2捜査開始


 会議室は重苦しい雰囲気だった。吸血鬼が爆弾で吹き飛ばされ、あわや多数の者が命を落とすかという事件の深刻さにもよるのだが、一番の問題は別の所にある。


 スレインが伸ばした首の先で、目を細めている。ユエは首をひねっており、フリスベルはため息を吐く。クレールは苛立たしげにため息をつき、ギニョルは目を細め、ガドゥはあいまいにほほ笑んでいるばかりだ。


 全員の目の前にあるのは予告状のコピー。日ノ本の文字ではあるが、特殊だった。

 擬古文と呼ばれる、現代語と昔の言葉が混じった様な調子で書かれているのだ。


 なかなかに刺激的な文面なのだが、現在の日ノ本で使われていない書き方のせいで、誰も満足に読み解けないらしい。


「いいか、読み上げてみるぜ」


 俺がホワイトボードの前に立つのは珍しい。全員の視線が集中する中、予告状を手に持って文面を見てみる。腹の立つ達筆、誰か書道をかじった奴が居るのだろう。日ノ本の文化に造詣が深いことだ。


『我々異世界ニテ日ノ本ヲ守護シ血ヲ流サント欲スル滅私奉公ノ徒ナリ

 七年ノ昔ヨリ奇怪ナル異世界人我ガ日ノ本国ノ民ヲ虐ゲル島在ル

 之太陽ノ西ヨリ昇ルガ如キ大ナル錯誤甚ダシ

 然シテ我々カノ島ノ汚辱爽快ナル爆破ニテ洗濯シタク候

 “ノイキンドゥ”ナル口ニ出スモオゾマシキ悪鬼羅刹ノ巣窟標的トス


 醜悪ナル政治的妥協ノモト異世界人混和シタ鵺共些カモ恐レルニ足ラズ


 一週ノ内ニ必ズ浄化ノ閃光有ルベシ

 鬼畜異形討滅シ神州秩序普ク地平ニ満ツ

 之バンギア人真ニ望ムル所ナランヤ

                   神州守護団 報国ノ防人』


 多分読み違えはなかっただろう。しかしながら、全員ぴんと来ていない様子だ。

 ガドゥが手を上げた。


「おい騎士。まず、何言ってんだよ、こいつら」


「腹が立つってレベルじゃないことが書いてあるぜ。この島の存在は完全な間違いだから爆破して洗濯するんだとよ」


「間違いだと! おれたちなりにまとまって、何とかやってこうってのに、暴れるだけの奴らが何を言ってやがるんだ! 爆破して人を殺すのが洗濯だってのか」


 ガドゥが憤慨して、机を叩いた。まあ確かに無茶苦茶だ。吸血鬼にプラスチック爆弾をくくりつけ、生きたまま爆破して大量の犠牲者を狙ったことを、日常のことのように済ますのだから。


「犯行内容は、一週間以内に、ノイキンドゥを狙うと書いてあるのでしょうか」


「フリスベル、正解だぜ。まあ詳しく語ったもんだな」


 よほどの馬鹿か、よほどの自信家か。恐らくその両方だろう。

 ギニョルが眉根を寄せて、まじまじと予告状を見つめている。


「騎士よ、どうしても読めんのじゃが、この、難しい字、鳥に夜と書いたものはなんじゃ。恐らくわしらのことを指してあざけっておるのじゃろうが」


「そりゃ鵺だ。『ぬえ』って読むんだよ。頭が猿、体が虎、尻尾が蛇の化け物さ」


 千年以上昔、えらい侍が弓で退治した妖怪らしい。


「なるほど、こ奴らは、わしら断罪者を政治的妥協によって生まれた出来損ないの化け物と言いたいわけじゃな。出来損ないなど、恐れるに足らぬ、と」


 怒りを通り越した、酷薄な笑みがギニョルの口元に浮かんだ。こりゃ相当怒ってるな。


「騎士。それじゃあ最後の三行は」


「バンギア人を討ち亡ぼし、日ノ本の秩序を世界中に行きわたらせるんだとよ。そうすれば世界が平和になる、それこそがバンギア人が真に望んでることなんだとさ」


「……常軌を逸してる! 自衛軍でさえ、僕たちに面と向かってそんなことを言わない!」


 クレールが叫んだ。確かに無茶苦茶を言っている。自衛軍は無茶をやるが、あれはあくまで傭兵として依頼を達成するという形で誤魔化している。それすらもないド直球の主張だった。


 ユエが腕組みをして、ふーむ、とうなっている。


「でも、それちょっと分かるかも。いや、言ってることが正しいんじゃなくて、バンギアの征服って意味だよ。アグロスの自衛軍の人達強いもん。私の国で、父様から貴族の位をもらった自衛軍の人が居るし、ダークランドにも、大きな戦いで勝って支配地があるし、あの人達本気でバンギアに国を作るかも知れない。多分、報国ノ防人って、大陸の自衛軍が母体なんだよね」


 ユエの言う通り、日ノ本から帰還を禁じられた大陸の自衛軍は、昔でいう豪族のようになって、大陸のあちこちに駐留している。実質ほとんど占領に近いが、島に来ないので断罪はできない。

 もちろん、崖の上の王国や、エルフの森、ダークランドの悪魔や吸血鬼、ゴブリンの住む古代都市など、バンギア側の国らしきものは、こいつらを追い出したり捕らえることもできていない。


 自衛軍の手綱を握るはずの日ノ本も、こいつらに関して無視を決め込んでいる。補給路があるに違いないんだが、そちらもまだつかめていない。恐らく、将軍をはじめ、橋頭保の自衛軍が一枚噛んでいるのだろう。もしかしたら、連中を通じて、バンギアを植民地にでもするつもりがあるのかも知れない。


「私、とっても怖いです。どういう人達で、何を目的にしているのか、誰が後ろに居るのか、全然分かりません。でも、すごく私達のことを、バンギア人を嫌っているのは分かります」


 フリスベルの悲しげなつぶやきを、俺達みんな聞き流すしかなかった。


 なにはともあれ、全員予告状の中身事体は飲み込んだ。気の毒な吸血鬼を吹っ飛ばしてしまった以上、ハッタリではないだろう。


 とんでもない相手だということは理解している。

 ギニョルが立ち上がり、全員を見回した。


「今ここで、連中の正体について議論しても、仕方があるまい。肝心なのはこのふざけた爆破を止めることじゃ。必ず行方を突き留めろ。鵺とやらの怖さ、存分に教えてやるがいい!」


 スレインが窓から首を引っ込めた。深紅の翼を羽ばたかせ、空へと飛び立つ。

 クレールは赤と黒のマントを颯爽とひるがえす。

 ガドゥは椅子から黒のジャケットを取る。

 ユエはテンガロンをかぶり、ポンチョを羽織った。

 フリスベルがわたわたと立ち上がり、コートかけからマントを取る。


 俺もまた、席からコートを取って袖を通した。

 全員の背に、バンギアの正義の象徴である、深紅の火竜が宿っている。


 ロッカーからそれぞれの銃を取り、俺達は警察署を出た。


 バイクに乗り込む俺、タンデムシートにクレール。

 フリスベルを背に乗せ、ホバリングするスレイン。

 黒く塗装したハイエースには、ユエとガドゥ、ギニョルが乗り込んだ。


 爆破現場の片づけ中だった、テーブルズの部下が、俺達を見て身をすくめた。


 どんな組織だろうと、断罪者が居る限り、この島で好き勝手はさせない。


 それぞれの銃を手に、火竜の紋を背に負って。

 俺達ノゾミの断罪者は、報国ノ防人の捜査に出発した。

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