11ちらつく重荷
数分の乱闘を経て、俺達はレストランバーを完全に制圧した。
俺も三人ほどのしたが、鬼気迫るのはクレールの活躍だった。
相手の数が多いにもかかわらず、一気に斬り込むと、レイピアの鋭さを活かして、凶暴に立ち回る。小剣最大の武器である突きこそ繰り出さなかったが、その斬撃は容赦なく、かつ正確に相手の手指や目などを切り裂いた。
指を落とされた者、目から血を流す者、足の筋を傷つけられた者が、這う這うの体で逃げ出し、呻きながらうずくまる様は、さながら地獄にも等しい。
俺はというと、警棒で三人の吸血鬼の歯を砕き、あばらや腕を打って、のしてやっただけだ。まあクレールの背後を狙ったり、蝕心魔法で隙を突こうしてきた奴らだから、多少の助けにはなったのだろう。美麗な容姿で、華麗に相手を切り刻んだクレールと比べて、絵的な派手さは全くないが。
「さて、やっと話ができるな」
「ひっ……」
クレールが逃げそびれた吸血鬼の胸倉をつかんだ。両足の太股を切られ、ズボンに血をにじませている奴だった。年は恐らく、200歳少しだろう。最近、吸血鬼や悪魔、エルフなんかの寿命が長い種族にも、雰囲気で年齢が分かるようになってきた。
この吸血鬼にとって、108歳のクレールはクソガキということになる。果たして男は震えた声で精一杯強がる。
「くそ、ヘイトリッドのガキめ。アグロスの犬に成り下がって、誇りはないのか」
家名を馬鹿にしやがった。俺はすぐにクレールを抑えようと思ったが、意外なことに反応は穏やかだった。
「キズアトの下っ端に成り下がって、こんな場所で女を追いかけてる奴より何倍かましだろう。さあ、リグとノーンについて、知っていることを話すんだ」
本当によかった。いくら断罪法違反でも、抵抗できない奴を殺したら、大問題になる。しかも狙撃事件と爆弾事件の関係も判然としない。言い訳もできない。
吸血鬼が調子に乗って、せせら笑う。
「断る。下っ端には下っ端なりの矜持があるからな。ヘイトリッドのガキに仲間は売らん。断罪法違反なのだろう。とっとと私を連れていったらどうだ」
よせ馬鹿野郎、とどやし付ける前に、クレールの目が冷たく光る。
銀色の魔力が吸血鬼の瞳に入り込み、あっという間に蝕心魔法が決まった。
同族の吸血鬼をこうも簡単に落とすとは。また腕を上げたのかもしれない。
とはいえ手間がはぶけた。いつも通り記憶を読んでしまえばいい。
そう思ったのだが、様子がおかしい。普通なら意識を奪われ、表情が消えているはずの吸血鬼が、涙をこぼしはじめたのだ。唇を噛み締め、全身で震えている。
「あ、あぁ、うぐ、やめろ、やめてくれ、あぁ、私は、姉様、ボク嫌だ、いやだ、こんな、こんなぁぁぁぁぁ!」
真白い肌をさらに蒼白に染め、脂汗を流す吸血鬼。子供に還ったような口調でわめくさまは、見ていてかなり痛々しい。だがクレールは特に気にせず、魔力をつないでいる。記憶も読んでいるのだろう。
「ひぃ、やだ、やだよぅ……あ、あああああああっ」
まだ悲鳴を上げ続ける男を、クレールは無慈悲に床に投げ落とした。
背中と頭を固い床にぶつけてなお、自分を抱いてぶつぶつと苦しみ続けている。
二百年生きた吸血鬼が、こんなに取り乱すなんて。一体何をやったんだ。
クレールがこちらを振り向く。
「騎士、もうみんなを呼んだのか」
「あ、ああ。こいつで」
俺の肩から、いつぞやのネズミの使い魔が顔を出す。フリスベルとスレインが、数分以内に到着して事態を収拾するだろう。
「なら行くぞ。急がなければ」
クレールがレイピアをおさめ、立ち上がる。テントの出口めがけて歩いていく。石畳を鳴らすローファーの音に、男の悲鳴や負傷者のうめき声が反響している。
「え、いや、こいつはどうするんだよ」
クレールがため息をついて振り返った。
「……騎士。心配せずとも、僕はまだキズアトに及ばない。この男が、120年ほど前、実の姉から受けた性的な拷問の記憶にうなされるのは、今夜だけさ。分かったなら行くぞ」
「うっげえ」
