テーブルの上や建物の壁、木箱や樽の脇を通り、俺達を包囲にかかる。


「騎士、ありゃ炎の魔道具を連ねた鎧だ。銃を使ったら吹っ飛ぶぜ!」


 映画とかで見かける時限爆弾のベストみたいなもんか。

 わめきながら襲って来たゴブリンの鉈を、M97の銃身で受ける。


「規模は……!」


 見た目より力がありやがる。蹴り倒すと、胸に銃剣を突き立ててやった。体格の問題か、子供を殺したみたいで気分が悪い。


 ガドゥは手斧の一撃をかわし、AKの銃床を腹に叩き込んだ。

 足を払って転ばせると、頭を数発撃って、息の根を止めた。


「……この距離で全員が誘爆したら、俺達は全員消し炭だ。もちろんギーマ達もだけど」


 それを気にしている様には見えない。むしろ歓迎しているかのように、ゴブリン達が群がってくる。

 俺達を囲むと、口々にののしりながら、体の爆弾のピンをさわったりしている。


「酒場じゃ助けて悪かったな、楽しく相手してやるよ。それとも一緒にこの世からぶっ飛ぼうか、エルフさん!」


 ニヴィが体をすくめた。完全に殺気に当てられている。


 冷静に見れば、自爆をちらつかせながら刃物を振りかざしているだけなのだが。

 いつ何をするのかわからないのが恐ろしい。銃も使いにくい、特に俺のショットガンはやばい。


 俺とガドゥは、ニヴィを守って背中合わせになった。


「騎士、こいつらとは戦えねえぞ。安全栓が外れたら、いっぺんにみんなぶっ飛ぶぜ」


 手榴弾でいう安全ピンか。1人あたり10個ほど体にくくりつけているとして、10人は居るから単純計算で100個。ガドゥがこれほど恐れるということは、威力も手榴弾と同等と考えていい。

 フリスベルやクレール、ギニョルが居ない以上、魔法によるからめ手が使えない。


「じゃあ逃げよう。ニヴィ、ちょっと落ち着いて、何か魔法は無いか」


「……少し待って」


 ニヴィが杖をかざし、精神を集中し始めた。青い魔力が集まっている、フリスベルと同じ、現象魔法を使うのだろう。


『イ・コーム・ハーヴィ・マイスト』


 呪文が響くに従い、遠くない海の方でざぶざぶと波の音がした。

 何が来るのかと思ったら、海水が変形したであろう霧が出て来た。


 いつかダークエルフから食らった酸の霧を警戒したが、これはそうでもないらしい。


 霧はたちまち辺り一帯を取り巻く。この屋台村の周囲だけか、それともこの港町ゲーツタウン全体か。すでに一メートル先すら満足に見えなくなっている。


「止まれ! 下手に近づくな!」


 ギーマの号令が飛ぶ。こうなると、闇雲に動けないらしい。饗宴とはいえ、俺達を殺す確証も無く、自爆することはできないのだろう。


 これだけの範囲を霧で閉ざすとは、ニヴィはフリスベルに勝るとも劣らない力を持っているのかも知れない。


 ニヴィが魔力の取り巻く杖で、そばのテーブルに触れた。


『ディゴー・メニア』


 たった一言。テーブルが一気に伸長し、形を変えて俺の姿そっくりに変わる。

 それだけじゃない。魔力は床の石畳を介して他のテーブルへと伝わり、霧の中に、俺やガドゥ、ニヴィをかたどった木の像が次々と浮かび上がった。


 こうなると、ギーマの制止は無効だ。気持ちの逸ったゴブリン達は、視界の利かぬ中、闇雲に囮を襲い始める。


「こっち、ついてきて。私ここに住んでるから目をつぶってても進める」


「ありがてえ。騎士、行こうぜ」


「ああ」


 俺達は姿勢を低くし、囮に紛れてその場から脱した。

 テーブルと囮の屋台村を抜けると、建物の間の路地へと入る。


 振り返ると、死体でないエルフが居たのか、巨大な樹木の怪物が、ゴブリン達と戦っていた。


「……同胞達」


「ニヴィ、どうした。今の内だぜ」


「うん」


 同胞か。

 ハイエルフならともかく、ダークエルフ達に、あまりそういう意識は無さそうだが。


 まあいい。とにかく今は逃げ切ることだ。


 路地をしばらく進むと、突然地響きがして、後ろの霧がいきなり晴れた。

 炎の柱が、高く上がっている。屋台村の方角だ。


「ギーマのやつだな」


「あいつは、紛争のどさくさでエルフを狩ってたんだ。樹化した連中もお構いなしだよ。俺達を血眼で追ってくるに違いないぜ」


 爆弾は死ぬほどあった。樹下したエルフは確かにタフで頭もいいが、饗宴のノリで2、3人挑めばあっという間に燃やしてしまえる。


 ドラゴンピープルを狩ったマロホシに、エルフを狩ったキズアト。

 好奇心と憎悪、いずれも勘弁して欲しい。


「……大丈夫だよ。きっと、やっつけるから」


 ニヴィが杖を強く握り締める。

 どうやら、ピアノの恩は消えてしまったらしい。


 とまれ、これで連中は俺達を見失ったと思われる。

 後は、ギニョル達が来るまで逃げ切れるかだ。


 シクル・クナイブとおぼしきエルフ達にも、油断できない。

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