6狙撃と保険
パイロットシップと呼ばれる船がある。大きさは漁船とあまり変わらないが、貨物船の水先案内をしたり、ときには船体を押して着岸を助けたりする。
ヨットやクルーザー、モーターボートなんかと比べると、一般的ではない。だが海運目的で造成されたポート・ノゾミでは、停泊していたのは大体この船だ。
それが、手掛かりになる。
ポート・キャンプの南側。本来は三呂空港の南岸であり、滑走路以外何もなかったはずの岸壁。木製の小さいのから、コンクリートや石積みなど、紛争前後の七年を通じて建てられた様々な桟橋がずらりと連なっている。
みすぼらしい舟屋と、小さいテントが連なる通りには、魚を買いに来た軽トラが停車している。着の身着のままで大陸から来た奴らを待つ、タクシーも居る。
俺とクレールはバイクを停めると、網を繕いながら雑談している三人のダークエルフに近づく。
俺達は二人とも断罪者のコートとマントを着ているうえ、束帯でM97とM1ガーランドを吊っている。さすがに剣呑な表情をされた。
「……なんです?」
漁師をやっているのだろう、肌の色以上によく日に焼け、鋭い目をすがめて、俺とクレールをひとにらみする。ルドー金貨や軍票を積み上げてトランプをやってた連中はそそくさと船の方に行ってしまった。
焦りもあるのか、クレールが目を光らせそうになるのを、俺は前に出てさえぎった。
「まあそう邪険にすんなって。最近、変わった船を見なかったか?」
俺の質問に、ダークエルフは、ふむと首をひねった。疲れ果てた漁師に見えたが、瞳にはエルフらしい知性の輝きが宿る。好奇心を刺激したのかも知れない。
「変わった船ですか……」
「そうだ。モーターボートっていってな。せいぜい三人くらいしか乗れないやつだぜ」
モーターボートは、元々ポート・ノゾミにほとんどなかった。積載は少なく需要が小さいため密輸もされていない。つまり目立つのだ。
犯人連中がいくら用心深くとも、そんな船から足が着くかとにらんだ。
果たしてダークエルフは、何か思い出したように言った。
「喫水が浅くて、船体が平べったくて、船尾に小さいエンジンがついた?」
いけるかもしれない。日ノ本と違って、船の登録制度がないこのポート・ノゾミだからこそ、見慣れない船は目立つ。
俺はクレールを忘れて、身を乗り出した。
「そう、昨日の夜中だよ。それまででもいい。見かけたんだな」
「ええ。蟹かごを引き揚げに出たとき、夜の11時過ぎでした。見慣れないのが東のはずれの方にとまってましたよ」
「本当か!」
それが狙撃犯のとは限らないが、確かめてみる価値がある。
「クレール、行こうぜ。とりあえず見てみよう」
俺が振り返ると、当のクレールは腕を組み、心底くだらなさそうにため息を吐いた。
「下僕半、ギニョルがお前を僕に着けた意味が分からん」
「なんだあ、どういうことなんだ?」
「バンギア人に、報国ノ防人の味方が居ないとでも思うのか。疑ってみるくらいのことはしろ」
そう言うが早いか、クレールの目から、ダークエルフに向かって灰色の魔力が飛ぶ。蝕心魔法は鮮やかに決まり、男の目はクレールと同じ赤色に染まった。
ああなるともう逃げられない。エルフ達は魔法に対する抵抗力があるが、クレールは吸血鬼の中でも、キズアトを除けばかなりの使い手だ。
ほかの二人が、あからさまにやばいという顔をして、逃げようとする。
俺はM97を腰だめに構え、スライドを引いて散弾を送り込んだ。
ガシャリ、という音と共に、二人の表情が引きつる。
「おいおい、そそくさ帰るこたねえだろ。寂しいじゃねえか。クレール、続けろ」
煽りながら、二人の挙動に注目する。枝の短剣や牙の
いつの間にか、周囲は俺達だけになっている。仲買いの軽トラも、流しのタクシーも、着の身着のままのバンギア人もいない。ぎいぎいと船が軋る音が聞こえそうなほど、界隈の奴らが引っ込んでしまった。
クレールは蝕心魔法を続ける。記憶を探りながら、語っていく。
「……確かにボートはあるね。プラスチック爆弾を4キロ積んだボートだ。遠隔操作で爆発するようになっている。のこのこ近づけばドカンだった。狙撃に使われたものかは分からないが、罠なのは確かだ。でも蝕心魔法が使える僕に、こんなトラップなんて」
