3腹の底

 アグロス人が食っているのは、小麦や野菜、家畜の肉、魚や果物など、日ノ本から米を抜いた様な食材だ。調味料も、醤油がないくらいで、塩、油、酢、砂糖、辛子やにんにく、生姜と、馴染み深いものが主だ。

 それだけに、ザベルの料理法が、アグロス人にも受けている。


 が、ただひとつ、俺がなじめないものがある。


 食用虫。

 主に朽ちた木や、野草を食べ、繁殖が早いバンギア独特の大型昆虫の総称。


 香ばしく揚がっているのは、大皿に山盛りのトノサマバッタを思わせる虫。

 一見ニョッキの様に見えるのは、輪切りにした後ゆでてタルタルソースであえた何かの幼虫だ。せめてと思ったホットドッグらしい料理も、レタスとトマトまではいいが、内臓と頭を取り、香辛料で焼き上げた芋虫の肉がはさまっている。


 茶をすすりながら、それらの料理に次々手を伸ばすガドゥ。

 とっとと食わないと無くなる。割り勘なのに損するのは嫌だ。


 でかい貝ひもみたいに、旨みが詰まった、虫のホットドッグを噛み千切る。触感が少し硬く、焼き肉のミノみたいに口に残るが、芳醇な旨みがあり、パンとの相性もいい。

 ひらたく言うと、うまい。虫なのに。


「……お前、虫いけるんだな。バンギアでも絶対食わねえ奴居るんだぞ。こんなにうまいのに」


 エビの代わりに、数センチの芋虫を入れ、ナッツや香辛料と共に炒めた料理をかみ砕くガドゥ。

 分かってて、この店に連れて来たのか。

 簡素なテーブルに、アグロスのパイプ椅子を並べた店。安い、うまい、早いが信条か、同じゴブリンの労働者たちに、女のゴブリンがバタバタと給仕している。


 食い終わって、木のコップに入った安いワインを一杯やり、ようやく人心地着く。

 そこで俺は、俺の事情を話した。

 ギニョルやユエ以外には、初めて語るが、ガドゥは真剣に聞いてくれた。


「……ふーん。そうだったのか。お前も大変だったんだな、恋人がいるってのも、色々苦労することがあるもんだ」


 どっかずれた反応だが、もてたことがあんまり無いのは分かった。


「まあそういうことなら、おれもできることは協力するぜ。ただ、ちょくちょく来てるが、この港でハーレムズの連中を見かけたことは一度もねえぞ。キズアトの奴、大陸には女どもを出してねえんじゃねえのか」


 重要な情報だ。魔力に適性が無く、操身魔法を見破れないガドゥだが。断罪者である以上、連中を見分ける勘は持ってる。


「この間みたいなこともあったし、その可能性は高いだろうな」


「だったら空振りじゃねえかよ。いずれ断罪者として会うだろうし、わざわざ休み潰してまで」


「遅えんだよ、それじゃ!」


 叩き付けたコップの中で、ビールが波立つ。

 ガドゥどころか、周囲の目も引いてしまった。


「騎士……」


「すまん、ガドゥ。取り乱しちまって。でも、俺もわけわからなくてさ。あきらめたらいいのかどうか。ユエの奴は、相討ちになってでも、フィクスを仕留めるって言ってる。けど、それだけはだめだ」


