8甲板の宴


 甲板上に設営された木製のステージ。ダークエルフのバンドが演奏を行っている。


 スネアドラムが軽快にシャッフルビートを叩き、置かれたアンプにはシールドがつながり、その先にはテレキャスター。ダークエルフの女の手で、張り詰めた弦が金属質のリフを響かせる。

 ハープならぬウッドベースを弾くダークエルフの男、汚れた白いピアノの鍵盤を叩く同じダークエルフの女。


 ステージの中心では、この船の大母であるブロズワルが、両肩の出た細いドレス姿でスケルトンマイクに向かい、ブギーナンバーを歌っている。

 最初に顔を合わせたときは、歴戦の女戦士って感じだったが。アイシャドーにチークやマスカラで化粧を施してしまうと立派な歌姫。目鼻立ちがくっきりしているので、ライトの下でもよく目立つ。なかなかに、出るところも出ているし。


 ステージ上のスピーカーには、ミキサーがつながれていて、驚いたことにヘッドホンをつけて音響をやってるダークエルフまで居た。耳が飛び出してるのはご愛敬だ。


 アグロスとバンギアが接触して七年。ここまで完全にアグロスの音楽を身に着けているとは。キーやらコードも使いこなしている。肝心の電力も、どうやらこの船の地下に燃料型の発電機があるらしい。


「楽しけりゃ気にしない、か」


 つぶやくと、俺は木製グラスのエールを傾けた。ダークエルフってのは、本当に柔軟な奴らだ。電化製品や金属製品ひとつひとつに、魔力アレルギーみたいなことを言ってる、ハイエルフ達とは違うのだろう。いや、フリスベルを見てると、深刻なことなのは分かるが。


 甲板の頭上は夜空に抜けている。月の無い星空をアンプとスピーカーの爆音が貫き、船体にしつらえられた色とりどりのライトが点滅、演奏を彩る。


 甲板上はライブハウスさながら、木のジョッキや缶のアルコールを手に、ダークエルフも人間も、人いきれをつくって、踊り回っている。


 一応、プラスチックのテーブルや椅子はあるが、誰も座ったりなんかしてない。


 まるで、三呂のライブハウスの雰囲気そのものだ。

 思えば中学の頃、隣に下宿していた短大生の姉ちゃんに連れられて行ったのが、音楽を始めるきっかけだった。


 それからは、プロを目指すとかいうよりは、ただ楽しくて、バンドに夢中になっていたのを覚えてる。あのときの奴らも、祐樹先輩を除いては行方が知れない。無事アグロスへ逃げおおせていればいいが。


 ビールを一口やり、自分の恰好を確かめてみる。

 背中にケース入りのショットガン、腰のガンベルトには散弾が連なり、右端にぶらさがるのは魔錠。


 今の俺は、ノゾミの断罪者だ。あの頃とはなにもかもが違う。


「騎士、騎士! どうしたんだよ、お前こういうのが好きだったんだろ!」


 テンションの上がり切ったガドゥが、人いきれから俺の前に出た。

 ダークエルフや人間と交じって踊れるのが楽しくてたまらないのだろう。


 ガドゥは俺の向かいのテーブルに座り、汗だくの喉に缶ビールを流し込んだ。


「いや、なんとなく避けてたけど、アグロスにも面白え音楽があるもんだなあ。今やってる曲はどういうんだ?」


「こいつはカバーだな。ローンウルフっていう、昔のメリゴンのバンドがやってた曲だよ」


 ロカビリーっていうのか、こういう感じのアップテンポで退廃的な歌詞の曲をやりまくり、一瞬だけ時代を作った。三呂の大きなCDショップで探せば、ベストアルバムの一つもあるかも知れない。


 ボーカルでギターの男がソロでも結構有名だった気がするが。ブロズワルのハスキーで色気のあるしぐさと歌い方も、なかなか負けてない。


 リフは2、3種類。シンプルなリズムでがんがんやって、さっと終わるのがこのバンドの曲の特徴。話している間に、演奏が終了する。


「あれ、もうお開きか?」


「違うよ。へえ……こっちもやるんだなあ」


 ローンウルフの有名な曲はもうひとつ。長い髪を揺らしながら、ブロズワルがスケルトンマイクに顔を近づけ、艶やかな声を響かせる。ダークエルフの女の手の中。つま弾かれた弦が震え、細い指がネックを抑え込み、音を色っぽくねじ曲げる。


 ギターのダークエルフと、ウッドベースのダークエルフがコーラスを入れる。間奏が始まると、ブロズワルがハーモニカを取り出し、照明のトーンも薄暗く変わった。


 速さとノリで突っ走る曲が全てかと思えば、こういう変化もこなす。この器用さを支えていたのが、ローンウルフのボーカルだった。ここまでコピーしてるとは、あっぱれだ。


「お、おい、なんか雰囲気が違ってきたんじゃねえか」


 スローダウンした曲に合わせるように、今までめちゃくちゃに踊っていたダークエルフや人間達が、しっとりとした踊り方に変わっていく。


 ダークエルフ達は、腰に手を回したり、お互いの髪や尖った耳をなで合ったり、良い雰囲気になってきている。


「……どうしようかね、誰か誘うか」


 おどおどと、あたりを見回すガドゥ。だがあては無いらしい。


 流煌が、ライブハウスに来てくれたこともあった気がする。


 ライブが終わって、夢中で話していたら、ポート・レールも運行しない時間になり、学校からにらまれないよう、恐る恐る夜中の三呂大橋を二人で歩いて渡った。


 こんなふうに、汗だくになって踊っていたこともあったのかも知れない。


 今は、そんなことも叶わない。

 残りのビールを飲み干し、ガドゥに、座るようにうながそうと思ったが。


「あ、いたいた。ね、行こうよ!」


 笑顔でガドゥに手を差し出した、ニヴィアノ。

 ガドゥはきょろきょろと周りを見回し、おそるおそる顔を上げる。


「え、おい、良いのかおれなんか」


「平気平気。お兄さん、ガドゥ借りてくね」


 人間やダークエルフと比べると、細く節くれだったガドゥの手。ニヴィは少しも気にせず、ぎゅっと握って観客席へ進む。


「……せいぜい引っ張りまわしてやれ。俺は飲んでるよ」


 グラスのビールをあおる。そう酒には強くないが、飲みなれてないわけでもない。

 変わった事でもない限り、酩酊しないよう、加減ができる。


 ガドゥはめちゃくちゃ意識しているが、ニヴィは容赦なく小さな肩を抱く。


 まさか本気なんだろうか。まあ、ゴブリンへの偏見はないみたいだが。

 そのときは、ガドゥの奴どうするつもりだろうか。最近はあのスレインの娘、ドロテア目当てに、朱里のガンショップに通い詰めてるってのに。


 ま、俺が心配することじゃないか。

 人恋しくなるから、楽しい奴らは見ないようにしよう。

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