4手に入れた偶然
1人のゴブリンを、5人ほどが追いかけている。
逃げている方は黒のスーツ、ギーマと一緒に居た奴じゃないか。
追っているゴブリンは革のマントだが、ずいぶん素早い身のこなしだ。
仲間割れか。黒スーツが追われながら乱射した一発が、追いかけていた奴の頭を貫く。紫の魔力が取り巻き、倒れ伏したのは、どうやらハイエルフらしい。
紛争の傷跡が濃いバンギアの住人達は、流れ弾の怖さを知っている。
我先に姿勢を低くし、テーブルの下をはって逃げ始める。
俺とガドゥもとりあえずテーブルの下に入ったが、お互い銃を取り出した。
「どうなってんだ、こりゃあ。なんでエルフがゴブリンに化けてる。しかもあいつら銃使ってやがる」
悪魔の様に操身魔法で他種族に化けるのは、シクル・クナイブのお家芸。だが先月戦った連中は、皮鎧に動物の牙や枝のナイフで戦っていたはず。エルフ達は金属を嫌うのが普通なのだが。
「分からねえよ。ただ、ギーマが来るってことは、バルゴ・ブルヌスには何かここに来た目的があるに違いないんだ。あいつが、ホープ・ストリートの部屋から動くのは珍しい」
「抗争でも殺人だ。放っとけねえ」
「ああ、騎士、シール貼れ」
ジャケットのポケットから、いつぞや魔力を消したのが出て来た。
相手はハイエルフと考えていい。受け取って手首に張り付ける。
「とりあえず、ゴブリンもどきを何とかしよう。それから、あのゴブリンを保護して事態を確かめる。いいか?」
「いいよ。どう攻める、お前は」
「突っ込む。ガドゥ、二時から回り込め。俺が目を引く」
フォアエンドを引いて、シェルチューブの散弾をM97に送り込み。俺はテーブルの下を出た。
無謀にも突進してくる人間に、ゴブリンも、もどきたちも気づいた。連中の目は俺に引きつけられている。
「兄弟、伏せてな!」
俺の右奥、木箱から出たガドゥ。スーツのゴブリンがテーブルの下に潜った。
ゴブリンもどきは応戦しようとするが、俺とガドゥ、二方向の銃口に一瞬対応が遅れる。
距離20メートル。M97のスラムファイアと、AKのフルオート射撃。
銃弾と散弾の雨の中、2人が倒れてダークエルフとローエルフに戻り、3人は銃を取り落とし、ハイエルフの姿をさらしながら、テーブルに引っ込んだ。
「あんた、こっちだ!」
ガドゥがテーブルの下から呼びかける。ゴブリンはそちらを向いたが、エルフの1人が杖を取り出している。
しまった、弾を撃ち尽くしてる。ガンベルトからスラッグ弾を込めたところで、呪文が朗々と響いた。
『イヴィ・ヴァイン!』
テーブルの木材が生き返ったかの様に、棘のついた茨の枝を伸ばし始める。
絡め取る気なのか。殺す気なら、氷や火の呪文でいい。
だがそれでもこっちの銃撃が間に合わない。ゴブリンが棘にからみつかれ、血を流した所だった。
『エイル・スレイ!』
後ろから聞こえた女の声。空気の刃が、絡みついたツルを切り裂く。
振り向くと、屋台村を囲む建物の二階で、ダークエルフの女が杖を構えていた。
「ぼさっとしないで! 撃ってよ」
そうだった。俺はM97を構え、杖のエルフの右手を撃ち抜く。ガドゥもAKのマガジンを換えて、射撃した。
エルフ達は銃を拾えず、負傷を引きずり、建物の影に消えていった。
撤退したフリかも知れない。周囲を警戒し続ける俺とガドゥの間に、ダークエルフが飛び降りて来た。
「大丈夫。同族の気配が離れてるから。わたしもエルフの端くれだよ」
魔力を感知しているのか。信用、しても構わないのか。
念のため銃を向けると、おどけながら両手を上げる。
「やだ。怖いからそれ降ろしてよ」
サンダルに、革のスカート、へそ出しの胴衣、灰色の髪はポニーテール。
健康的なボディラインだ。どっかで見たか。
