9線の端を握って


 俺達が自衛軍の基地を後にして4日の間に、次々と事件が起こった。


 ホープ・ストリートの風俗街で、爆発が起き、3人が死んで、8人が重軽傷。マーケット・ノゾミでは、屋台の端のゴミ箱が吹き飛び、5人が死亡、21人が重軽傷を負った。いずれも被害を受けたのは、バンギア人ばかりだ。


 狙撃犯の方も好調だった。公会に向かう吸血鬼の議員が銀の弾丸で狙撃され死亡。また、マロホシの病院で事務仕事をしながら、GSUMに所属する吸血鬼も銀の弾丸で撃たれ、灰となった。さらに、なぜかこちらもチンピラに近いようなGSUMの若い悪魔が一人、やはり銀の弾丸で撃たれて死んだ。


 ここまで、死者は合計15人にもなる。


 だが俺とクレールも、ギニョル達も犯人の正体どころか、手掛かりさえつかめないでいた。


 何もしていないわけじゃない。ギニョル達は、人工島の周囲にある、ロウィ群島の捜索はほぼ完了した。何者かが数日間滞在し、訓練したと思われる痕跡を発見。大陸側のゲーツタウン近くで、自衛軍の兵員輸送車の目撃証言まで取った。


 しかし島は既にもぬけの殻。ポート・ノゾミに入ってからの足取りはつかめない。


 一方、俺とクレールも、狙撃手を血眼になって探した。ポート・キャンプで襲撃されたとき、クレールが見たのは人間の女だったそうだ。それも黒髪、つまりアグロス人だ。魔力も感じなかったらしいので、操身魔法で悪魔が姿を変えたものではない。


 それを頼りに探ったが、自衛軍に邪魔をされる。アグロス人が住む、ノイキンドゥ近くのマンションには、武装した三個小隊が交代しながら24時間体制で張り付いて警備し、断罪者を見つければ追い払う。おかげでろくな捜査ができない。


 最後の手段として、ホープ・ストリートで遊んでいる自衛軍の兵士の記憶を探ろうとしたが、ここ数日は外出禁止令でも出たのか、連中は橋頭堡からほとんど出てこない。姿を見かけても、最低でも一個小隊規模で居るので、ばれずに捕えることができない。


 七人全員で橋頭堡に乗り込めば、一人くらいは連れて来られるだろう。だが、そうなったら、もはや戦争だ。ノイキンドゥが吹っ飛ぶ程度の被害じゃすまない。


 結局、捜査をあきらめ、警備が主になるのだが、十平方キロ程度とはいえ、たった七人で守るには、ポート・ノゾミはあまりに広い。しかも相手がいつどこで誰を狙って犯行に及ぶか分からないのだ。予告状通りだとすれば、報国ノ防人は、バンギアとバンギア人を嫌悪し、その全てを対象にしている


 ポート・ノゾミの人口は、5万人近い。エルフ、悪魔、吸血鬼、人間、ゴブリン、各種族のハーフなどのバンギア人は4万人近い数だ。たった七人では、どうあがいても犯行を止められるはずがなかった。



 とうとう、予告状の期限が次の日に迫った夜。

 俺達は最後の捜査会議のため、警察署2階の会議室に集まった。


 ホワイトボードの前にはギニョル。その秀麗な目元には、うっすらと、くまがある。化粧も少しおざなりで、疲労がにじみ出ていた。ここ数日、平均一時間程度の仮眠で捜査と警備をこなしているせいだ。しかもそれでも事件は起こり続けている。徒労感たるや相当のものだろう。


「……とりあえず、手元の資料を見てくれぬか」


 ホワイトボードには、狙撃事件と爆破事件の被害者や事実などがびっしりと書かれていた。配られた書類も、ちょっとした冊子ほどになっている。


「まずはじめに、狙撃事件の被害者じゃが、吸血鬼ということ以外に、共通点はあまりないな。やはり種族全体への恨みの線じゃろうか」


 クレールが立ち上がる。青白くも健康的だった頬の張りが失われている。


「恐らくそうだろう。社交界が注目する夫婦と、テーブルズの議員、GSUMの下っ端をつなぐ線は考えられない。僕と同じ吸血鬼だということぐらいさ」


 とすると、次に誰が狙われるかは分からない。待ち伏せして狙撃手を断罪するのは無理だ。吸血鬼だけでも、この島には数千人と居る。


 ガドゥがため息をついて、頭をかく。


「でもよう。爆破の方は、もっとわけがわからねえぜ。エルフも、悪魔も、吸血鬼も、おれ達ゴブリンも、人間もハーフも、バンギア人ばっかり死んでる。スレインの旦那みたいなドラゴンピープルがやられてないのは丈夫なのと、真面目でホープ・ストリートになんか行かないからだな」


 やはり被害者を通じて、動機から連中の正体や居所を探る線は難しい。

 フリスベルが手を上げる。


「あ、あの、どうにかして、自衛軍の方々から情報を得ることは難しいのでしょうか。ロウィ群島のキャンプには、弾薬を加工した金屑がありました。銀の弾丸は特別製ですし、あの人達以外にこんな事件を起こせる人は考えられません。大陸の自衛軍が、名前を変えて事件を起こしていることは、ほぼ間違いがないんです」


