8絡め取る狙撃手
無言で突き出される64式小銃の銃剣。俺はM97の銃身を横にして腹を守るように受け流した。
銃口も危険だ。体から射線をきっておかないと、小銃弾を食らってもやられる。
「悪く思うなよ!」
こちらが反撃の姿勢を整える間もなく、次々と繰り出される攻撃。体格でも、腕力でも劣る俺は、情けないが受けるだけで精いっぱいだった。
軍人は警官よりさらに強い。殺していいなら選択肢もあるが、制圧となるとかなり難しい。
また突きが来た。避けると同時に、銃身を倒して相手の銃を押さえこんだ。
そのままストックを跳ね上げ、相手のみぞおちにめり込ませる。
「かはっ……」
兵士はうめいてよろめいた。ボディアーマーがあるかと思ったが、そこまで厳重な装備ではなかったのだろう。
視線が散った隙をつき、俺はM97を腰だめに構えて、スライドを引いた。シェルチューブの散弾が銃身へ。
距離2メートル。しつこいようだが、腕のよくない俺でも外さない。ボディアーマーなしじゃ肉塊になる。
相手が動きを止める。手は上げないが、これ以上の抵抗はしないということだろうか。一応、俺が制圧した形になる。
注意を利かせながら、見張り塔を見上げる。
如月は門衛の二人に、銃剣突撃を命令した。本気で俺とクレールを殺すなら、見張り塔からの射撃で十分だった。なぜそうしなかったのか、俺達を痛めつけてあしらいたいからだ。
違うか、と目で訴える。とりあえず、俺は差し向けられた門衛の兵士を制圧したのだ。如月は弾けたように笑い出した。
「はっはっは! 16の子供に負けるとは、再訓練が必要だな。しかし、わが軍の兵の質をあなどってもらっては困るぞ」
どういうことだ。視線を追うと、信じられないことに、クレールが自衛軍の兵士の前にひざまずかされている。
兵士の方は傷ひとつない。64式小銃の銃口の先では、クレールがレイピアを握ったまましゃがみこみ、兵士をにらんでいた。
まさかの事態だ。射撃でも、格闘でも、俺はクレールに勝ったことがないというのに。吸血鬼は涼しげな外見のくせに、身体能力の平均が人間より明らかに優れている。ましてクレールは、吸血鬼としてはまだ若い身で、カルシドのような大人と紅の戦いを行なって勝てる実力がある。
ただの兵士に負けるなんて考えられないのに。
「お前……」
足元に血がにじんでいる。歩道のコンクリートが弾けている。
クレールはそもそも戦えていない。
狙撃されたのだ。一体どういう腕前をしているのか、味方である兵士と接敵したクレールの足元だけを綺麗に撃ち抜いたというのか。
そういえば、空気を切り裂くほどの小剣の音は一度も聞こえなかった。一体、誰がどこからだ。弾幕や援護がメインの74式機関銃や、M2重機関銃ではないだろう。
手元や腕にもけがを負っているクレール。こちらは、相手の銃剣を受け止めたときだろう。防御しにくい小剣で、反撃せずに攻撃を受け続けたのか。
殺していいなら、喉元か胸をぶつりとやれば終わっていた。足をやられてしゃがんだ姿勢でも、それができない腕前じゃない。
だが、クレールはそれをしなかった。戦えば戦争になるし、なにより、こんな戦いで命を奪うことは無駄だと判断したのだろう。
「……お前」
クレールに銃を向けていた兵士が、足の怪我に気づいたらしい。自分が手加減されていたことも分かったようだ。
しかし、こいつも発射音が聞き取れなかったのか。サイレンサーを使ったのか、相当遠くなのか。軍人である自衛軍の兵士でも分からなかった狙撃。
如月だけは、結果を予測していたらしい。見張り塔から呼びかける。
「門衛、そのまま吸血鬼を狙え。そいつらは、人と同じように殺せる」
少し戸惑いながらも、兵士が小銃の銃口をクレールへと向ける。セレクターはフルオート。装弾数三十発を撃ち込まれたら、ひとたまりもないだろう。あの足でかわせるはずもない。
如月が俺の方を見下ろす。勝ち誇ったように、腕を組んであごを上げた。
「……さて、どうする。断罪者。これは防衛作戦だ。目標は橋頭堡への侵入を阻むこと。お前達が大人しく引き下がり、我々に罪を着せるような真似をしないというなら、この場は解放してやろう」
どうもこうも、退く以外にない。俺がにらみつけると、如月は口元をきゅっと歪めて、冷たくにらむ。
「どうした。その兵士を殺して、私を撃つか。そぶりでもあれば、お前達は蜂の巣なのだがな」
如月との距離10メートル。俺から銃撃されないようにするには、門衛の兵士ごと、撃ちまくる必要がある。こいつなら、それも防衛作戦としてやり抜くだろう。
傷の痛みに息を荒げながら、クレールが俺に呼びかける。
「騎士、僕が軽率だった……ここは」
「分かってるよ。退くぜ」
俺はシェルチューブからショットシェルを取り出した。スライドも引き、銃身を空にする。ガンベルトに納めちまえば、連中の銃より先に撃つことは絶対にできない。銃剣も外した。クレールも細剣を鞘にしまう。
如月は満足げにうなずくと、これみよがしに叫んだ。
「防衛作戦を終了する! 武装を解除しろ!」
見張り塔の兵士達が、機関銃から弾薬を外す。門衛の兵士も銃剣を外して、門へと戻っていった。
負傷したクレールをタンデムシートに乗せ、バイクのエンジンをかけ直す。スナイパーがいるだろうし、早いこと離れたい。
クレールが振り向いて、如月たちを見つめた。
「……報国ノ防人を止められなければ、島への被害が広がる。奴らの爆弾で、混血の子供が跡形もなく消えた。これからも犯行は続く」
門衛と、塔の兵士が、少しだけ唇を噛んだように見えた。
しかし、如月は気にしたそぶりはない。
「それがどうした。歪なものは滅ぶ定めだ」
溺れるネズミを眺めるような言い方に、クレールが目をつり上げた。
「貴様、いい加減に……!」
「刃向うのか、作戦準備!」
塔の連中が再び銃を構えた。今度こそ蜂の巣にされてしまう。
俺はバイクを発進させた。背中をつかむクレールの手に、無念さが込められていた。
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