5分割捜査
俺とクレールはバイクに飛び乗り、すぐにボートを追ったが、式場はポート・ノゾミの南にできたポート・キャンプの端だった。ボートは南へ逃げたから、バイクで追ってもすぐに南端に達した。岩壁で見守るうちに、ボートは豆粒より小さくなり、クレールの目でも追えなくなった。
方角と大体の位置を伝えて、スレインとフリスベルに追跡を頼んだが、距離が離れすぎており、どの島に隠れたかも分からない。
ギニョルはあらゆる手を打った。ドラゴンピープルの議員団に連絡を取ったし、自衛軍にまでヘリの使用を打診した。こちらは整備中で使えなかった。
明け方近くになって、ようやくドラゴンピープル達が現れ、七人で可能性のありそうな島の捜索を行ったが、ボートは発見できなかった。
普段ならば、海図上の島を全て捜索するところだ。しかし、報国ノ防人からの爆破予告が来ている以上、断罪者の大多数が、長時間島を空けるわけにはいかなかった。
日が昇って数時間、午前八時に、ギニョルが一旦捜索の打ち切りを命令した。
何の成果も得られないまま、俺達は警察署へと戻ってきてしまった。
現場検証に出た、ユエとスレインを除いた五人が、オフィスの机に座ったままにらみあっていた。すなわち、ギニョル、俺、クレール、フリスベル、ガドゥだ。
このうち、フリスベルとガドゥは現場を見ておらず、犯行の態様もまだよく把握していない。だが、俺と、使い魔を通して惨劇を見たギニョル、そして、同族を目の前で殺されたクレールは、穏やかではいられなかった。
「……ギニョル、スレインとユエはまだなのか?」
鋭い目が、ギニョルにぶつかる。性別を間違うほど美しいクレールだが、紅い瞳に憎悪を燃やすと、人間離れした迫力が出る。
「簡単に検証は終わらぬ。銀の弾頭を見つけねばなるまい」
ギニョルはといえば、それを流してはいるが、自分の不甲斐なさにいら立っている。乱暴なてぐしで、髪の毛を乱した。
しばらく気まずい沈黙が流れる。クレールが突然立ち上がった。
「やはり島に」
「よせ。防人の連中の思うつぼじゃ」
ギニョルににらまれ、クレールが動きを止めた。
視線を外すと、机を見つめて、歯を食いしばる。真っ白な顔が、さらに蒼白に色を失っていく。唇から覗いた犬歯が、ぎりぎりと音がしそうなほど震えている。
クレールが胸元に手を入れた。出てきたのは、和紙の束。
どん、と音がして、フリスベルとガドゥがひっと呻いた。
部屋中に向かって、クレールが怒りを剥きだす。
「……ならどうすればいいというんだ! 幸福な新郎新婦を目の前で殺され、こんなふざけた手紙を贈られて、ヘイトリッド家の当主であるこの僕に、動くなというのか!」
誰も、答えられなかった。
証拠品でなければ、間違いなく引き裂いていただろう。
和紙には、日ノ本の言葉で走り書きがしてある。
『大切なものを奪われる苦しみは分かりましたか?
銀の報復は爆破まで続きます。
どうぞ、震えて眠ってください』
この手紙は、俺達が戻ったときに、警察署に置かれていた。
狙撃犯とは別の連中が、俺達が出払ったのを確認して置いて行ったのだろう。
クレールが感情を昂らせる。握りつぶすほどに手紙をつかむと、部屋中に叫ぶ。
「僕と、僕の家族は、紛争中も自衛軍であろうと正式な捕虜として扱った! 兵士とは戦士だ。尊敬すべき存在だ。不要に村を焼いたり、民を虐殺したものはともかく、まともに戦った兵士たちは、ただの一兵だって、僕の知る限り不当に扱った覚えはない。父様は死んだが、それがアグロスの戦いの流儀だった。そのことの復讐はできない!」
だから、断罪者として追うことにしたのか。
ただ黙って見守る俺達に、感情を剥きだすのが無駄だと思ったのか。
クレールはうつむいた。涙は流さなかったが、顔を覆うように手を当て、つぶやいた。
「……ルトランドが、生気を失ってしまったんだ。あんなに優しい爺やから、娘と息子を奪って、何がしたいっていうんだ。爺やには穏やかに暮らしていて欲しかったんだ」
最愛の娘と、希望を託した義理の息子を目の前で殺され、吸血鬼の老人は言葉を失ってしまった。
その悲しみが乗り移ったかのように、クレールの秀麗な顔が悲嘆に覆われる。結婚式の祝辞を快諾したことからも分かるが、こいつにとってルトランドはかなり大きな支えだったのだろう。
ギニョルが立ち上がった。クレールの傍に来ると、細い肩をそっと抱く。
「クレール。そう思い詰めるな」
背中から包み込む豊満な身体。震える手に重なる、ギニョルの細い手。乱れた髪の毛を指先でさらさらとくしけずる。
「怒りと悲しみは大切な原動力になる。この事件はお前に任せよう」
「ギニョル……ありがとう」
落ち着いた様子のクレール。軽いセクハラですぐどついてくるギニョルから、ああも優しく扱われるのは少しうらやましいが、まあ許してやるか。
「……なら、その、体を放してもらえるとありがたいな。すぐにでも捜索に出たい」
ギニョルがくすくすと微笑みながら、クレールの小さい体から手を引いた。柔らかい紫のローブの裾が、軽く鼻をくすぐって、むずがゆそうに顔をしかめるクレール。
そのまま出て行こうとするが、ギニョルは引き留めた。
「待て待て。足と押さえが必要じゃろう。騎士、共に行け」
「俺かよ」
よりにもよって俺か。確かに、一人じゃ荷が重い相手だとは思うが。
「お主はクレールの気持ちを思いやり過ぎんからの。見えぬことが見えるやも知れぬ」
「いや、っても、蝕心魔法使ったら嘘も何ももろばれだぜ。油断もしないだろうし」
「二度言わせるな。だからこそ、お前を付ける。よいな、クレールよ」
さっきの抱擁で毒気が抜かれたらしい。クレールは大人しく俺に向かって頭を下げた。
「……よろしく頼む、下僕半」
こう下手に出られると、嫌味ひとつ返せない。甘いもんだ。
「けっ、分かったよ。鉄の馬だぜ?」
「いいよ。足は必要だ。連中と戦うのに、馬車じゃ話にならないからな」
あのジープとやり合うことになるのだろうか。相手は自衛軍並みの装備と考えたほうがいい。弾薬はたっぷり持っていかなければ。
「では行け。魔法の行使、捜査の方針は任せる。わしらは爆破犯の線から探る」
予告側に五人、狙撃手に俺達二人。
当初の予定から少々それたが、連中との戦いを続けることとなった。
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