10まわり道
思いついた仮説が何か、クレールは俺に話してくれなかった。
ただ、俺のバイクの後ろに乗ると、ノイキンドゥのオフィスへ向かうよう言って、ひたすらにふんぞり返っていた。
それほど遠くないこともあり、バイクはすぐにノイキンドゥのビルへと着いた。南の方では、アグロス人向けのマンションを警備していた自衛軍の小隊がこちらを見つけたらしいが、俺達がオフィスへ向かうのを見て、そのまま見過ごしてくれた。明日の打ち合わせとでも思ったのだろうか。
俺達は、ギニョルと実験を見た十階建ての赤レンガビルに向かった。駐輪場にバイクを停め、クレールを先頭に自動ドアをくぐる。
ドマの件でギニョルと来たとき以来のノイキンドゥだ。あの事件以来、マロホシはしばらく講義を休んでいる。さすがに肝を冷やしたのだろうか。
「いらっしゃいませ……断罪者の方々ですね」
悪魔の下僕であろう、受付の女のハイエルフ。その笑顔が強張っている。チーフらしき後ろの男の悪魔が、電話に向かって何事か言っている。マロホシかキズアトに取り次いでいるのだろうか。
それはそうで、俺もクレールも火竜の紋つきの断罪者のコートとマント。もちろん、ショットガンM1897と、M1ガーランドを背負っている。断罪に来たようにしか見えない。通り過ぎる悪魔や吸血鬼も、ちらちらと見つめている。幾人かは胸元のハンドガンでも確認しているのだろう。
今この瞬間にも、報国ノ防人の爆弾で吹っ飛ぶかも知れないのに、やり合っている場合じゃない。果たして、クレールは頭を下げた。
「……今日は断罪じゃないんだ。ここより上の階にはいかない。ただ、リグとノーンが入り浸っていた場所を教えてくれるだけでいい」
リグ・フォレスは家格のない吸血鬼、ノーンも家柄の低い悪魔で、二人とも銀の弾丸の狙撃で死んだGSUMのチンピラだ。ざっと経歴を見たところ、紛争初期、まだ境界の管理が安定していない頃にバンギア人をアグロスへ渡していたらしい。
GSUMが台頭すると悪さができなくなって、下っ端になっちまったらしいが。
受付のハイエルフは、二人のことを思い出せないらしい。一瞬ぽかんとした表情をしたが、後ろに居る上司らしき男の悪魔がこちらを振り向いて答えを継いだ。
「若い悪魔や吸血鬼が集まるのは、ポート・キャンプの東端にあるレストランバーだ。それ以下の奴らがたむろする店もあったが、そこの下僕半に断罪されて集まらなくなった」
目を細めて俺を見つめる二本角の悪魔。皮肉のこもった言い方だ。フィクスが家に居た頃、俺がひと暴れしたバーのことだろう。GSUMの手は切れたか。
「感謝する。銃は使わない。行こう、騎士」
「待てよ……」
きびすを返したクレールを追って、俺は建物の外へ向かった。
バイクに乗ると、腰の手を確認してエンジンをかける。クラッチを踏んでギアを入れようとすると、クレールが言った。
「騎士、一旦警察署に戻ろう」
「なんでだよ。この格好だし直接行けば」
「いや、目立つだろう。それに言ったことは守りたい」
受付で銃は使わないと言ったが、そのことか。断罪者としては行かないってことになるのか。
「馬鹿正直だな。チンピラレベルの奴らが、一番何するか分からねえんだぞ」
「そうだとしても、行かなきゃならない。断罪者として行けば、GSUMに敵対したとみなすということだろう。そうでなければ、ただのケンカ程度で済ませる。組織として報復は行わないということだ」
「……なるほどな」
今GSUMとやり合っている場合じゃない。
酒場の喧嘩にはろくな思い出がないが、やるしかないか。
「そいつらを締め上げれば、何か分かるのか」
まだ説明がない。クレールは少し黙った後、言った。
「……本当に、僕の思い付き通りなのか。確信が持てれば次に進める。手伝ってくれるな」
理由がないわけじゃないのか。いいだろう。
「代わりの武器くらい持っていかせろよ」
「当然だ」
俺とクレールは、一旦警察署に戻り、コートとマントと銃を返してから、ポート・キャンプへと向かった。
爆発事件の現場を過ぎ、テントやバラックを流していくと、言われた建物に着いた。
建物、というより、テントだ。紫色の分厚い生地を、八角形に釣り上げ、脇には松明を焚いている。
五人ほど、入り口でたむろしているのは、ホープ・ストリートより少々落ちる、身持ちの崩れた娼婦たちだ。エルフや人間がいるが、化粧も派手すぎ、きわどい衣装でうろうろしていて品が無い。目の虚ろな奴らは、ひょっとするとドラッグにやられているのかも知れない。
俺とクレールはそいつらの卑猥な言葉をかわしつつ、テントの膜の中に入った。
