4あざ笑う凶弾


 使い魔で連絡を取ると、ギニョルはあっさり結婚式への参加を許可してくれた。

 多少口添えしようかと思った俺は、肩透かしを食ってしまった。


 というのも、俺達以外の断罪者も、かんばしい結果を得られなかったらしいのだ。

 ノイキンドゥに向かったギニョル達も、無人島を見て回るスレイン達も、めぼしい情報は得られていない。


 大体、連中はほんの数時間前、俺達の鼻先で吸血鬼を爆破した。警戒が厳しくなっていることは百も承知だろうし、今迂闊に動けば、断罪者に発見されることも知っているに違いない。簡単に尻尾を出すはずがないのだ。


 もっとも、警戒は必要だ。ノイキンドゥを狙い、吸血鬼を爆破したことから、連中が悪魔や吸血鬼を種族的に狙っている可能性もある。名士の集まる結婚式が標的になることも考えられる。


 そういうわけで、俺とクレールは、結婚式の会場へやってきた。時刻は午前零時過ぎ、吸血鬼が最も活動的な時間帯だ。

 本来は祝辞だけを寄せる予定だったが、ヘイトリッド家の当主として受付で注目されたクレールは、強引にも参列者に加えられてしまった。


『久しぶりじゃな、他人の結婚式など』


 コートを着た俺の肩で、とんぼの使い魔が紫色に複眼を光らせる。オニヤンマの二倍ぐらいあるから、なかなかグロい。

 小さな声だったが、俺の隣でクレールが声を潜めた。


「ギニョル、静かにしてくれ。音ではなく、魔力のざわつきが引っ掛かる」


 吸血鬼らしい言い方だった。しかしなるほど、式はいよいよ盛り上がっている。


 闇夜と同じほど黒く塗られたチャペルの中。月明りが窓を通して薄暗く差し込む下で、黒ずくめの参列者は俺とクレールを筆頭に、五十人ほど浮かび上がっている。長いベンチのような席に、一列十人、それが五列だ。


 どいつもこいつも真っ赤な目をした吸血鬼か、その下僕しかいない。真っ黒なタキシードの男か、繊細なレースでかざった黒いドレスにヴェールの女ばかり。


 短調というのだろうか、明らかにマイナーコードの葬送曲みたいなものを、オルガンに座る吸血鬼が奏でている。背の高いアグロス人の下僕たちが、ベレー帽に黒のボレロで陰気に歌う。


