2片耳のギーマ

 窓とドアは、AKとスコーピオンを持ったゴブリンが見張っている。

 テーブルで差し向かいになった俺とギーマのグラスに、ダークエルフの女がシャンパンを注いだ。冷えてやがる、もしやと思ったが、きちんとした酒もあったらしい。


「お兄さん。今日は休暇だろ、あんたの男気は見たぜ。断罪者だって気にしねえよ、こんな立派なショットガン振り回して、俺の部下の粗相、止めてくれるつもりだったんだ。バカどもの頭として、ここはおごらせてくれ」


 俺から奪ったM1897、フォアエンドを引いて、シェルキャリーを引き出すギーマ。人間より小柄ながら、なかなか迫力のある男だ。それに、俺の素性は割れてるらしい。


 さてどうすべきか。とりあえず、気を許すわけにはいかない。


「お前が良くても、俺にはできない。この盃は受けられねえ。休暇中でも、バルゴ・ブルヌスの頭からもてなされたとあっちゃ、俺たちの恥だ」


 扉のゴブリンが銃を構える。ダークエルフは俺をにらんだ。

 だが予想通り、ギーマは唇の端を釣り上げる。


「……ほほう、気骨のある兄さんだ。それとも、酒も料理もいつものザベルの店の方が上等だから、手を付けられねえってか」


 あの店の名前を出しやがったか。饗宴の対象にでもされたら、大事だ。

 俺は威嚇を込めてギーマをにらんだ。


「もっと単純だ。お前が注いでなけりゃ、すぐに飲み食いするってだけさ。あのマスターは悪魔だが、悪い奴でもないだろ」


 悪いから悪魔と呼ぶんだろうが、そういう種族名だからな。

 俺を篭絡できないと分かったのか。ギーマは少々興がそがれた様子で目を細めた。


「ふん。ま、そうだろうな。断罪者なんてどうせ、真面目くさった、つまらねえ奴らの寄せ集めだ。じゃあ本題に入ろう。あんたの狙いはなんだね、断罪者、丹沢騎士さん」


 スライドを引いた9ミリ拳銃、P220を突き付けて来るギーマ。

 目つきが、部下を撃ったときと似ている。


「あんた、今日は休暇のはずだよな。わざわざバンギアで何をかぎまわってる。下じゃ、ああ言ったが、俺たちの邪魔をするつもりで来たってんなら、港に浮かべるぜ。何年生きる化け物だろうが、こいつで頭と胸を撃てばこの世からおさらばなんだから」


 本気だな。怜悧な判断と陽気に回る口、まるでメリゴンのギャングだ。

 ゴブリンが暴れるだけの頭の悪い種族なんてのが、バンギアでの共通理解らしいが。信じているのは、レグリムの様に年月で凝り固まった奴らだけに違いない。


「お前らに会ったのは偶然だ。ここに来たのは、俺の個人的な事情のためだ。本当だったらお前らを断罪したいが、この状況じゃ、それは馬鹿のする事だろ。今死んだら、お嬢さんはブチ切れて俺の死体に魔法をかけるだろうぜ」


