12くじら船の積み荷


 甲板から下の船内は、驚くほど快適だった。あれだけ周囲が燃えているのに、火のまわりも遅く、煙も少ない。熱もそれほど高くなっていないらしい。


 もしかしたら、ここらへんの壁には、アグロスの耐火建材を使っているか、現象魔法でもかけてあるのかも知れない。


 ニヴィアノは先を行く。外の火事にもかかわらず、まだ消えていない船内灯の明かりをくぐり、急な鉄の階段を降りる。


 十メートル近く下りて、船底に近づいた所で、いきなり暗い廊下になった。


 奥へ行くと、明らかに、アグロス製の鋼鉄の扉に突き当たる。取っ手には厳重に鎖が巻かれ、これもアグロス製の南京錠が三つもかけられていた。


 ニヴィアノは鍵を取り出し、一つ一つ開いていく。


「私達って、すごく優しくて、よくできて見えたでしょ。宴のときは、ゴブリンのガドゥだって差別しないし、このくじら船も、アグロスの種族みんなのためだ、なんて言って。でも本当は、本当はね……」


 肩を震わせるニヴィエラの背中。ガドゥが精いっぱい手を伸ばして触れる。


「よせよ。嘘でやってたんじゃねえだろう」


「……うん。もう分かってるよね、これが、くじら船の本当の積み荷だよ」


 南京錠が外され、鎖が床に落ちる。きい、と案外軽い音を立てて、鋼鉄の扉が開いた。


 部屋は明るかった。電灯はアグロスのものだろう。頑丈なブロックに、白いペンキが塗られている。


 床はコンクリートで、その上には、正方形や長方形の木箱がいくつも並んでいた。


 俺は、入口の壁にかけてあったバールをつかむと、手近な木箱に駆け寄った。


 一見すると、何らかの取引の商品だ。アグロス、日ノ本の言葉で品名と送り先が書いてある。送付先は、『崖の上の王国、キリク伯領』。商品名は、『建築用スチール足場材料』。


 同じように、他の木箱にも一つずつ実在の地名や商品名が入っている。見た感じでは、特に怪しいところがない。


 だが、中身を見るまで分からない。俺はバールを蓋の隙間に差し入れ、力を込めた。みしみしと音がして、釘が飛び、木箱の中に電灯の光が入った。


「……89式じゃねえか」


 ビニールに包まれ、まっすぐな状態で入っていたのは、なんと自衛軍御用達の自動小銃だった。ご丁寧に、銃剣までつけてある。

 銃は全部で13丁あるが、それらをどかすと、その下には、専用弾薬の5.56ミリNATO弾。自衛軍では、5.56ミリ普通弾とか呼ぶらしい。こちらも灰色の紙製パッケージ、150発入りが8箱も出てきた。メリゴンから買ったものらしく、鷹のパッケージが渋い。


 蓋の方もやたら重いと思ったら、裏側には、替えのマガジン。こちらもビニールに包んでガムテープで張り付けてある。


 隣の四角い箱を開ける。こちらには『化成肥料』と書いてあったが、出てきたのは89式に取り付けられるてき弾の発射機だ。一体で運用するものだろう。

 銃と同じで合計13丁ある。無論、頑丈な鉄板を一枚隔てた底の部分からは、鉄の箱が四つ現れた。中身は、てき弾と呼ばれるグレネード弾だった。


 二つの木箱で、小銃小隊が二つぶん賄える。訓練も作戦もやりたい放題だ。


「ガドゥ、どうだそっちは?」


 上半身を突っ込んでいた木箱から、ガドゥが顔を上げた。


「……ああ、こっちはガンパーツだぜ。自衛軍でいう9ミリ拳銃、ユエの使ってるシグザウアーP220ってやつとほぼ同じだな。ストック、バレル、トリガー、専用のネジがみんな揃ってる。後は溶接機とドライバーがありゃ、組み立てられるよ。全部で30丁くらいには、なるんじゃねえのか」


 しゃがみこみ、張り付けられた情報を読み上げる。


「……ふうん。行き先『崖の上の国首都イスマ』、品名『鍛冶道具』だってよ」


 行き先が本当なら、ユエの姉である第二王女マヤ・アキノの護衛騎士達が、P220のロイヤルモデルを持っていた理由も説明できる。


 全部は確かめられなかったが、十分ほどの間に、二人で開けた十個の木箱全てから、銃器類がごろごろ出てきた。89式小銃のように、完成品が詰められているのもあるが、組み立て可能なパーツに分かれたものもある。


 とりあえず、俺のM1897、ガドゥのAK47、クレールのM1ガーランド、そしてユエのシグザウアーP220、後はフリスベルのコルトベスト・ポケットは、それぞれ銃と弾薬とマガジンが一通り揃って見つかった。さらに、かなり以前に自衛軍の断罪で使った、M2重機関銃とその弾薬である12.7ミリNATO弾。対戦車ロケットに、手榴弾、パーツに分けた迫撃砲とその砲弾まで現れた。


「これ全部か……戦争でもおっぱじめる気かよ」


 ずらりと並んだ木箱のほとんどが、同様に違いない。


 これらが、くじら船の本当の積み荷。

 この船は、アグロスの各地に武器をばら撒く、死の商船だったのだ。


 そして、そこに乗り込み、あらゆる種族と差別なく取引を行っていたのが、ニヴィアノ達ダークエルフなのだ。


 俺達断罪者の準拠するポート・ノゾミ断罪法には、禁制品取り引きの項目がある。無論、その中には銃器その他の火器取り引きも入っている。しかし、実際の所、武器取引はポート・ノゾミの公然の秘密となっている。


 というのも、ポート・ノゾミの商取引は、まだテーブルズで把握していない。何が誰から誰に売られ、それでどれほどの金が動いているかは分からない。また、どんな品物が取引されているか、検査する体制すら整っていないのだ。


 ポート・ノゾミから日ノ本へは、税関での厳重なチェックがされる。とはいえそれも、GSUMなどに頼めば潜る手段はいくらでもある。そして、ポート・ノゾミからバンギアの大陸へは、もっと簡単だ。軽いチェックはあるが、荷を開けて改めるのは一部であり、事前に予告もされている。俺達断罪者に直接見つかればアウトだが、その数はたった七人。どうやっても手が足りない。


 さらに悪いことに、七夕紛争で活躍したアグロスの火器は、バンギア側から非常に大きな需要があって、べらぼうな値段に化ける。これだけ条件がそろって、密輸が行われないはずがなかった。


 紛争の間に、自衛軍から鹵獲したものはあるが、バンギアでは、まだまだ銃器の絶対数が足りない。それなのに、弾丸の鋳造や、無煙火薬の製造、金属パーツの鋳造等、銃事体の製造技術は、依然として実現不可能であり、銃は密輸で手に入れるしかないのが現状だ。


 その取引の運び屋が、どの種族とも仲のいい、ダークエルフだったというわけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る