11船倉へ

 ダークエルフ達は強い。突発的な状況にも対応する力があるし、味方が死んでも士気を落とさず、戦うことをやめない。


 格闘の技術もあり、俺など銃なしでは、どうにもならないであろうスズメバチの化け物まで、剣や短剣で倒してしまう。


 だが、惜しむらくは全員が銃を使わない。あるいは使えないことだった。

 こちらで銃を使うのは、断罪者である俺とガドゥしかいない。


 対する相手は、銃を自在に扱うバルゴ・ブルヌスのゴブリン共が二十人以上。戦力の差は歴然としていた。


 ダークエルフ達が、ゴブリンの目を欺き、炎をかわして、町へ入ったまではいい。


 だが接敵する前に、ギーマに見つかり、部下からのスコーピオンやAKの乱射をかわすことができず、次々と倒されてしまっている。たまに端のゴブリンに斬り込むことがあっても、一人を倒す間に、他の数人から銃撃を受け、ぼろくずのように撃たれている。


 エライラと戦い、海に投げ出された連中も、復帰が遅れていた。本当ならゴブリンより多かった数も、大幅に減っている。


 唯一の銃である俺もガドゥも必死に銃撃したが、炎が強くなってきて、狙いが付けにくく、効果が薄い。


 エライラを焼いた火もまだ消えていない。ふたつ合わさった火のまわりは本当に早く、数分と経たぬうちに、勇魚船のほぼ全体が炎に包まれてしまった。


 結局、船に残った俺とガドゥ、ニヴィアノ、それにブロズウェルと数人のエルフは、銃撃と炎の前に追い詰められ、甲板の端へと下がった。


 姿勢を低くし、銃撃をかわしながら、撃ち返すものの、いっこうに相手の銃声は減らない。ろくすっぽ命中していないのだろう。


「くっそ……こいつが最後か」


 空になったシェルチューブに、一発、二発、三発、四発。とうとうガンベルトのショットシェルが一周しやがった。


「おれもこれで終わりだ。魔道具も、後は魔錠しかねえ」


 ガドゥもか。本格的にまずい。


 銃撃は止まない。相手はまだ十人以上いるのだろう。ギーマ達は邪魔な俺達ごと船を全焼させてから、珠を探すにちがいない。


 熱風が渦を巻き、眼や口を開けているのが辛い。ときおり頭の上をかすめる火の中に、銃弾が風を切る音が混じる。


 これじゃあ、海に放り出された方がマシだったかも知れない。

 ポート・ノゾミを沈める魔道具が、あのギーマの手に渡っちまう。


 誰にも状況が分かるのだろう。誰ともなく、黙り込んでいると、ブロズウェルが全員に向かって頭を下げた。


「……すまない。断罪者よ、我らの力及ばず、本当に申し訳がない」


「大母様……」


 ニヴィアノが肩を抱く。力及ばず、とはいうが。ダークエルフ達が払った犠牲は、半端じゃない。軍人や騎士でもなく、まして俺達断罪者とも関係がないのに、ここまで戦ってくれただけで十分だ。死人だって、一人や二人ではきかない。勇魚船まで、燃えている。


「だが、満ち潮の珠だけは、悪意ある者たちに渡すわけにはいかない。お前達と、ニヴィアノは脱出しろ。血路は我々が開く」


 ブロズウェルが腰の杖を取った。


「エアル」


 一言、呪文をつぶやくと、船外の夜気が周囲を取り巻き、薄い空気の膜ができた。

 フリスベルが使ったような、火炎と熱風を遮る一人分の風の膜だ。


 最初から、使っておくべきだったかもしれない。いや、炎の中の不自然な空白は、外の奴らの目を引きつける。銃弾の狙いが一気に近くなった。船上を自由に動けたところで、的になるばかりだ。


 四人のダークエルフが、ブロズウェルと同じ呪文で現象魔法を発動。空気の膜が四つに増えた。


「我々は操舵室に向かい、船を沖へ発進させる。連中は、珠を追って陸から移ってくるだろう。そこで、発進の5分後、発電用の燃料を使い船ごと吹き飛ばす」


 ライブ機材と照明を支えていた発電機。ガソリン式だったか。その燃料を使う気か。


「ニヴィアノ、お前なら分かるだろう。珠を持って、階段から船内に入れ。左舷の二階層に、救命ボートがある。機会を見て、無事に逃げろ。幸運を祈る」


「待ってよ大母様、死ぬつもりなの? 私、そんなつもりじゃなかった。シクル・クナイブは私達を業から救ってくれるはずで……」


「もういい。今更何を言うべくもない。時間がないんだ。二人とも、頼む」


 ブロズウェルに見すえられると、首を縦に振る以外にない。そうでなくても、元より珠の護衛を断るつもりもないが。


「騎士、ザベルによろしく言っておいてくれ」


 それだけ言い残すと、ブロズウェルは炎の中へと飛び出した。他のダークエルフも、それぞればらばらの方向に出て行く。


 銃声が一気に分散。向こうは、火の中の空白が、敵だと分かっているらしい。

 こちらからは炎で見にくいが、一つ、二つと動きが止まっていく。


 やはりアクション映画のようにはいかない。銃口から発射される銃弾は、音速を軽く超えるのだ。身体能力や動体視力に秀でていようと、遮蔽物なしでそう簡単にかわせはしない。


「やだよ、大母様まで、こんなの」


 次々と崩れ落ちていく仲間たちに、呆然と膝をつくニヴィアノ。俺もガドゥも歯がゆかったが、ここで止まってはいられない。


「ニヴィアノ、立つんだ。案内してくれよ」


「ガドゥ。逃げるの、こんなにされて」


 俺はガドゥに詰め寄るニヴィアノの肩を叩いた。


「勘違いすんなよ、行くのは積み荷の場所だ。倉庫は分かるだろ」


 俺がそう言うと、ニヴィアノの表情が変わった。痛い所を突かれたと言わんばかりに、唇をかんでいる。


 ガドゥがしゃがみこみ、その目を見つめる。


「なあニヴィアノ。もう、手段を選んでる場合じゃねえよ。俺も騎士も断罪者だが、今は目をつぶるぜ」


 その一言に、ニヴィアノは立ち上がった。


「……ついてきて」


 俺達は階下へと下った。ブロズウェルの意図とは違うのだろうが、この状況を打開する方法はまだあるのだ。


 くじら船。バンギアとアグロスをつなぐ、この船の積み荷があれば。

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