3家令ルトランド

 ハイエースのギニョル達は、ノイキンドゥに向かった。キズアトやマロホシがやってること自体は、悪鬼羅刹と言われても当然だ。しかし、俺達は断罪者として島全体を守る必要がある。もちろん、ノイキンドゥだって島の一部であり、今回に限っては、利害が一致するのだ。


 警戒を促しておくのはもちろん、あまり使いたくないが、連中の情報網に何かが引っかかっているかも知れない。ユエとギニョルが居れば、おいそれと手を出されることもないだろう。


 空を行くフリスベルとスレインは、周辺の島を見回りだ。ポート・ノゾミが転移した海域には無数の無人島があり、俺達の目も簡単には行き届かない。協力者から足がつく可能性のあるポート・ノゾミの島内よりも、周囲の無人島を選ぶ可能性はある。


 そして、最後の俺達はといえば、クレールの屋敷へとやってきた。被害者である吸血鬼から、連中につながる線をたどるためだ。


 ポート・キャンプの船着場から三十分。黒々とした葉を茂らせた、常緑樹の森がしげる陰気な無人島だ。


 三日月がこうこうと照らす芝生。真っ黒なパラソルの下には、墨を塗ったような丸テーブルがある。薔薇や野苺を象った繊細な彫刻が成された椅子に、俺達は腰かけていた。


 すなわち俺と、クレールと、ヘイトリッド家の使用人をまとめる家令の吸血鬼だ。


「……間違いありませんな。あの吸血鬼は、ジャフロンの所の家令の息子でした」


 パイプを吹かしながら、沈痛な面持ちをした男の吸血鬼。珍しい事に、白いひげをたくわえている。老化が体に出るということは、こいつもまた、800年の寿命が近いのだろう。種族は違うが、ハイエルフの老人、レグリムと同じだ。


 もっとも、この男はレグリムと違って、吸血鬼には珍しく柔和な雰囲気で満たされている。年のせいなのだろうか。こんなに穏やかな吸血鬼がいるとは思わなかった。


「坊ちゃんが断罪者となられてから、社交界に出た若者ですので、お顔をご存じないのは当然かと思います。200歳少しの、向こう見ずな野心家でした。ダークランドを飛び出したきり、どこへ行ったかと思っていたのですが、まさかあのようなことに……」


 ルトランドと名乗った吸血鬼の言葉が途切れる。むごい死に方だった。大切なものを奪うからといって、吸血鬼が血も涙も流さないわけじゃない。


 流煌を奪われた俺にとっては、ややこしいことだが、な。


 クレールが手を伸ばし、肩を落としたルトランドにそっと触れる。祖父を気遣う孫のように見える。


「ルトランド、僕の力が及ばないせいだ。父様の残した領地を留守にしてまで、断罪者として戦っているのに、悪辣な連中を一向に減らせていない」


「いいえ。坊ちゃんは精一杯、励んでおられます」


 ちょっといらいらしてきた。俺は家族団らんを見に来たわけじゃないのだ。

 用意された灰皿で煙草をもみ消すと、少し声を大きくしてみる。


「……で、その吸血鬼は、誰かに恨みを買うとか、大陸の自衛軍とコネがあるとか、そういう事情は無かったのか?」


 俺がそう口にした途端、茶を入れるべく控えていた、ハイエルフのメイドたちから冷たい視線が降りる。執事たちが差された腰の剣に手をかけ、無礼者を斬り殺してよいかクレールに目で尋ねている。


 クレールがため息をつき、答えた。


「よすんだ。この男はキズアトに大切なものを奪われた」


 執事が剣をおろし、メイドたちの視線が俺から外れる。憐みに近い雰囲気だ。


 大切なものを奪われた、それだけで全てを察するほどに、こいつらにとってチャームは当たり前のことなのだろう。クレールは俺を気遣ったのだろうが、犠牲者扱いは願い下げだ。

 どのみち、下僕半である俺の質問になど、答えてはもらえないのだろう。俺はだんまりを決め込んだ。思った以上に、流煌のことは俺にダメージを与えている。


 黒地に金で豪奢に飾り付けられたティーセットに、下僕化したハイエルフらしきメイドが茶を注いでくれた。蠱惑的な雰囲気をたたえた瞳は、フィクスとなった流煌と同じ赤。いい気分はしないが、義務的に微笑み返しておいた。


 ダークランドの茶葉で入れた、真っ黒な紅茶をすすり、周囲を見回す。屋敷は思った以上にでかい。警察署と張るか、もう少し上だろう。下僕と吸血鬼で構成された、使用人やメイド、コックや馬の世話係、島内の管理人などで合計七十名の大所帯だそうだ。今ここに並んでいるのはその数分の一か。さすがにクレール、なかなかの御曹司っぷりだ。