 冷静な分析だった。それはここに居る全員が分かっている。

 あの如月とかいう准尉、やたら俺達に高圧的だったあいつなんかもろに怪しい。

 とっ捕まえてクレールに記憶を読ませれば、相当な情報が出てきそうな気がする。あるいは、あいつがそのものずばり、報国ノ防人かも知れない。


 だが、それができないのだ。スレインが窓から入れた首を回す。


「フリスベル、連中はこの一週間、特に過敏になっているぞ。騎士とクレールが追い払われたこともあるし、へたにつつけばそれこそ事件ではすまない」


「山本さんと一緒に、ギニョルが行っても駄目だったんだよね」


 ユエに問われ、ギニョルがうつむいてゆっくりとうなずく。余程悔しかったのだろう。


「そうですよね、ごめんなさい、みんな一生懸命やって、この状態なんですよね……」


 それきりみんな黙り込んだ。やはり捜査は手づまりだった。


 フリスベルは、下を向いて背中を丸めているし、ユエも苦笑に近い。ガドゥは机にへたっており、スレインでさえ、バーナーのようなため息を何度も吐いた。


 俺はもう一度、ホワイトボードをじっと見つめた。


 なんだろうか。何か見落としていることはないのか。爆弾はともかく、狙撃の方はそう無計画にできることじゃないはずだ。あの狙撃手は確かに俺達を狙って、確実に撃ってきた。戦況判断も的確で、追われそうになると攻撃を止めてすぐに引いた。


 たまたま目に着いた吸血鬼を狙うなんてこと、やるのだろうか。いや、そういう命令を受けた可能性もあるけれど。三人も殺して逃げ切るためには、相当周到にターゲットを特定して、狙撃地点を確保する必要がある。気分で決めるなんて不自然だと思う。


 黙って考えていると、ギニョルが鶴の一声を出した。


「やはりこれ以上は無駄か。今夜より、ノイキンドゥの警護を優先しよう。明日で七日目じゃ、もはやいつ惨事が起きても不思議ではない」


 こちらから連中を特定して断罪にかかるのは無理。つまり事実上の敗北。

 だが、異論は出なかった。あまつさえスレインが同調した。


「……残酷なようだが、それが良かろうな。予告状の中身は、公会でも問題にされているし、官報を通じて、自衛軍が島中に喧伝した。我々が犯行を防げるかどうか、誰もが見守っている」


 政治的には正しい判断だ。しかし、本命のノイキンドゥまでに、また誰かが狙撃されるか、島のどこかが爆破されるかもしれない。

 ノイキンドゥの警備優先、そう言えば聞こえはいいが、結局、連中に何をされても断罪者が動かないということになるのだ。


「ギニョル、スレイン、らしくないじゃねえか! こんなひでえ奴ら相手に、こっちから仕掛けずにまだ時間を与えて待つってのか! また殺されるぜ!」


 腕の吹っ飛んだゴブリンの子供、火傷を負ってうめく悪魔、子を殺されて慟哭するダークエルフ。全員の顔が頭に浮かんでくる。


「騎士……」


 ぼんやりと見上げる秀麗な顔を見つめて、強く言い放った。


「クレール、悔しくねえのか。もう何人もお前と同じ吸血鬼が殺されてるんだぜ。何を恨んでるんだか知らねえが、ただ吸血鬼ってだけで殺される理由なんかあるわけねえ! こんな馬鹿げたこと、とっとと止めさせないと。絶対共通するなにかがあるはずだ。考えて探り出すんだよ」


 俺のタンカに、クレールは立ち上がって胸ぐらをつかんできた。


「分かったような口を利かないでくれ! 大体恨みというが、一体何の恨みだというんだ。ルトランドの娘はこの僕のヘイトリッドの家名を与えられている。議員だって社交界じゃ有名な吸血鬼だった。そんな名家の者達と、GSUMのちんぴらをいっしょにしてつなぐ出来事なんて、いくら考えたって僕には……」


 言いかけて、クレールが俺を突き退けた。

 視線を外して、机の上を見つめながら、ぶつぶつと何かつぶやいている。


「GSUM、境界、あの夜、恨み……まさか」


「クレール君、何か分かったの?」


 ユエの質問には答えず、クレールはギニョルに駆け寄った。


 どうするのかと思ったら、プライドの塊のはずのクレールが、片膝をついて大きく頭を下げた。


「頼む。今夜だけでいい。僕に捜査の許可をくれ」


 俺達全員が、言葉を失い見守る中、ギニョルはしゃがみこむと、クレールの肩を叩いた。


「分かった。好きにやるがよい。ただし、騎士と共にじゃ」


「俺もか」


「はじめにお前が大声を出したんじゃろうが。使い魔も連れていけ。くれぐれも無茶はせぬようにな」


 あのクレールが直観に頼る、か。面白いことになりそうだ。

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