九章~クレールと初めての下僕~

1配達員と手紙


 流煌にやられた俺の怪我は、三日で治った。


 しゃくだが、この身体は、便利だ。


 ずいぶん前だが、自衛軍の兵士に足を撃たれて、一日で治ったことがある。マロホシのような腕のいい医者が丁寧に処置すれば、手榴弾の破片や銃撃の傷もなんとかなってしまう。


 他のメンバーは俺の休んでいた三日の間に、フィクスを売りさばいたディーラーを断罪した。復帰した俺が最初に出勤した三呂水上警察署では、現在報告書の作成が行われている。


「……あーあー、なんだってこんな客が多いんだよ」


「仕方ないですよ、大口だったんですから」


 俺とフリスベルは、二人だけのオフィスでパソコンに向かい、ひたすら報告書を仕上げている。


 朝出てきて数時間。軽い昼食をとって、また数時間。もう陽も傾いているというのに、まだまだ終わりが見えない。


「騎士さん、コーヒー要りませんか?」


「あれば嬉しいな」


「私、入れてきますね」


 小休止か。俺はオフィスを出て行くフリスベルを見送った。

 

改めて考えると妙な感じだ。お仕着せのような緑色のスーツを着こなした少女が、慣れた感じで給湯室へ出て行くのは。


 とはいえ、フリスベルはローエルフ。十歳過ぎの少女の姿から、ほとんど変わらない種族だ。実年齢は332歳で、282歳のギニョルを抜く、断罪者の最年長だったりする。

 荒事の方も申し分なく、体格にあった小さな拳銃、コルトのベスト・ポケットを使い、杖を振るえば現象魔法や魔力の探知は一流だ。力が弱いのが珠に傷だが、銃はその差もある程度埋める。


 数分程度いいだろうか。俺も席を離れると、サッシをめくって外を見下ろす。


 そろそろ帰宅時間帯になる。バンギア人アグロス人、両種族のやつらがマーケット・ノゾミや港の方から戻っていく。ハイエルフ、ローエルフ、ダークエルフ、悪魔、吸血鬼、人間にゴブリン、ちらほらと飛んでるドラゴンピープル。まるでアグロスとバンギアの人種博覧会だ。


 紛争が終結して二年。なんだかんだ、ポート・ノゾミは今日も回っている。


 ドアがノックされた。開けてやると、フリスベルが盆にカップを乗せて運んできている。


「騎士さん、お待たせしました」


「ありがとう。なかなか終わらねえな」


「仕方ないですよ。事実関係が本当に膨大ですから。それに、奴隷売買の摘発は初めてですし。後は夜の方に任せましょう」


 今日の夜勤務はギニョルとクレール、ガドゥ。昼勤務は俺とフリスベルとスレインで、ユエの奴は休みだ。コンテナハウスでゲームにかじりついている。


 少し手伝ってくれてもいいのにと思うが、思いのほか武器と人数をそろえていたディーラーの断罪では相当活躍したそうだから、これくらいいいのかも知れない。俺も命を救われたことだし。


「じゃあ、スレインがパトロールから戻ったら上がるか。そろそろギニョルか、クレールが出てくるだろうな」


「そうしましょうか。今日は久しぶりに島で寝られます」


 フリスベルはロウィ群島の無人島をひとつ、所有している。くじら船で武器密輸をしていたニヴィアノ達を管理人として雇っている。あれから二か月は経っているから、開墾もだいぶ進んだに違いない。