言いかけてクレールの目から魔力の光が消える。スイッチを切り替えられたかのように、目の色が戻ったダークエルフ。蝕心魔法を解除したのか。
なぜと思う暇もなく、クレールがダークエルフの胴体にタックルし、一気に押し倒す。
「伏せろ、騎士!」
言われるまでもなく、俺もしゃがみこんでいた。
風を切る音と共に、網を立てかけていた柱から、木片が飛び散った。
とりあえず手近なバイクに身を隠したが、弾丸の方向は見当もつかない。
なんだ、どこから撃たれた。普通なら大体の方向が分かるが、これは全然分からん。南側、海の方にも怪しい船は居ない。ポートキャンプの雑踏には人けがない。
不意討ちで銃撃を食らったら、とにかく姿勢を低くして遮蔽物に隠れるってのが鉄則だ。俺は必死に縮こまり、ダークエルフ二人は海に飛び込んでいる。
銃撃は一発だけじゃなかった。断続的に、二つ、三つと続く。木箱以外にも、船のとも綱が切れたり、俺の隠れたバイクの燃料タンク付近で火花が散ったりと、ひやひやさせられる。
敵は、恐らく例の狙撃犯。だがスナイパーの利点を活かし、自分の位置を悟らせずに俺達を攻撃してきている。
初撃、クレールが察知しなかったら俺は頭を撃ち抜かれていただろう。歯の根が震えそうだ。ショットガンでどうやって反撃しろっていうのか。
ただ一人クレールだけは、そばにあった木箱にM1ガーランドの銃身を押し付け、やや上方を狙っている。方角は、北側、ポートキャンプのごちゃごちゃした建物。いや、少し角度がついている。
銃身の先は、それらを超えた先。紛争中からホテルとして残された、ジェット機の窓。
400メートルは離れている。クレールのM1ガーランドだと、有効射程の限界に近い。
あんなところから撃ってきたのか。確かに、こちらは完全に見下ろせる位置。岸壁が陰になって、海には攻撃できない。
クレールが引き金を引いた。反動が小さな体をわずかに揺すり、連続した発射音の後、金属クリップが音を立ててはね上がる。固め撃ちだ。
次弾の装填もせず、立ち上がったクレール。俺の傍に走ってくると、いきなりタンデムシートに飛び乗る。
「早くしろ、下僕半。取り逃がすぞ!」
「ほかに攻撃は」
「あいつは逃げると決めた。狙撃手として、この機会を捨てた。今は逃げることに集中するはずだ」
俺達の来訪を予測して、爆弾と狙撃を準備していたような相手だ。クレールの勘だけを信じていいものか。
一瞬ためらったが、俺はクラッチをつなぐと、スロットルを握る。
捜査対象にいきなりであったのだ。逃がすわけにはいかない、どうせなら積極的に追跡する。それに、バイクで走ってりゃもっと狙いにくいはずだ。屈指の人口密度を誇るポートキャンプに潜り込めば、俺達を狙撃するのも難しいはず。
そう思ったのは、向こうも同じだったらしい。
東の方各、遠くの方で爆発音がした。
東西にほぼ水平になった岩壁の向こう、様々な桟橋や船を超えた先に、かすかに火柱が上がっている。
モーターボートのプラスチック爆弾。
起爆させやがった。
バイクのエンジンは動いている。俺はクレールを振り向いた。
犬歯を噛み締め、拳を握るクレール。
狙撃された俺達の周囲からは誰もが逃げている。だが、岸壁の東端に停泊したモーターボートの周囲には、誰か居たかも知れない。
追跡より人命優先だ。被害を確かめ、間に合うならばマロホシの所に担ぎ込まなければならない。島に救急車はないのだ。
それはクレールも分かっている。俺の肩を白い手が強く握りしめた。
「……くそっ! 騎士!」
痛い。その気持ちも、握られた肩の肉も。
「分かってるよ!」
バイクのハンドルを回し、東の火柱へ向かう。
惨事かも知れないし、被害がないかも知れない。いずれにしろ、狙撃手はゆうゆうと逃げられるだろう。
そのための爆弾でもあったのか。しょっぱなから、出し抜かれちまった。
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