こいつ、もしかして。
「そのショットガン、やっぱあのお兄さんだ。断罪者なんでしょ? わたしのこと助けようとしてくれた。ギーマさんもいいけど、お兄さんもいいよね」
酒場に居た、ピアノを弾いてたダークエルフか。
となると、あれに恩義を感じて、バルゴ・ブルヌスのこの男を助けたのか。
当事者のガドゥとゴブリンがあっけにとられる中、ダークエルフは駆け寄る。
「ね、おじさん大丈夫? こんな傷、私がすぐ魔法で治したげるから……」
「近づくんじゃねえ!」
ゴブリンがスコーピオンをこっちに向けた。
ダークエルフが弾かれた様に足を止める。
俺とガドゥはM97とAKをそれぞれに構える。
ガドゥが説得を始めた。
「落ち着けよ、銃を下ろせ、兄弟。おれは断罪者だけど、ゴブリンだ。一体なぜ追われてる。殺されそうなら保護してやれるぜ」
「断罪者にだけは渡せねえんだよ、ブツは絶対……」
「あ、おじさん!」
悲鳴に近いダークエルフの声。
ゴブリンの腕から、無数のツルが跳ね上がった。
体の中から、根が生え、茎が飛び出している。
「うぎゃああああっ、ちくしょう、埋め込んで、やがった……! クソエルフどもが、ギーマさん、どこだよ、おれ、が、あ、がああああ」
腕から生えた奇怪な茨は、容赦なく空中に葉と枝を伸ばし、伸長していく。
スコーピオンを乱射しながら、ゴブリンは体をずたずたにされ、そのまま事切れた。
「うそ、なんで……」
うずくまるダークエルフ。ガドゥがその前に出て、残酷な光景を遮る。
「気にするんじゃねえよ。これは寄生イバラだ、古代に魔道具として改良された植物の武器だ。これ事体は魔力を出さねえ」
「いばらの魔法のとき、傷口に種を埋めやがったな」
銃撃戦をしながら追いかけまわしていたくせに、あんなゆるい魔法で済ませるのがおかしいと思ったんだ。
手段を問わないこのやり口、どうしてもシクル・クナイブを連想させる。
「外してあげなきゃ……可哀想だよ」
「ああ。獲物が死ねば花は枯れる。生き物を殺すためだけに花を咲かすんだ」
死体に咲いていた茨は、みるみる色を失い、枯死していく。
こんなもん、自然下じゃ絶対に生き残れない。生き物を殺さなきゃ増えることもできない。植物としてもいびつなものを作り上げたものだ。バンギアの古代人はヤバいな。
めった刺しにされた小さな体を、枝から外してやっていると、スーツのポケットにふくらみが見えた。
「騎士、そいつは?」
「魔力は無いよ、でも気を付けて、魔道具の事は分からないから」
声のトーンを落としたダークエルフ。ガドゥが背伸びをして、その肩を叩く。
「心配すんな。あんたが……」
名前を聞きたいのだろうか。黙ったガドゥに、ダークエルフがほほ笑む。
「ニヴィアノ。『騒々しい鍵盤の娘』、ニヴィアノだよ。ニヴィでいい、よろしく」
「じゃあニヴィ、あんたが魔力を全然感じないなら、平気だよ。ほら」
ガドゥが取り出したのは、真っ赤な宝石箱の様なものだった。
「何だこりゃあ。ガドゥ分かるか?」
俺の言葉が聞こえていないのか。さっきまでニヴィアノをなだめていたガドゥは、目をむいて冷や汗をかいている。
「……とんでもねえぜ。何考えてやがんだ、ギーマのやつ」
この宝石箱が、ということだろうか。
ガドゥがそう言うということは、恐らく魔道具なのだろう。
こいつは、あまり勇気のある方じゃないが。こんな動揺の仕方は、不気味な雰囲気だ。
持って来た弾薬のバッグの中が、ぼんやりと紫色に光る。
ニヴィアノがジッパーを開けると、顔を出したねずみが、その体に飛びついた。
「きゃあ! あんたたち、なんで使い魔なんか、ちょっと、何よこの」
褐色の肌をひとしきり這いまわった後、胴衣の谷間に潜り込んだ。ユエのときと同じだ。もう気にしないでおくか。
