13流れ者の悲しみ

 これは完全な断罪事案だ。非番とはいえ、断罪者である俺とガドゥには、ニヴィアノ以下、この船のダークエルフ全員を断罪する権利と義務がある。


 断罪。施錠刑は免れないだろう。抵抗すれば射殺だってありうる。好奇心旺盛で、あちこちを旅するのが好きなダークエルフたちにとって、魔法を封じられ、百年ほど監獄の島に閉じ込められることは、かなりの苦しみに違いない。


 ニヴィアノは分かっているらしい。


「どうにでもしてよ。あんたたち、断罪者にばれたら、もう終わりだから」


 そうするべき義務はあるが、こうしていても炎の音が聞こえてくる。

 今、そんなことをしている場合ではない。

 俺とガドゥはニヴィアノには声をかけず、まずM97とAKに弾薬を込め直した。


 ニヴィアノは俺達の背中に向かい、堰を切ったように話し始める。


「私達ダークエルフは、バンギアの大陸を、ずっと自由に放浪してた。魔法も使えるし、寿命も長いし、腕っぷしだって強いから、危険はなかった。私みたいな女が一人でも、身を守れるし、戦える。けど、それも紛争までだった」


 俺はガンベルトにショットシェルを詰めながら、耳だけをニヴィアノの話に傾けた。


「自衛軍が来て、銃が入って、全部変わった。銃を覚えた奴らは、どんな種族でも私達を恐れなくなった。今突っ込んで来てる、ゴブリンみたいに。いろんな奴らが、私達を狙うようになったんだ」


 そういやユエが言ってたな。エルフの美しさは、バンギアに暮らす人間の憧れだって。現象魔法が使える人間が尊敬されるのは、それだけエルフに近いからだとも。


 そういう、恐れ多い存在なだけに。銃という力を手にした奴らが、自分の物にしたくなる。

 分からなくもない心理だ。バンギアの住人も、五年続いた紛争で戦いに慣れ、獣性っていうのか、野蛮なやり方が板についてしまっているのかも知れない。


「同じエルフでも、長老会やシクル・クナイブの後ろ盾があるハイエルフとか、ハイエルフにへばりついてるローエルフは、狙いにくかったみたい。でも私達はそれまで、種族で集まって何かするってことがなかったから、一人ずつ狩られたの」


 ハイエルフやローエルフと比べて、種族の団結が弱いダークエルフ、なるほど狙われるわけだ。

 まだ紛争が終わる以前、暴れる自衛軍の兵士を止めようとしたザベルが、無数の銃口に取り囲まれ、一方的に殴られていたのを思い出す。

 ザベルほど強くても、集団と武器の力には敵わない。狩られて、吸血鬼の眷属や、悪魔の奴隷、あるいは人間による人身売買の標的となったダークエルフは、数知れないのだろう。


「大母様は、そんな私達をまとめ上げて、くじら船の船団に入れてくれた。私も迷わずついていった。安全になったのはいいけど、それはポート・ノゾミの自衛軍とか、GSUMの手伝いをして、代わりに保障された立場だった」


 密輸の手伝い。どの種族からも悪い印象がないダークエルフは、ポート・ノゾミとバンギアの各勢力により、足に使われている。そうしなければ、再び狩られてしまうのだ。


 ザベルのように、ポート・ノゾミに落ち着いた奴らは、比較的平穏にやっているが。それはきっとバンギア中のダークエルフと比べると、少数に違いない。


 話の間に、武装が終わった。ガンベルトもシェルチューブも、パッケージを払ったばかりのつやつやした12ゲージショットシェルで一杯だ。さらに残りの弾薬も、弾帯の形で両肩からかける。


 これほどの弾薬を装備するのは、断罪者になった直後の小隊訓練以来だ。


 ガドゥも、AK用の5.56ミリが30発以上入ったマガジンを合計8つ、両肩からぶら下げている。襲ってきたバルゴ・ブルヌスの連中を、全員撃ち殺してもまだ余るだろう。


 にらんだ通り、銃も弾薬も豊富にあった。これで反撃に転じられる。


 宴で騒いだり、ビールを飲んでた俺達が、密輸を発見していたことに、ニヴィアノはまだ納得がいかないらしい。


「……ところで、いつから分かったの? 正直、ちょろいと思ってたんだけど」


「俺は、ブロズウェルが自爆するって言いだしたときだな」


 発電機の燃料くらいで、この馬鹿でかいくじら船を炎上、沈没させることはできない。ただの燃料を大量に積んでる可能性もあったが、バンギアにはまだ燃料で稼働する機械が少なく、需要もないはずだ。となると、火薬たっぷりで引く手あまたの銃火器類が思い浮かぶ。