内部はわりと綺麗に作ってあった。カウンターも備えてあるし、丸テーブルもある。頭上には、魔道具らしい、薄紫の光を放つランプがいくつも吊るされている。
カウンターに蝶ネクタイの男のハイエルフ。席に二人の悪魔。テーブル席には十人以上の悪魔や吸血鬼、その周囲に、入り口に居たような娼婦たちがはべっていた。
香水と酒と、恐らく媚薬であろう不気味な匂いが空気の中に交じっている。
目を血走らせて女にしがみついている吸血鬼や悪魔も居る。
クレールが外見通りの年齢なら、確実に見せたくない光景だ。
年若い吸血鬼であるクレールと、見た目は十六歳の俺。珍しいらしく、視線を集めているが、銃も持たず断罪者のコートも着ていないせいか、いきなり絡まれたりはしない。
カウンターに座ると、じろじろと視線を感じるくらいだ。
しかしクレールは物怖じした様子もなく、ハイエルフに向かって口を開いた。
「店主、この中にリグとノーンの知り合いは居るか?」
聞いているのかいないのか。店主は黙ってシェイカーを振って、カクテルを作っている。
俺も話しかけた。
「おい、返事ぐらいしてくれてもいいだろ。見ての通り、今日は断罪に来たわけでもないぜ、下手なこと言ったとか考えなくても」
「騎士!」
振り向いた瞬間、目の前に椅子を構えて殴りかかる吸血鬼の姿。
俺は身をかわした。がしゃあんと耳障りな音を立て、木製の椅子とカウンターのグラスが粉々に砕け散る。
「死ね、断罪者」
目元に魔力が集まっている。蝕心魔法。とりあえず意識を刈るつもりか。
だが距離は近い。俺は右手でズボンのポケットに入れた棒を取り出した。
グリップについたボタンを押すと、かしゃりと二本継ぎの鉄棒が飛び出す。
四十センチの特殊警棒。銃の代わりだ。
魔力の波が来る前に、相手の口元を警棒の先端で撃ちたたく。歯が砕け、唇が切れ、集中を乱した吸血鬼の眼から魔力が消える。
「死ねとは、乱暴だな!」
襟首を引っつかむと、後頭部めがけて警棒のグリップエンドを叩き付けた。一回、二回、三回叩くと、ふらついてそのまま気絶してしまった。喧嘩慣れしていないやつだな。
周囲を警戒がてら、クレールの方を確認する。
俺の援護など必要ないらしい。
「野蛮な戦い方だ……」
いつの間に抜いたのか、レイピアを垂直に構え、相手を見下ろしていた。
視線の先では、男の悪魔と吸血鬼が、手元を押さえて呻いていた。傷口からは血がだらだらと流れ、床にはレイピアとナイフ、それに付け根から切られた指先が数本転がっている。
苦痛に顔を歪めている二人を冷たく見下ろし、クレールが告げた。
「どうした。とっとと拾って仲間の所へ戻るがいい。操身魔法でもアグロスの医療でも、まだくっつくだろう」
容赦のかけらもない。もしも銃を持ってきたなら、ためらいなくこいつらの急所をぶち抜いているのだろう。回復が可能とはいえ、平気で指を切り落とすなんて、相当きてる。
「怖えよ、お前……」
「言ってる場合か。まだあきらめていないようだぞ」
その言葉通り、テーブル席の悪魔や吸血鬼達は、剣やナイフを取り出した。女たちは指を落とされた吸血鬼たちと一緒に、裏口から逃げ出している。
相手はざっと十一人。奥の悪魔は銃を持っている。
あのシンプルなデザイン。トリガーや弾倉周りのグリップまで黒いプラスチックで作られているのは、ハンドガンのグロック17か。紅村のような特殊急襲部隊にも使われている、装弾数の多いやつ。
しかしまいった。銃の奴と距離は大体十メートル。このまま撃たれれば反撃なんて不可能に近い。
案の定、ほかの奴らがかかって来る前に、悪魔はスライドを引いて、こちらに狙いを定めてくる。
パン、という乾いた音に、カウンターの酒瓶が割れて弾けた。
バーテンダーのハイエルフが、右肩を撃たれてうずくまっている。杖を床に落としたらしい。現象魔法で背後を攻撃する気だったか。
「騎士、足を引っ張るんじゃないぞ」
悪魔とクレールの右目が、魔力でつながっている。蝕心魔法で乗っ取って、俺の後ろを撃たせたのか。
横合いから二人の吸血鬼が悪魔を押さえこむ。銃を捨てさせ、床下へ蹴り飛ばしてしまうと、誰も拾わずに俺達へとかかってくる。
蝕心魔法を警戒するか。いよいよ殴り合いの喧嘩だ。
「やるか。今度こそ、自衛軍のときよりたっぷりと」
「そうしよう。二人のことは、せいぜい体に聞いてやる」
警棒とレイピアを構え、向かってくる連中と対峙する。
たかが尋問に、面倒なことだ。
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