いやらしく細めた目が、紫色に光る。ギニョルからの通信だ。
『聞いておるか、ガドゥ、おるのじゃな、騎士よ!』
珍しく、えらく切羽詰まった感じだ。
「ギニョル、おれをこっちへやったのは、このためか。まさか、ギーマの狙いは」
『ガドゥか、その声は手に入れた様じゃな。お前をやったのは偶然じゃがよいか。手に入れたならけして離すな。こちらの事態を片付けたら、わしらで回収に行く、何を犠牲にしても』
警察署の電話の音が、けたたましく鳴り響く。使い魔の中からだ。電話の受話器の様にギニョルの周囲の音を拾っている。
『……出ろ、ユエ! フリスベルはどうした! 現場か。はい、もしもし。樹化したエルフが一本じゃと、通行の邪魔? あほうが! そんなもん自衛軍を呼べ。あるいはそのへんにドラゴンピープルがおろうが! しばらく動かんから燃やしてしまえ、石油でもガソリンでも闇市で買ってこい、一時間もすれば暴れ出すから早くしろ! 使い魔をやるから何かあったら言え、そのときはわしが行く!』
乱暴なのか丁寧なのか分からない通話を終えて、再びこちらへ出るギニョル。
『今ポート・ノゾミでは、エルフ共が大量に暴れ出しておる。フェイロンドのやつ、ここまで影響力を持っておったとは。命知らずにも、橋頭保やノイキンドゥ、わしらの警察署や、ホープレス・ストリートにまで仕掛けてきおるわ。通報だらけで、断罪者は手が離せん。じゃがこの事態は海鳴の時に向けての陽動じゃ。よいな、貴様ら、満ち潮は決して誰にも渡すな! 明日中には事態を平らげ回収に向かう。バルゴ・ブルヌスも狙っておるぞ!』
一方的にまくしたて、使い魔の通信は切られちまった。
俺は呆然と、ガドゥの手の平の宝石箱を見る。
これで、ゴブリンを狙ったのは、シクル・クナイブだとはっきりした。どこかで糸を引いているのは、ロウィ群島でレグリムのやつを見捨てたフェイロンドだろう。そういや船で見かけたときも、満ち潮のときがどうこう言ってた。
とうとう動き出したってわけだが、その狙いはこの宝石箱。
満ち潮の時ってのと、関係があるのか。
「ねえガドゥ、この箱、そんなに危ないものなの?」
「……ニヴィ、騎士、こいつは『満ち潮の球』って魔道具だ」
効果は、恐らく名前通りか。だが潮くらいアグロスでもバンギアでも満ちる。
そこまで危険な物だろうか。
いや、待ってくれ。潮が満ちる、だと。
人工島である、ポート・ノゾミに対して。
「ポート・ノゾミなら、数分で海に沈めちまえるやばいブツか」
「ああ。この玉の周り、数キロくらいの満潮の上限を、3メートルほど上げる。要は、場所を限って高潮を起こすんだよ。ギーマのやつ、こいつを狙ってたんだ」
まるでポート・ノゾミを海に沈めるためだけに作られた様な魔道具だ。
周囲数キロってことは、ポートノゾミだけをすっぽり包んでしまえる。
3メートルも水位が上がれば、岸壁を超えて海水が押し寄せ、島の機能はかなりの部分損なわれる。自衛軍の機動兵器の類でさえ、数日も浸かれば錆びて使い物にならなくなるかも知れない。
「古代文明じゃ、水門や運河に船を通すために作られたらしいんだ。でも今じゃ特に役に立たねえし、おれたちゴブリンでもほとんど知らねえ。こんな地味な魔道具を使うなんて、よく思いついた」
銃声。ガドゥの左耳が、半分吹っ飛んだ。
「……へえ。一目で分かったか。やっぱ大したもんだな。兄貴」
スコーピオンを構えて、建物の影から出て来たのは、部下を引き連れたゴブリンだ。
血の流れる耳を押さえ、振り向いたガドゥの目に。
口を歪めて笑う、かつての弟が、写り込んでいた。
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