 あいつに、あのお姫様にそんな苦しみを背負わせる真似だけは、させたくない。


「……お前の気持ちは分かったが、それにしたって、もっとおれ達を信用しろよ。クレールの奴に言ってみたらどうだ、蝕心魔法ならあいつが一番」


 その通りだろう。が、俺はうつむいて呟いた。

 ガドゥはどこを見るでもない。だが何かを察してくれたらしい。


「言いたくないけど、まだ、そこまではあいつを?」


 無言で答える。信用できていない。一緒に戦い、救われたことはあっても、まだ。


 あいつだって吸血鬼、キズアトと同じ吸血鬼だ。


「分かったよ。ま、今は置いとくか。それで、おれの方も割と厄介だけど、お前本当にかかわるのか」


 話題を変えてくれたか。わりと気のまわる奴だな。そういや俺と同じ、23だった様な気がする。ゴブリンは寿命も人間と同じだから、正真正銘の同い年と考えていいか。


「話してくれ。こうなったら、この2日はお前に付き合う」


「ありがとよ。じゃあ言うが、バルゴ・ブルヌスの首領、片耳のギーマは、おれの弟なんだよ」


 息を呑んだ。あの冷酷で、能力の高いゴブリン。あいつが、ガドゥの弟だと。

 そういや、スレインのこともそうだし、他の断罪者の親兄弟関係はほとんど知らなかった。


「やっぱ驚いたか。おれも最初はびびったよ。1年前の抗争で、バルゴ・ブルヌスの幹部連中を皆殺しにしてのしあがった片耳が、弟と似過ぎてんだからな」


 当時のことは覚えている。上納金や、みかじめ料のことで、内輪もめが起き、一か月ほどの間、幹部連中の恋人や家族、子供たちに至るまで凄惨な殺し合いとなった。

報復が相次ぎ、ホープレス・ストリートの外でも、一般人を巻き込む爆発や乱射事件がやたらと起こっていた。断罪に次ぐ断罪で、銃を持たない日がほとんど無かった。


 あれでゴブリンの数がかなり減ったんで、ダークエルフや吸血鬼、悪魔が組織の幹部に取り立てられる様になった。

 その結果、バルゴ・ブルヌスは大きく勢力を伸ばし、ホープレス・ストリートの盟主に成り上がり、自衛軍やGSUMとも肩を並べるほどになったのだ。


「……あいつは、おれより頭が良くて、真面目なたちだったよ。バンギアでおれ達ゴブリンの扱いが悪いことに、よく悩んでてよう。それで、バンギア・グラで活躍して手柄を立てれば色々変わると思ってたみたいなんだが」


 バンギアは魔力の変動によって、数万年に一回くらい、今度の様に他の次元の一部を侵食する。それがバンギア・グラと呼ばれる現象だ。

 バンギアに暮らす種族は、普段こそ色々な利害でもって争っているが、バンギア・グラが起こると、入って来た他の次元の土地を協力して征服する。それが連綿と続くこのバンギアのルールだった。


 仲の悪いはずの様々な種族が、一丸になってポート・ノゾミを攻撃してくるわけだ。もっとも、自衛軍の様な恐ろしい連中の手痛い反撃を受けるとは思わなかっただろうが。


「やめとけって言ったんだがな。一族の中で、同調した奴らもついていって、島に居たなら、お前も分かるだろ。銃火器で恐ろしい目に遭うわ、ゴブリンの同族はルールも何もなく略奪やらなんやら。あいつは、行方が分からなくなったし、死んじまったと思ってたんだが」


 ギーマも、紛争で変わったクチか。将軍と同じタイプのやつだな。


「無理かも知れねえけど、おれ、ずっと連絡を取ろうとしてたんだ。甘えと言われるのは承知だが、何とか説得できねえかと思ってな。ギニョルには知らせてあるが、見逃してもらってるよ」


 あいつのことだから、ガドゥとギーマの関係を、何かに利用するつもりだろう。もっとも、ガドゥとてそんなことは把握済みでギーマに接触しているのだ。


 兄弟か。酒場で会ったギーマは、ガドゥに手を下すつもりは無いらしい。俺に連れていけと言ったのは、ガドゥの身を案じての事だろうか。


「……何か知ってんのか、騎士」


「お前ら、仲良かっただろ」


「昔な。でもまあ、おれは一族の落ちこぼれなんだ。部族長達は、バルゴ・ブルヌスの方に期待してる。だからおれが断罪者になんかなれたのさ。フリスベルのやつと、ちょっと似た境遇かもな」


 長老会に逆らえないローエルフだから、断罪者に推されたフリスベル。

ゴブリン達も、種族としては、ポート・ノゾミの秩序より混とんの方を好んでいる。


 あきらめの混じった自嘲的なつぶやきは、聞いていて気持ちいもんじゃない。


「お前はどうしたいんだよ、ガドゥ」


「どうしたい、って」


「ギーマに会って、その先の話さ。お前の事情を先に聞いてたら、俺も説得を考えたかも知れねえけどな」


 板についたギャングぶりを見れば、説得どうこうの問題じゃないのは良く分かる。

 会っちまった以上分かるが、昔がどうだろうと、ギーマは根っからの犯罪者だ。デザート・イーグルを手に、ユエと戦ったあのヴィレと同じ。

断罪か、さもなくば俺達の方が狂喜神の贄となるか。二つに一つしかない。

 残酷な気はするが、うつむくガドゥに向かって続ける。


「……フィクスと俺の事、棚上げにして言っちまうけどよ。お前、分かってるだろう。あいつは説得なんて聞くタマじゃねえ。本気であいつを止めたいなら」


 銃声が俺の言葉を遮った。

 P220や、89式のじゃない。


 スコーピオンだ。隣のテーブルでコップが破裂した。

 屋台村を数席ほど先に行った場所で、銃撃戦をやっている。


 のんきに話してる場合じゃないらしい。

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