 多少は悲しんでくれるかも知れないが。勝手な判断をののしり、俺の死体に操身魔法をかけて動かすギニョルの姿が目に浮かぶ。


「つまり、邪魔はしねえんだな。ここじゃ、出会わなかったことにするってか?」


「ああ。命は惜しいんだ。ホープレス・ストリートに乗り込んで、お前らを断罪するときのためにもな」


 俺の言葉が、負け惜しみに聞こえたんだろう。ドアの見張りが吹き出した。

 釣られる様に、窓の見張りも笑いだす。ダークエルフもドレスの裾で口元を覆う。


 響く笑い声の中、ギーマもわずかに唇を曲げる。

 びびってると思ってもらった方がありがたい。チンピラの理論なら、尻尾を巻いた奴への追い打ちは不名誉。これで俺が見逃される見込みが高まる。


 安心しかけたときだった。

 突然、ギーマが銃を掲げた。

 俺の顔の真正面、やはり殺すつもりか。

 銃口が火を吹く瞬間、わずかに狙いがそれた。頬に鋭い痛みが走り、思わず歯を食いしばる。


 笑い声が止んだ。ドアの見張りが、足を撃たれたせいだ。

 窓の見張とダークエルフが、顔を強張らせて俺達を見守っている。


 ギーマが銃を収め、M97を俺に差し出す。

 頬が痛い。さっきの弾がかすったからか。この腕、銃の扱いに慣れてやがる。


「……その頬の傷で、見逃してやるぜ。勇敢な断罪者さん。あんたたちは、狂喜神バルゴに仇をなす、秩序の維持者。饗宴の対象だ。今殺したんじゃ、バルゴは喜ばねえ」


 この場を生き残ろうとした、俺の意図を見抜いた。そのうえで、俺を逃がして饗宴の贄にすると宣言してやがる。


 一刻も早く、こんな場所はおさらばしてしまいたい。

 俺はM97をケースに収め、立ち上がる。


 ちとしゃくなので、捨て台詞でも吐いとくか。


「そいつは、ありがたいな。ついでに、少しばかり大人しくしててくれれば、言う事はないんだがな」


 むっとしたのか、ダークエルフが杖を掲げる。それを手で制すると、ギーマが立ち上がった。おもむろにネクタイを外すと、スーツの胸元をはだける。


 何をするのかと思ったら、その胴体には、びっしりと真っ赤な入れ墨がある。

 泣き叫ぶ人を食らう、ぎょろぎょろした目の赤い鬼。地獄絵図というにふさわしい、凄惨な光景が、ギーマの上半身全体に彫り込まれている。

 こいつは、血の饗宴の証の入れ墨。それも、一回分どころじゃない。


「紛争が始まったときに彫り始めた。七年経つが、何度饗宴に出ても、バルゴは俺の魂を求めたことがない。己惚れるんじゃねえぞ、丹沢騎士。いつでも殺せる。お前とうちの恥さらしじゃ、饗宴の皿の数が足りないだけさ」


 ダークエルフが膝を突き、うっとりとした表情で、ギーマの腕に絡みついた。

 恐怖と尊敬の混じった目で、ゴブリン達がギーマを見つめる。


 完敗、か。


 片耳のギーマ。あのホープレス・ストリートをまとめ切っているだけはある。

 そして、こいつの危険性。休暇を偽った単独捜査を叱責されても、ギニョルに伝えておく意義はあるだろう。


 黙って出て行くしかない俺に、ギーマが叫んだ。


「兄さん、島に帰るなら、うちの馬鹿を連れてってくれや。俺達の誰も望まねえことばっか言って、ぴいぴいうっせえんだよ。あの悪魔には、部下の能力は認めるが、首輪をもうちょいきつくしろって言っといてくれ」


 ベッドに座った入れ墨だらけの筋肉質な体に、すっかりスイッチの入ったダークエルフがすがりつく。興奮した様子で、ドレスを脱ぎながら、破れた片耳を甘噛みし始めた。


 ゴブリンの寿命は人間と同じだ。800年の寿命を持つダークエルフからすれば、取るに足りない存在に過ぎないはずだが、心底惚れているらしい。

ギーマは、それほどの器がある男だ。


 バルゴ・ブルヌスは、力押しのやりやすい奴らだと思ったが。

 あんなのが、頭だったとは。俺はため息を吐くと、店を出た。


 夜明け前の便で来たせいで、まだ日も高いってのに。

 これからどうしようかと思案していると、大笑いの声と共に、後にした酒場からゴブリンが一人放り出されてきた。


「ちきしょう、諦めねえからな! お前ら後悔するぜ、信仰だろうが何だろうが、やってることは、暴れてるだけなんだから」


 いつものジャケットに腰のAKと革のバッグ。ギーマやバルゴ・ブルヌスのゴブリンを見た後じゃ、ずいぶん親しめる穏やかな目とでかい口。


 出て来たのは断罪者のガドゥ。しかも今日は勤務中のはずだ。


「お前、こんなところで何やってんだ。仕事はどうしたんだよ?」


「げ、騎士か。……いや、お前こそ何やってんだよ。休暇だっつってたろ、なんで大陸になんか居るんだ」


 お互いにとって、予期せぬ再会過ぎたらしい。普段あんまり怒ったりしないガドゥが、珍しくとげとげしい。

 俺も売り言葉に買い言葉になっちまった。


「休暇にどこに行こうと勝手だろ。それより、お前一体こんな酒場に何の用があるんだ。まさか、バルゴ・ブルヌスの奴らと」


 そう言ったとたん、ガドゥが一気に興奮した。


「馬鹿にするんじゃねえよ! お前もゴブリンがみんな、ギーマの奴みたいな暴れ者だって思ってるのか!」


 言い合う前に腹が鳴った。そういやすっかり日が高い。朝食もろくに食べてねえ。

 俺もガドゥも、剣呑な雰囲気を、空腹に持っていかれてしまった。


「……やめだ。事情は食ってからにしよう。確かに、休暇を楽しむなら、三呂まで出るよ。ここには別の用事で来た」


 話してしまうほか、無いだろう。そのかわり。目でうながすと、ガドゥもうなずいた。


「分かったよ。俺の事情も話すぜ、ギニョルには言ってあるしな」


 普段の空気が戻って来た。つまり仕事の雰囲気なのだが、もうこれでいい。


「ついて来いよ。お前バンギアは不慣れだろ。マシなもんが食える店、案内するぜ」


 ガドゥの案内で、俺は酒場を離れた。港近くにある、屋台村を目指した。

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