10焚き木と饗宴
ずずず、めきめき、と嫌な音を立て、今や巨木となったローエルフが、文字通り丸太と化した腕を振るう。廊下の手すりが千切れ飛び、落下片が甲板に降り注ぐ。
俺はショットガン、M1897のスライドを引きざま、散弾を三発。打ち砕いて身を守った。
他のダークエルフも、短剣や手斧など、それぞれの獲物で破片を弾き飛ばしながら、巨木の怪物目指して走り出す。十人ほどはその場で杖を取り出し、それぞれに現象魔法の詠唱を始めた。
十本の杖の先端に、強力な魔力が集まっているのが見える。あのバカでかい化け物を焼き払うには、火の現象魔法がおあつらえ向きだ。
こちらは俺やガドゥも合わせて三十人ほど人数がいる。接近戦でかくらんしながら、詠唱時間を稼げば勝てる。
そう思ったのだが、元ローエルフは、幹にできた裂け目を凶悪にゆがめた。
『丸木舟の阿呆どもめ、貴様らは虫に喰われるのが似合いだ!』
木と化した巨大な腕を梢に突っ込み、ばさばさと揺する。自衛軍のヘリのような羽音を立てて、一メートルほどの真っ赤なスズメバチが茂った葉から、次々と飛び出してきた。
その数、一匹、二匹――途中で数える気が失せた。だがぱっと見で、甲板上の三十人とほぼ同等近く居やがる。
おまけに素早い。接近戦を意図したダークエルフをかいくぐると、その後ろで現象魔法を詠唱していた者たちへあっというまに近づく。
一匹が、詠唱中の女目指して、ペンチの化け物のような大あごを開いた。
まずい。俺はショットガンを構えたが、女との距離が近すぎる。散弾に巻き込む。
「アエリア・スレイ!」
ニヴィエラの呪文と共に、スズメバチの胴体が横二つに分かれる。風の刃を生み出す、初歩の現象魔法。だがフリスベルにも劣らない。空気がいきなり、剣の達人の斬撃になったかのようだ。
ダークエルフ達は、先頭に慣れている。近づかれた者は、一旦杖を捨て、短剣や長剣で攻撃を防ぎ始める。元ローエルフに接近をかけていた者たちも、戻って援護に回り、スズメバチたちと交戦にかかった。
俺も同士討ちを警戒しながら、ショットガンを2、3発放ち、ガドゥとニヴィの元に駆け寄る。
骨抜きになってるかと思ったが、ガドゥはきちんとAKと弾倉を持っていた。フレンドファイアを避けて、冷静に単発の射撃を繰り返し、近づくスズメバチを遠ざける。
銃に守られ、詠唱に集中するニヴィエラも、短い現象魔法を連発。風の剣や火の玉、突き進む氷柱などで、三体、四体とスズメバチを落としていく。
さっきのことは気になるが、今はこの戦いをしのぐのが先だ。戦力は一人でも多い方がいい。
俺もガドゥも、残弾に気を使いつつ、適当に撃った。ダークエルフ達も盛り返し、スズメバチの数が減っていく。ブロズウェルをはじめ、数人のダークエルフが、元ローエルフの幹を駆け上り、枝を次々に落としていく。
これは、いけるかもしれない。とどめの魔法はなくとも、こちらの攻撃は確実にダメージを蓄積させている。さすがに向こうもタフで、目をこらすと、切られた枝から新たに新芽も芽吹いているが、ブロズウェル達の手数が上だ。
危険を感じたのか、樹の怪物は梢を大きく振り回し、全員を甲板まではじき落とした。幹の裂け目を開いて、叫ぶ。
『なぜだ、黒き同胞たち。なぜ我々の正義と美から逃げる!』
電柱ほどの腕を振りかざし、振り下ろした一撃。フォークリフトにも耐える鉄の甲板が大きくへこみ、ステージ、テーブル、機材類がめちゃくちゃに破壊された。テレキャスターが見事なフィードバックを放っていたアンプまでばらばらだ。
もっとも、俺やガドゥ、ニヴィエラまでは来なかったし、ダークエルフ達も素早くかわしていた。それを見て、さらに苛立ったのか、今度は同じ腕を真横に振り回す。
『酒に音楽、おまけに我らシクル・クナイブの要請も突っぱねる、貴様らはエルフの姿をした裏切り者だ!』