 ギーマがズボンに手榴弾を入れながら答えた。


「おれは、お前らがあんまり必死に戦うのと、誰も銃を使ってねえからさ。自分たちと積み荷が、嫌いでしょうがねえのかなってさ。なんつーか、おれもときどき、自分がゴブリンだってことが、嫌になるぜ」


 自嘲もこめた、辛辣な言い方だった。しかし、なるほど、ガドゥらしい気づき方だとも思う。ブロズウェルにしても、ニヴィアノにしても、償いをやりたくて、ここまで献身的に戦ってくれているわけだ。


 ガドゥの言葉は、ニヴィアノの心を深くえぐったらしい。うつむき、しゃがみ込んでしまう。


「……私達の、運んだ武器で、盗賊や傭兵が強くなって、何もしてない人が殺されるんだよ。その人たちが、自分を守るために買った武器で、戦いがひどくなって、もっとたくさん人が死んでいくの。人間やゴブリンが、船に乗ってない同胞を狩るのにも、私達の運んだ銃を使うんだ。弾薬の補給で、劣勢の自衛軍が盛り返して、紛争が長引いて、住んでた場所を追われていく人も見た。私達はそれを眺めて、とっても嫌な気分になって、だから、だからせめて、どんな人にも優しくしようって。ゴブリンにだって人間にだって、悪魔や吸血鬼にだって」


 あくまで、俺に言わせればだが。


 武器で平和が作れるなんて詭弁もいいところだ。どこかで一時的な平穏がもたらされることはあっても、その裏では、別の場所に何倍もの惨禍を作り出している。

 法の執行のため、ためらいなく銃を使う俺達断罪者も、どこかに大きな歪みを生み出しているのかも知れない。


「ハイエルフのいう正義と美なんて、堅苦しいだけだと思ってた。けど、こんな生き方になって分かった。それがどれだけ大事なのか。だから、だから私、シクル・クナイブに協力しようって。フェイロンド様に言われて満ち潮の珠を探ってたけど、なんでこんなこと……」


 頭を抱え、泣き崩れるニヴィアノ。壁を反響して、外の爆発音が聞こえてくる。


 そのシクル・クナイブとて、満ち潮の珠を手に入れるため、ニヴィアノを利用したに違いない。ブロズウェルたちによって、バルゴ・ブルヌスの追手から守られているうちに、エライラを送り込んで船を沈め、珠を手に入れようとしたのだから。


「わたし、どうしたら、いいんだろう。220年も生きてきたのに、ぜんぜん分かんないの。誰を、何を信じて、どうすればいいか……」


 うずくまる細い肩を、ガドゥがぽんと叩いた。涙を浮かべて見上げてくるその顔に、ゴブリンらしい人懐っこい笑みが降る。


「ポート・ノゾミに来るか?」


「え……」


「人が増えて、金が増えて。密輸じゃねえ仕事も、たくさんあるんだぜ。ちょうど、俺達の仲間の家で、広すぎて庭の手が回らねえのがある。住み込みで働きながら、しばらくやってみりゃいいじゃねえか」


「フリスベルの所か。そういやエルフ探してたけど、あいつ知らない人が怖くて募集がかけられないとか言ってもんな」


 断罪者の一人であるローエルフ、フリスベル。あいつの家は、ポート・ノゾミの人工島から少し離れた清浄な小島にある。なんでもそこじゃないと落ち着いて眠れないそうなんだが、忙しくて帰れない日もあって、島の手入れがおろそかになってるらしい。


「嬉しいけど、でも、いいの。そうやって、ポート・ノゾミだから何とかなるって人が増えるせいで、断罪者の仕事もどんどん」


 密輸なんかやってるくらいだから、そこらへんの事情も把握済みか。確かに俺もそう思うが、人の移動を根本的に妨げる手段はないのだ。壁を作って、来たいという奴らをとどめることもできないだろう。


「そりゃあそうだけど、今より良い場所にって、人の気持ちは止められねえよ」


「音楽やってるやつが、あんまり辛い目に遭うのも見たくねえし、な」


 俺達が顔を見合わせると、ニヴィアノは目の涙をぬぐった。


「ありがとう……でも、今は」


 再び爆発音が響く。外の状況は、あまり想像したくない。ブロズウェル達が何かする前に、火災で爆沈しかねない勢いだ。


「まずこの状況、どうにかしねえとな。せっかくだから役に立てちまおう。俺達は、銃を扱うのも平気だからな」


 たとえこれだけの火器があっても、こちらはたった二人だけ。対するは、ギーマを含めた二十人以上のゴブリンだ。

 満ち潮の珠を守り、ニヴィアノを無事にポート・ノゾミまで迎え入れるのは至難だろう。

 ともあれ、勝ち目は薄くとも、できることは増えた。


 悲惨だったさきほどまでとは違う。

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