7橋頭保正門前
爆心地は悲惨な状況だった。問題のボートは吹っ飛んで跡形もなく、周囲の船も焼け焦げで沈みかけていた。みすぼらしい桟橋に至っては、引き裂かれて木片が浮いている。
爆風は岸壁近くの小屋も襲っていたらしく、木や石のみすぼらしいバラックと、革のテントが火に包まれていた。倒れているのは、ダークエルフにゴブリンが数人。腕のもげた子供まで混じってやがる。
「騎士、行くぞ!」
「分かってるよ!」
クレールと共にバイクから飛び出し、消火と救助の列に加わった。
消火と救助、それに現場検証が済んだのは、その日の夕刻近くだった。
結果は、怪我が10人、うち重傷3人。ゴブリンやバンギアの人間、悪魔の下僕になり損なった奴など、通行人や近くに住んでいた者が爆風に巻き込まれてしまった。
死亡者も2人だ。桟橋で網を繕っていたバンギア人の漁師が1人。それから後ろ手に縛られ、魔法で声を封じられ、ボートの底に転がされていたダークエルフのハーフの子供が1人だ。
子供の方は死体が出なかった。現場を検証したフリスベルが魔力の痕跡を見つけたのと、俺達を誘い込もうとしたダークエルフの父親が現場に駆けつけ慟哭したので分かった。
俺とクレールをボートに誘導しようとしたダークエルフは、島で生まれた子供を人質に取られ、断罪者が通りかかったら罠にはめるよう言い含められていたという。他の者は金で釣られていた。クレールがそこまで読む前に、狙撃があって、つかめなかったというわけだ。
子供を殺され、怒りに振るえるダークエルフ自身が証言しただけでなく、クレールが蝕心魔法で裏を取ったから間違いはない。
子供をさらい、ダークエルフをそそのかした連中は、自衛軍のジャケットを羽織っていたという。かねてから、報国ノ防人と日ノ本の自衛軍の関係は噂されていたが、いよいよ疑惑は深まる。
陽が沈み、そろそろ吸血鬼や悪魔が元気づく時間帯。俺とクレールは橋頭堡の正門前に向かってバイクを進めた。
押しつぶすような威圧感以外、どんな印象もない場所だ。頂上に鉄条網がついた、分厚い煉瓦塀の間には、重機関銃や機関銃を備えた見張り塔が建ち並び、正門は木製ながら、鉄の部品で補強された重たいものだ。
辺りの道路には、車の通りどころか、人通りもない。無秩序にやってくるバンギア人たちによって、ポート・ノゾミの人口は紛争前の数倍に膨れ上がっている。なのに、この橋頭堡の周囲だけは、まるで紛争前のように空き地が広がり、近寄る者は居なかった。
最強の火器と扱う技能を持ち、命令一下、バンギア人に対して略奪と破壊、殺戮を行なう武装集団。それがバンギア人の自衛軍に対する認識だ。無理もない。
俺とクレールがバイクで乗り付けると、門衛に居る二人の兵士が、銃剣つきの89式小銃を交差させて、いかめしい顔つきでにらんだ。
「止まれ! 断罪者の訪問は予定にない。それ以上近づけば、日ノ本への領域侵犯とみなして射殺するぞ!」
冗談ではないのだろう。見張り塔から狙っているのは、74式機関銃と、スレインにもダメージを与えるM2重機関銃。俺とクレールを肉塊にし、バイクを爆発させて余りある攻撃力だ。
こいつらのことだから、断罪者を殺してなかったことにすることもありうる。それくらいアポなしは危険なのだが、ギニョルを通じて、捜査の許可を取っていては、報国ノ防人の連中を取り逃がす恐れもある。
精一杯背筋を伸ばしたものの、内心では怖がる俺に対して、クレールはあくまで堂々としたものだった。
見張り塔の銃口を盾に、俺達を脅す兵士をきっと見上げて、堂々と言った。
「僕は断罪者、クレール・ビー・ボルン・フォン・ヘイトリッドだ。今日の午後起こったポート・キャンプの爆破事件で、お前達自衛軍のジャケットを羽織った者が、容疑者として浮上した。プラスチック爆弾の技能か、狙撃の技能のどちらか。あるいは両方を持つ者について、照会を行ってもらいたい」