 正気ならば気が狂いそうだが、これが連中流の祝福なのだろう。

 逆十字のロザリオを握った牧師らしいが吸血鬼が、月明かりを背に新郎新婦に問いかける。


「新郎、ジドー・エル・ジャフロン。夜の神と名誉あるジャフロンの名において、新婦リィン・イオ・ヘイトリッドを永久に愛することを誓うか」


 ジドーと呼ばれた男の吸血鬼は、リィンと呼ばれた女の吸血鬼の手をしっかりと握り、牧師を見つめ返した。


「我が誓いを、夜の神とジャフロンの先祖に捧げます」


 決まり文句なのだろうが、凛々しく力強かった。上背もあり、肩幅もたくましい。クレールから聞いたが、300歳ちょっとの美丈夫ってやつだ。


「よろしい。新婦、リィン・イオ・ヘイトリッド。汝の夫を永久に愛することを誓うか」


 牧師に尋ねられたリィンは、目を大きく見開き、辺りを見回して何か言いかけた。ところが、それ以上言葉にならず、黒いレースの手袋を口元に当て、泣き崩れていく。


 幸せ過ぎて、感極まってしまったのだろう。

 参列者にもらい泣きが広がる。


 クレールによると、リィンは父親のルトランドともども、家格のない低い身分だったという。

 父親であるルトランドと共に、ヘイトリッド家に百年奉仕したことにより、ヘイトリッド家の名を与えられ、この度のジドーとの結婚となった。


 吸血鬼に伝わる正統な方法で、身分の差を必死に埋めて、ようやくつかんだ幸せなのだ。

 見回すと、ルトランドもハンカチで目元をぬぐっている。


「……辛気くさいが、悪くない趣向だ」


 クレールが涙を隠すように、何度かうなずく。

 壇上では、ジドーに支えられ、リィンがようやく小さな声を出した。


「誓い、ます。必ず、夜の神と、ヘイトリッドの名を汚さぬよう……ジドー様をお支えいたします」


 月明りに、小さな涙が鈍く光る。牧師がうなずいた。


「では、誓いの血を交わしなさい」


 牧師の言葉に、二人が見つめ合う。赤いステンドグラスが、妖しくねじ曲げた薄明りの中、一気に互いの首筋を目指した。


 互いの首に、互いの犬歯が食い込む。

 ジドーの手に力が込められている。リィンも精一杯広い肩を握りしめる。衣擦れの音がここまで聞こえてきそうなほど、互いに強く抱き合いながら血をすすり合っている。


 二人が同時に首を放した。唇に着いた鮮血を舐め取り、紅い瞳でぼんやりとお互いを見つめ合う。


 凄艶な儀式だった。首筋から血を吸い、同時に相手を下僕化するチャームは、同族には効かない。だが吸血鬼の結婚の儀式では、参列者の前で、あえてお互いの血をすすって愛情を確かめる。


 夫婦となる二人は、それぞれに互いをけっして裏切らぬ下僕となる。吸血はその決意の儀式なのだ。吸血鬼って奴は、つくづく耽美で恥ずかしい種族だ。


 誓いの儀が終わり、参列者は二人を新婚の寝屋へ送り出す。

 チャペルを出た俺たちは、建物の前に並んだ。


 眼前には穏やかな海が広がる。それもそのはずで、ここはポート・キャンプの西のはずれ、エルフ達の保養地となっていたラベール三呂だ。


 流煌と戦ったときと違い、今日は吸血鬼の貸し切りで、周囲の植物もダークランドのものになっている。商売上手なハイエルフが、現象魔法で植え替えたのだろう。


 チャペルの鐘が、高らかに不協和音を鳴らす。扉が空き、出てきたローエルフの下僕が、白黒のじゅうたんを敷き広げていく。


 下僕に続いて、夫婦となった二人が姿を現す。


 ジドーは黒いタキシード、決意に満ちた顔で、リィンの腕を取っている。

 リィンは黒いドレスにヴェール。手元には、ジギタリスのブーケを持ち、涙をこらえてジドーに従う。


 俺達の手元には、ローエルフ達から花びらが配られた。黒い薔薇、なるほど不吉さがちょうどいい。


 じゅうたんは寝屋へと続く。二人が未来に向かって一歩を踏み出し、見守る俺達は花びらを巻き上げて祝福する。


 そんな、最も幸福な瞬間は、一瞬にして切り裂かれた。


 海から聞こえた銃声と共に、ジギタリスのブーケが弾け飛んだ。

 リィンの顔から表情が消え、腹を押さえて前のめりに崩れる。ドレスの腹が血に染まっている。


 あの位置なら、即死は免れているはずだ。エルフの下僕も居る。回復術をと叫ぼうと思ったが、全ては遅かった。


 顔を上げたリィンの髪が、灰となって白く崩れていく。傷口の周囲は、すでに足元の砂浜と区別が付かない。


 吸血鬼最大の弱点、銀の弾丸による狙撃だった。崩壊が止められない。


 クレールが言葉も発さず、M1ライフルを構えてしゃがむ。はるか遠くの海上に、モーターボートが一つ浮かんでいる。あそこから、なのか。


「リィン、リィン! リィイイイイン!」


 ジドーの悲痛な慟哭が響く。場違いに穏やかな風が、崩れていくリィンの体を吹き飛ばした瞬間。


 再び銃声が響いた。

 海からひとつ、クレールから五つ。


 結果は、最悪だった。

 モーターボートは水平線に向かって逃げていく。

 クレールが外したかどうかは分からないが、致命傷ではなかったのだ。


 ジドーの悲鳴が消えている。たくましい胸元に、銀の弾丸を受けていた。

 心臓を貫かれたのだろう。即座に全身が灰となり、リィンと入り混じってしまった。


 ルトランドがよたよたと歩み出て、二人だった灰の中にうずくまる。

 すでに砂浜と区別が付かない灰をつかみあげ、言葉もなく両手を握りしめる。


 事態の意味が、理解できていないのだ。

 この老人が望んだ幸福の全てが、一瞬にして壊されたのだ。


『……騎士、何をしておる! バイクを使え、スレインを呼ぶ、わしらもすぐ行く、絶対に逃がすな!』


 ギニョルの叫びは空しく響く中、俺は表のバイクへと急いだ。


 追跡は実らなかった。

 俺達は、モーターボートを取り逃がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る