「あ、あれクレールさんですよね」


 車の列に交じって、道路を進んでくる黒ずくめの馬車。灰毛の馬が手綱を引いている。


「あいつ、港から馬車だからな。うん、止まった」


 馬車を降りたクレールは、断罪者としての正装、黒と赤の外套を羽織っている。まだ建物までかなり距離がある。


「あれ、どうしたんでしょう」


「あっちの車が気になるみたいだ……フリスベル、杖持ってこい!」


「え、え」


「車から誰か放り出された。なんかあるぜ」


 戸惑うフリスベルを置いて、俺はオフィスを飛び出した。流煌が壊したのと逆の階段に駆け込むと、階下を目指す。


 数十秒で辿り着く。

 古いランクルらしい車は逃げ去った後で、放り出された吸血鬼が、クレールの元にひざまずいている。


 一目見て心臓が凍りそうになった。


「うわ……」


 クレールと同じ黒いズボンに、白のワイシャツ一枚の吸血鬼。その胴体にくくりつけられているのは、起爆コードにつながれたプラスチック爆弾の束だった。


 この量。軽く見積もって2キロぐらいある。こんなものが爆発すれば、半径100メートルぐらいには確実に被害が出てしまう。


 男は生気のない目で、ぼんやりと周囲を眺めている。

 クレールが俺の方に振り返った。


「来たか、下僕半……」


「クレール、しゃれになってねえぞ」


 コートとマントを身に着けた俺達の姿に、通行人が逃げてくれている。車も乗り捨てられていたが、賢明な判断だ。さすがに紛争を経験した連中は分かっている。


「とりあえず、ぼくの蝕心魔法で従順にはしてある」


「暴れられたらたまったもんじゃねえからな」


「いや、相当ひどい拷問を受けたのだろう、全く意識に抵抗がなかった」


 となると、動機には恨みがあるな。個人的な線か、それとも吸血鬼そのものを強烈に憎んでやがるのか。


「爆弾は時限式だ。デジタル時計と信管が連動している。今のところ数値は動いていないけど」


「おお……今、動き始めたな」


 吸血鬼の胸元、束ねたコードにつながれたデジタル式の腕時計が、タイマーカウントを始める。残り時間は二分。なかなかにえげつない。

 どこかから、無線式でスタートさせたのだろう。恐らく車の奴らだ。


「騎士さん、クレールさん、一体どうした……ひぃっ、これ爆弾じゃないですか……!」


 ハイエルフらしく自然や魔力を好むフリスベルだが、一通りの訓練で知識はある。

 杖をもっておののくフリスベルを、クレールが見つめる。


「現象魔法で爆弾を凍結できるか」


「この人を死なせずには無理です。それに、ガドゥさんが居ないから分からないけど、背中に、感知式の魔道具もひっついてます」


 俺はマントをめくってみた。なにやら複雑そうな装置が、吸血鬼の背中に刺され、爆弾のコードとつながっている。


「一定以上の魔力で作動するんだと思います。凍らせて防ぐのは」


 その先は言わなくても分かる。電気を出す魔道具なんて聞いたことがないが、こうしてコードにつなげてある以上、最悪を想定しておいた方がいい。


 どうするか。俺は二人を見つめた。


 優先すべきは、周囲への被害をなくすことだ。その次は俺達自身が身をまもることで、その次あたりが男の命。冷たい様だが、損害を減らすには、それが手っ取り早い。


 クレールは馬車から御者と同席の家令を出し、周囲の避難を行っている。そうでなくても勝手に逃げているから、一般人の被害は相当に抑えられそうだ。


 次、俺達への被害。今の時点では相当に危険だ。三人とも男の三メートル以内に居る。フリスベルが現象魔法で即席の壁を展開しても、爆風は止めきれない。


 これを防ぐには、この男を隔離して爆発まで見守るのが一番。しかしそれは命を見捨てることでもある。人道的な理由以外にも、えげつない真似をしてくれた犯人たちを断罪する手がかりがなくなる。


 どうする。タイマーが一分を切った。さっきから、ばさばさとうるさいし、やたらと風が舞って気が散る。


 風。上空から。見上げると、真っ赤な鱗の竜が、翼を羽ばたかせながらこちらへ降りてくる。


「おいお前達、一体どうした」


 ちりやほこりを吹き飛ばし、スレインが地上に舞い降りた。4メートルの巨体に、隆々とした筋肉、深紅の鱗に鋭い眼光。堂々たるドラゴンピープルだ。パトロールだったので戦斧は持っていない。


 フリスベルが顔を輝かせる。


「スレインさん!」


「スレイン、いいところに来てくれた。この男に爆弾が巻き付けられている。あと四十秒ほどで爆発するんだが、現象魔法は使えそうにない」


 紛争中に自衛軍と戦った経験ゆえか、スレインは事態を把握したらしい。


「このタイプは解体しようとすると爆発する。男は救えない。四十秒ならすぐに退避だ。クレール、この男を人けのない所まで走らせて……むっ」


 言いかけて、うなったスレイン。

 滅多なことでは動じない奴だが、俺も叫びそうになった。


 タイマーが急に進んだのだ。三十秒を回った段階で、十の桁がゼロになり、一の桁が五になった。すなわち、あとたった5秒でドカンだ。

 間髪入れず、スレインがぐったりした男を掴みあげる。

 成人男性の体重は70キロだが、ものともしない。

 砲丸投げのように力を溜めると、右腕にたくましい力こぶが浮かび上がる。


「フリスベル、現象魔法だ! 騎士、クレール、それがしに隠れろっ!」


 剛腕を振るうと、男はものみたいに飛んでいく。行先は水上警察のすぐ脇、二十メートルほど先の、海の上。


 フリスベルが杖を地面に突き立てた。


「シル・バルド!」


 呪文と共に路面から隆起した岩の壁が俺達三人を取り囲む。

 スレインが男に背を向け、翼と腕で俺たちをかばう。


 その直後。

 男を中心に閃光がまたたき、海面が弾け飛んだ。


 俺はスレインの脇から爆発の威力を見た。


 衝撃波と爆風で、船溜まりにあった貧弱な小舟が裂けて沈んだ。海に面した水上警察署のガラスが吹き飛び、工事用の足場にかかったカバーも千切れ飛ぶ。軽トラが一台、横倒しになって警察署の茂みに転がり込んだ。


「……無事か、お前達」


 三人ともうなずくのがやっとだった。


 海面がまだ、波だっている。

 とりあえず、被害の確認をしなければならない。

 全員逃げたようには見えたが、巻き込まれた奴が居るなら、とっとと助けなければならない。幸い回復魔法に通じたフリスベルも居る。


 スレインから抜け出し、ガラス片やがれきの転がる路面に出る。

 クレールが、近くに落ちていた黒い筒に目をやった。


 ボールペンを五倍ほど大きくしたようなものだ。焼け焦げができているから、爆発のすぐ近くにあったものだろうか。


 スレインが筒をつかみあげた。M2重機関銃を素手で扱えるだけあり、熱に強い。

 しばらく調べていたが、どうやら筒状になっているらしい。開けてみると、丸めた和紙が入っていた。表面に筆で文字が書かれている。


「む……!」


 紙を開いて、目を見開いたスレイン。和紙には文字が書かれている。

 差出人は、漢字と片仮名だ。


 報、国、ノ、防人。


 “報国ほうこく防人さきもり”だと。


 俺達は顔を見合わせた。よりにもよって最悪な相手だ。


 報国ノ防人。それは、バンギア大陸に根を張る、テロリスト集団の名。

 連中は吸血鬼に爆弾を仕掛け、そいつを配達人として、俺達に手紙を届けてきた。


 とんでもない難事件になる。それだけは、確実だった。

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