ごおう、と空気が鳴るような音。ダークエルフが三人一気に弾き飛ばされ、停泊する湾へと落とされた。外側の壁も大きくひしゃげてしまっている。
三人が救助に向かい、こちらの人数が六人も減る。この隙を突け、とばかりにこちらに飛んでくる三匹のスズメバチに向かい、俺はスラムファイアで応じた。
散弾は羽を吹っ飛ばし、複眼と腹に穴を開ける。落ちたスズメバチに、とどめの銃剣を突き立てるが、戦況は芳しくない。
「……まずいな、こりゃあ」
怪物は、自ら積極的に暴れる戦法に変わった。腕を振り回すだけではなく、この鯨船そのものの船体の木材を侵食し、根を飛び出させるなどの嫌な攻撃を繰り返している。
『散れ、散れ! 覚悟無き背信者共!』
怒りの声と共に、幹を振るって鋭い枯れ葉を飛ばす。ローエルフ達は自らの獲物を使って、次々と弾き返すが、ブロズウェル以外どこかしら負傷して退がった。
葉はこちらにも飛んでくる。俺はガドゥとニヴィエラを守って、残りの散弾でまとめて吹き飛ばした。
「味方が減っちまった。あのデカブツ、どうやって仕留めるか」
ガンベルトからシェルチューブへ、12ゲージのバックショットを5発補給。今のところ、ブロズウェル達が相手の攻撃を引きつけているが、これ以上近づかれたら、俺やガドゥじゃとてもかわせない。はっきり言ってじり貧もいいところだ。
「心配すんな。こいつがあるぜ」
ガドゥがジャケットから取り出したのは、丸いパイナップルのような形状の、黒い塊だった。手のひらサイズで、安全ピンらしきものが刺さっている。
「そいつは?」
「火吹き瓶だ。お前とクレールがホープレス・ストリートに乗り込んだときに使ったやつさ。逃走用だったが、十分も火を吹きだしてやりゃあ、あいつは文字通り炭にできる」
ホープ・ストリートのマンション。屋上の階段で、追手を止めた、炎を噴き出す魔道具のことか。確かに樹の化け物相手にはおあつらえ向きだ。
「少し近寄って投げれば、届く。どうやら俺達はどうでもいいみたいだしな」
樹の化け物は、ブロズウェルや、残ったダークエルフを追うのに夢中らしい。根や枝をせわしなく動かし、必死に追っている。ガドゥの言う通り、気づかれることはないだろう。
走り出そうとしたガドゥの肩を、ニヴィアノがつかんだ。
「やめてよ。樹化しても、熱いんだよ。エライラが可哀想じゃない。まだ話し合えば」
俺はその手首を握ると、ガドゥから引き離した。
「ニヴィお前が、シクル・クナイブに騙されてるってのは分かった」
スズメバチは俺達も狙ってきた。ニヴィアノの方はどうか知らんが、シクル・クナイブから仲間と思われていないのだろう。
気づいていることを隠すかのように、声を大きくするニヴィアノ。
「騙されてなんかない! ひどいよ騎士さん、ガドゥ、やめて。まだ制圧する方法があるから、ちゃんと考えてよ」
剣幕に押されて、ガドゥは駆け出すことができない。俺はため息をついた。
「頭冷やすのはお前の方だ。よく見てみろ」
俺に言われて、船上を見回すニヴィアノ。三十人近く居た乗組員は、ブロズウェルと数人のダークエルフを除いて、誰も立っていない。船外に投げ出されるか、投げ出された仲間を救助に向かうか、振り回した梢にやられてうめいているか、打ちどころが悪く、事切れているかだ。
「なんで、こんなことになるの……エルフみんなのためだって」
「そう思っても、行動が間違ってるときがある。ガドゥ、行くんだ」
「ああ……ニヴィアノ、俺を恨んで構わねえからな!」
今度こそガドゥは火吹き瓶のピンを抜き、駆け出した。
気づいた怪物が、床板を操ろうとするが、鉄板の隙間から出てきた根を、ブロズウェルの長剣が斬り落とした。
「エライラ、こいつでさよならだ!」
ガドゥが投げつけた火吹き瓶は、見事な放物線を描いて、怪物の根元に到達する。
カラン、と乾いた音がして、足元から火柱が吹き上がる。
「ぐっ、ぎああああああっ!」