 ルトランドが話を始める。


「我らの地に巣食った、自衛軍の者どもが、この島への道のりを手配している様なのです。かのヘリとかいう鉄の鳥や、ジープという鉄の馬を使わせるということで、ゲーツタウンまでかなり短い日程で安全に到着できると。嘆かわしいことに、近頃は同胞たちの中にも利用する者が出ておりまして……」


「それを使って、やられたんだな」


「アグロスでもよくあるぜ、移民とか不法入国のあっせんで騙して金をとった上に売り飛ばすんだ。旅の最中ってのはやりやすいからな」


 古典的だが効果的な手だ。アグロスでも、不法入国者のあっせんをやるマフィアは結構居るらしい。そういや、オークションで売られてた中にも、誘拐された連中が混じってた。


「ルトランド、ほかに何かないか。どんなことでもいい」


「いえ。個人的なことで申し訳ありませんが、アグロスや島に憧れるような者とは、使用人一同、あまり交わっておりませんので。あやつらは我々の培った高潔な精神に理解を示すこともありません……」


 ルトランドの柔和な目が、妖しく光る。憎悪を剥き出した吸血鬼の瞳だ。


「本当に情けない。悠久の歴史を持つ吸血鬼が、この体たらくとは。この島ではキズアトなどと呼ばれる、かの下賤なミーナス・スワンプに憧れる者も出る始末です。名を上げるには、我が主ライアル・ビー・ボルン・フォン・ヘイトリッド様のような高貴な方に地道に御奉公するほかないというのに。このようなことで、我ら吸血鬼は一体どうなってしまうのやら」


 こいつもレグリムと同じなのか。ここ七年のバンギアの急激な変化というのは、吸血鬼、エルフ、悪魔のような長寿を生きる種族にとって相当の苦痛なのだろう。

 これじゃあ、まともに話が聞けそうにない。これ以上の情報も出ないか。クレールは俺に目配せをすると、調子を合わせた。


「ルトランド、お前の言うことはもっともだ。アグロス人が、決闘の作法を無視して父様を殺してから、全てが変わった。僕もあの狙撃手だけは許しておかない。島に居るなら、見つけ出して法の裁きを受けさせる」


 クレールが断罪者になった理由。尊敬すべき父親と、まともに戦いもせず狙撃で射殺した自衛軍のスナイパー。


 ルトランドは同調するかと思ったが、クレールをたしなめにかかった。


「……ああ、いえ、これはくだらぬ憎悪に坊ちゃまを巻き込んでしまいました。坊ちゃまは断罪者です。個人的な恨みで行動しては、法の守護者としての資質も問われましょう。それに今防ぐべきは、島の爆破ではないでしょうか」


 ルトランドが冷静なのは、年の功ってやつか。レグリムのようにやけくそになっているわけでもないらしい。


「そうだったな。ほかに何か情報はないか。何か知っている者は?」


 クレールがたずねたが、ルトランドを始め、この場に居るメイドや執事たちには分からないようだ。恐らく、吸血鬼の中でも家格の低い奴だったのだろう。


 これ以上情報はない。無駄足に近かったか。

 クレールが立ち上がった。


「手間を取らせたな。しばらくは帰れないけれど、留守を頼むよ」


 主人たるクレールに、メイド、執事以下その場の全員が声を合わせて頭をさげた。


 いってらっしゃいませの声に送り出されて、俺達は船着場へと向かおうとしたが、顔を上げたルトランドが声をかけた。


「坊ちゃま、もうしわけございませんが、ひとつだけ」


「なんだ?」


「ポート・キャンプの宿泊施設で今夜、私の娘が、ジャフロン家の当主と結婚いたします。ヘイトリッド家の当主として一言でも、お祝いをいただければ……」


 当日に頼むとは、作法がなってない。あるいは、ルトランドには強い遠慮があったのかも知れない。

 だがクレールは、ぱあっと喜色をみなぎらせる。駆け寄ると、背中を丸めたるとランドの腕を取った。


「それはめでたいことじゃないか! ギニョルに確かめてみるよ。無理なら手紙の一つもしたためておく。バルゴ・ブルヌスの件といい、ここ数か月は忙しかったからなあ。社交の用がおろそかになってしまって」


「いいえ。このように急なお願いに応じていただき、本当にありがとうございます。ありがとう、ございます……」


 皺の目立つルトランドの手が、クレールの手を包み込む。そこまでと思うほど、何度も何度も、丁寧に礼をしていた。


 本当に、吸血鬼というやつは、チャームを使って下僕を作りながら、同族の娘を想う気持ちもある。

 まあいい。ギニョルが渋るなら、ちょっとばかし俺も説得してやろうか。ほんの数分だけのことだ。

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