吸血鬼にもそんな陰惨なことがあるのか。それもあるが、百二十年越しの記憶を反復させて苦しめるなんて、えげつないにもほどがある。指を切り落とされたぐらいで済んだ奴らは、よほどましだ。
俺を促してバイクに乗ったクレールは、船着き場に行くよう指示した。それも、いつもこいつが通勤に使っている船のある港だった。
まさかと思ったが、クレールは俺と共に、自分の屋敷を目指す船に乗り込んだ。
吸血鬼にとってはゴールデンタイムなのだろうが、深夜の海はひたすらに真っ黒く不気味だ。目指す屋敷までは十数分といったところか。
へさき近くのベンチに座り、俺とクレールは向かい合っていた。
いい加減、事情を聞きたいと思ったところで、クレールの方から狙撃事件について話を切り出してくれた。
「……それじゃあ、あの議員と、ルトランドの爺さんがアグロスに渡ったのは間違いないんだな」
「そうだ。二つ目の事件で狙撃された議員は、僕の父とも懇意にしていた。ルトランドと二人で、紛争初期、五年前にアグロスに渡っている」
不正越境の事件を通じて、チンピラと誇り高い吸血鬼がつながった。なるほど、殺された奴らはその事件にかかわってる。ルトランドが死んでいないのはどういうわけだか分からないが。
「じゃあ、そのときに何か事件を起こして、それを恨みに思った奴が」
思ったより単純な構図だ。クレールは意味ありげに黙り込んで、また語った。
「……記憶にあったよ。ルトランドと殺された議員は、三呂市で一人暮らしをしていた、
女の所に行った。吸血鬼が。
カルシドの奴の所業が思い浮かぶ。魔法という概念を知らないアグロス人は、吸血鬼にとって、しゃべるごちそうにも等しい。蝕心魔法への抵抗はほぼなく、何だってやり放題になる。
狙撃手は、その女が酷い目にあわされたことを恨みに思って、晴らしにきたのか。
俺はクレールの心中を察した。断罪者で最も清廉で、自らの家柄と吸血鬼であることにプライドを持っている奴だ。凄惨な殺人が、まさか自らの家の名を持つ者の恥ずべき行為が原因で起きたなんて、受け止めきれないに違いない。
「クレール、身内の罪は辛いだろうが」
言いかけた俺に、クレールが顔を上げる。きっと口を結んで、紅い瞳を見開いている様は、ショックを受けているのとは違う。気持ちがへし折れているわけじゃないらしい。
それどころか、どこか心を決めたかのようにも見える。
「騎士」
「なんだ」
「短剣は持っているか。キズアトに刺す銀のやつだ」
懐を探って取り出す。流煌を失って、ますます手放せなくなった刃。断罪の機会があれば、あの野郎の胸元に確実に埋めてやる。
あまり、クレールの前では出したくなかった。俺が吸血鬼の全てを憎んでいるような気になるからだ。鞘から出すと、船のライトを浴びて、鈍く光っている。
「このとおりここにあるが、こいつをどうするんだ」
クレールはしばらく黙って、刃をじっと見つめていた。悪魔や吸血鬼にとって、バンギアに存在しない銀は最大の弱点だ。小さな弾頭に触れるだけで、真っ赤な鉄をつかんだような火傷をもたらす。視界に入れるだけでも、不快に違いない。
静かに息を吐くと、クレールは船の進行方向を見やる。
海も空も区別もつかないような闇だが、わずかに何か大きなものが近づいてくる気配がする。突堤を示す紫色の光が、俺の目でも見えてきた。もう少しで着く。
「……これからルトランドと会う。僕があいつの前で腑抜けたら、それで刺せ」
「お前」
「ギニョルも分かったな。僕なりのやり方で、狙撃犯の正体を確かめる」
俺の肩越しに、使い魔へと話しかける。応答はないが、聞いているに違いない。草のように小さな手が、俺の首をきゅっと握った。
「あの爺さんが知ってるのか」
「分からない。僕の考えは、まだ仮説でしかない。本人に、確かめるしかないんだ」
果てしなく重たい、何かを背負ったような顔。クレールは、目の前の俺でなく、自分に言い聞かせているようだった。
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