恐ろしい叫びが、船上にこだまする。生木、それもあんなに太くて元気のある木は相当の水分を含む。本来火には耐えるものだ。ガソリンをかけてもそう簡単には燃え映らず、火が消えてしまう。
だが火吹き瓶は魔道具なのだ。発生した火が、樹に燃え移ろうが移るまいが、一定時間火柱を作り続ける。
「お、おおおのれええええっ! 魔、道具が、く、が、邪悪な、子鬼、が……ああああっ」
ニヴィアノがうずくまって耳を塞いでいる。俺は顔をしかめながら、その傍に立ち、上からコートをかけてやる。どういうつながりなのか、定かでないが、浅からぬ知り合いだったのだろう。その断末魔を聞くのは辛い。
炎はとうとうエライラというローエルフだった樹そのものに燃え移った。後は簡単なことだった。全身を焼かれながら、抵抗できる者などそういない。巨木はなす術もなく真っ赤な火に包まれていく。
「あ……あぁ……」
断末魔が途切れていく。炎が弱まり、煙が混じる。人でいう死、なのだろう。
たった一人、どういう作戦で珠を狙ったのか。シクル・クナイブとのつながりは何か。全ては分からずじまい。
「やだ、やだぁ……エライラ、ごめん……」
ニヴィアノがうずくまったまま泣いている。
友人だったのだろう。目の前でむごい殺し方をした。
だがとにかく一難去った。
焼けたエライラが、元ローエルフということもあり、敵の気配の消失は、魔力で分かるのだろう。ブロズウェルが指示を飛ばし、ダークエルフがお互いの回復や救助にかかる。
とりあえずこのまま、夜明けまで何もなければいいのだが。
ガドゥが戻ってくる。
「騎士、おれ達も行こう。ニヴィアノ、手伝おうぜ」
「……うん」
差し出された手を取り、よろよろと立ち上がるニヴィアノ。俺はお呼びでないのか。
まあいい。俺も何か役に立とう。
歩み出したのそのときだった。
湾と逆、町を望む右舷の側で、ぶち、ぶちり、と何かが千切れる音が聞こえた。
続けてそちらの方向から、なにかが飛んできたらしい。
ばさ、ばさ、と左舷の船底方向で何かの音。エライラだった樹の怪物が、梢の腕を振り回したのと同じような。
駆け寄って覗き込むと、左舷の木材全体に、枯れ木が大量に繁茂していた。幅は数メートル、何百平方メートルもあるような左舷が完全に覆われている。茶色い葉をつけた太い木だが、ほこりの臭いがするほど乾いている。
さっきのは何なんだ。枯れ木を生やす魔道具なのか。
魔道具といえば、ゴブリンのもの。ゴブリンといえば――。
視線をさまよわせると、船の脇にしゃがみ込んでいる人影を見つけた。
そいつがこちらを見上げた。薄暗くて分かりにくいが、緑色の肌をして、口からは牙を剥きだしたゴブリン。
マントをはだけた瞬間、俺は戦慄した。全身にぐるぐると巻きつけているのは、ガドゥの投げた火吹き瓶だったのだ。
ショットガンを構える暇もない。ゴブリンは全身のピンを抜くと、巨大な火柱となって吹き上がった。
熱風が生えてきた薪を包み、炎が勇魚船を取り巻いた。
同時に銃声。顔を上げると、正面、石造りの倉庫の二階に、AKを構えたゴブリンの姿。
撃たれたのは、ダークエルフの女だった。胸元から血を染み出させて、ぴくりとも動かない。
「待ってたぜえ、饗宴だ、クソエルフども!」
火に巻かれる船体の右舷、倉庫や建物から、次々と現れるゴブリン。
無論ギーマもいやがる。
シクル・クナイブに続いては、バルゴ・ブルヌスの連中の饗宴。
そう思ったときには、引き金を引いていた。
スライドを引いて、薬莢を捨てながら、一発、二発、三発。余裕こいて二十メートルほどの場所にいたゴブリンが、ショットシェルを全身に食らって倒れた。
うずくまるニヴィアノを守って、ガドゥが応戦している。ブロズウェルとダークエルフ達が、接近戦を狙って走り出す。
条件は、良くない。そのことを考えないように、ストックを強く握った。
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