よくもここまでびしっと言えると思ったが、なるほど筋が通っている。ただの銃ならともかく、爆弾の扱いや狙撃の技能となると、自衛軍で特殊な訓練を受けた奴ら以外では考えにくい。
ギニョルに内緒で自衛軍の橋頭堡へ向かうと言われたときは驚いたが、たかがジャケットが共通していただけで、ここに来たわけじゃないのだ。
誠意を瞳に込めて、クレールは続ける。
「予告状が舞い込んだ時点で、お前達に協力を持ち掛けなかったことを許してくれ。犠牲者は、死者だけでもすでに四人。僕も、目の前で同胞を殺されてしまった。紛争の怨恨もあるだろうが、どうか、取り次いでほしい。事情は違えど、命を賭して島を守っている者同士だ」
あのプライドの高いクレールが、自衛軍に向かって丁寧に頭を下げた。信じられない光景だったが、それだけ必死なのだ。
そして、ギニョルに言った通り、自衛軍のことも尊重している。蛮行を働くことはあっても、命がけで戦う兵士達は、吸血鬼の価値観に照らして、貴い存在。
俺も思わず頭を下げていた。切られた尻尾と銃を向けあうこともある自衛軍だが、よくよく考えれば役割は同じ。何もしていない奴らを一方的に痛めつける連中に対してなら、協力も可能ではないのか。
果たして、薄目を開けて確認すると、必死に頼み込む俺達に対し、見張り塔の兵士も、正門前の兵士も銃を上げて顔を見合わせている。
クレールが必死に頼んでいるのも効果が大きい。見目麗しい吸血鬼が、魔法も使わず真摯に呼びかけた事が効いているらしい。
もしかしたら。
そんな俺達の期待は、一発の発射音に遮られてしまった。
銃弾は俺とクレールの間の足元で弾けた。
驚いて顔を上げた俺達に対して、正門を囲む見張り塔、その右側に、ハンドガンP220を構えた男が居る。
さっきまでは確認できなかったから、わざわざ中から上ってきたのだろう。
自衛軍のジャケットを着ているが、腕のエンブレムは見慣れないものだった。白い桜の花をあしらった、平和っぽい自衛軍のものと違い、桜はあるが、抜身の刃をあしらった剣呑なものだ。
「寝ぼけたことを言うな、吸血鬼! それに、バンギアに毒された化け物め! 我々とお前達が同士だと、笑わせるんじゃない!」
クレールを種族名で呼び、アグロス人である俺を、化け物扱いする。
これでもかというくらいステロタイプのその男は、年の頃三十代半ば。中肉中背、たくましく鍛えられており、機敏な目と、通った鼻筋をして、日に焼けた顔つきをしていた。髪型はオールバック。いかにも冷徹な印象を与える。
「如月准尉……しかし」
「復唱以外の発言はするな。懲罰房に送るぞ! この私、自衛軍B1連隊准尉、
怒声に押され、正門前の二人の兵士が銃剣を構えた。見張り塔の兵士が74式機関銃と、M2の狙いをつけ直す。給弾ベルトを整える音もした。これは本気だ。今から逃げることはできない。
いや、逃げるなんて、もうこいつの選択肢にはない。
クレールが唇を噛みしめている。細めた真っ赤な目に、弾けんばかりの怒りが宿っている。紛争中の出来事があるとはいえ、たった今、目の前の連中は吸血鬼のプライドを正面から踏み砕き、尽くされた礼に侮辱で返したのだ。
マントをひるがえすと、腰本の細剣を抜き、門前に建つ兵士をにらむクレール。
「騎士、ひと暴れするぞ!」
「……やっぱりこうなるのかよ。殺したら取り返しがつかねえぞ」
全面戦争になっちまう。報国ノ防人を放っておくより、犠牲者が増えるだろう。
俺達の態度に満足したのか、如月は少しだけ口元を緩めた後、よく通る声で命令した。
「門衛二名、白兵戦用意! 突撃!」
正門前の兵士が、戦闘以外を頭から消し去り、銃剣をふりかざした。
咆哮を上げてかかってくる二人に対して、細剣を構えたクレールと、こちらも銃剣つきのM97を構えた俺は、それぞれの獲物で応えた。
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