14反攻


 俺とガドゥは二手に分かれることにした。この状況で、火力を分散させるのはとんでもない悪手とも思える。いや、こんな状況だからこそ、二人居る利点を活かすべきなのだ。


 俺が革袋をかついで甲板にあがると、船はまだ火に持ちこたえていた。さすがに火器を密輸しているだけあって、表面の木材は燃えても、中心部まではなかなか焼けないらしい。


 ただ、ダークエルフが減ったせいか、銃声は散発的になっている。相変わらず、町の側の石造りの建物からだ。向こうの方でも燃えさかる船体に取り付くべきか悩んでいるのだろう。ギーマの奴は饗宴と叫んだが、目的はあくまで満ち潮の珠の回収にあるに違いない。無駄な犠牲は出したくないのだ。


 ゴブリン達は、俺が出てきたのに、気づいていないらしい。切り崩すにはもってこいだ。


「さて、やるか……」


 革袋を開くと、中にあるのは7丁の89式小銃。だがマガジンには数発の弾薬しか入っていない。

 かわりに、銃口には06式てき弾発射機というのが取り付けてある。


 こいつは実弾を使い、てき弾と呼ばれるグレネード弾の一種を発射する投射機だ。

 持ってきた89式小銃、7丁全てにセット済み。


 俺は腕時計を凝視した。あらかじめ打ち合わせたガドゥの行動開始まで、あと3秒、2秒、1秒――。


 銃声が船底の方から響いた。

 くじら船の右甲板に隠された、搬入用の入り口を開き、ガドゥが銃撃を始めたのだ。


 ゴブリン連中は、寝耳に水だったのだろう。あわてて撃ち返す音が次々と耳に飛び込んでくる。

 無論、ガドゥは一人だ。相手は二十人近くで、装弾数が30発もある、スコーピオンやAKを使う。銃の効かないスレインならともかく、ガドゥ一人で放っておいて勝てるわけがない。


 だから、俺という砲台の出番なのだ。銃声によって相手の位置の検討がついた。ついでにこっちへの警戒も和らいでる。


 炎の壁の向こう、約20メートル程度。石造りの建物で身を守りながら、ちくちくとこちらを撃ってきている。


 俺はショットガンを置くと、89式小銃を拾い、膝をついた。ストックを甲板に立て、上部の発射機を九十度近くに傾ける。船が微妙にかしぐのがうっとうしいが、仕方がない。


 俺の射撃には、ユエのような異常なスピードや、クレールほどの正確性はない。しかし俺とて断罪者。使用の可能性がある火器について、ひととおりの訓練は受けている。


 そう。日ノ本では珍しい06式てき弾発射機も、戦闘の多いバンギアではわりと使われる。警察署の倉庫にはいくつか置いてあるし、きちんと訓練は受けたのだ。


「角度、よし、方向よし、風向、風速……」


 銃声の中心に放り込んでやる。迫撃砲になった気分で、調整を行う。

 数秒で、当たりがついた。願わくばギーマの憎々しい面が吹き飛ばんことを。


 ぱしゅ。引き金を引くと、てき弾が飛び出す。弾事体は速すぎて見えないが、急角度の放物線を描いて、炎の壁を越えている。


 相手の銃声はこちらを向かない。威力のわりに、発射音事体はそれほどでもないのだ。炎の音と発砲音でかき消されている。


 もう一丁を拾い、同じ角度で二発目を放つ。


 三発目は、右に二度ほど修正。


 四発目は、前一メートルに移動。


 五発目――。


 どぱ、と炎の向こうに爆発音が響く。

 一発目の射撃から約十秒、無事着弾、炸裂した。


 てき弾は、爆風と破片で周囲を殺傷する。敵側の発砲が途切れている。何人か巻き込めていると願う。


 どぱ、どぱっ。爆発音が連続する。四発目までは発射済みだ。落ちたそばから破裂していく。確認後、俺は再び発射の体勢に戻った。


 五発目、六発目、最後の七発目。全部撃ち終わると、甲板の左舷側、港内をにらむ方へ走る。


 背後では爆発音が続く。手すりから下を見下ろすと、救命ボートに乗り込んだニヴィアノの姿ある。


「今だ、火を消せ!」


 俺の叫びに、ニヴィアノが杖を掲げた。魔力が集まっていく。


「イ・コーム・ヒイグ・ワアブ!」


 現象魔法の呪文が響く。

 ごぼごぼ、と船底の方で水が湧き上がる音。

 直後、右舷側から長大な水柱が吹き上がった。

 その高さは、くじら船をはるかに超える。背丈を増した夜の海は、さながら、船を襲う巨大な黒い怪物だ。


 海水の柱は、途中で弾けて大量の水しぶきとなる。一瞬の豪雨が、長大なくじら船に覆いかぶさった。


 炎の勢いが大きくかげる。右舷甲板の真ん中、焼け残ったタラップが露わになった。


「押し返すぞ、生きてる奴は続け!」


 叫びながら、階段に向かい疾走する。


 こちらの存在に気づかれた。銃声が響き、頬の近くを銃弾がかすめる。


 構わずタラップを駆け下り、近くの荷物の影に飛び込む。


 弾丸が地面を叩き、遮蔽物にぶつかっている。これは、棒状のスチール足場を運搬用にまとめたものだ。くじら船の中身と違って、本物。しばらくは大丈夫だろう。


 振り向くと、炎が再び盛り返し、船をつつんでいくところだった。火吹き瓶の効果は切れたのだろうが、相当の範囲に延焼している。簡単には消えない。タラップも火にあおられ、いよいよ後戻りができなくなった。


 正面に向き直れば、ゴブリン達が根城にする建物が、目の前に横たわっている。


 幅は十メートルくらいだろうか。四階建てで、二階までが煉瓦でできており、そこから上はひさし状に張り出している。肋骨上の木組みに、壁は石膏を塗り、屋根は恐らく赤い三角。木枠ごと壊されてはいるが、元々は結構しゃれた造りだったであろう窓もある。


 アグロスのビルとは比べるべくもないが、バンギアではかなりの高級建築だ。


 このゲーツ・タウンは、アグロスとつながる以前、ただのひなびた漁村だった。本来石積みの建物がせいぜいのところ、紛争以降、ポート・ノゾミとの関係で金回りが良くなったのだろう。

 

 さておいて、ゴブリン達はそんな建物の窓から体を乗り出し、AKやスコーピオンの砲火を雨あられと降らせてくる。


 窓は全部で十個だが、うち四つは俺のてき弾が入り込んで吹っ飛び、その下には腕がもげたり、顔が半分吹っ飛んだゴブリンの死体があった。自分でやっておいてなんだが、なかなかにむごい。


 銃弾の合間を縫って、顔を出して射撃する。


 一発、二発、三発。


 だが俺の狙ったゴブリンはすぐに引っ込み、散弾はかすりもしない。

 両隣の窓から、別のやつがAKで撃ってきた。


「うおっ……!」


 間一髪体を引っ込めた。足場と地面が、ぴしぴしと音を立てる。わりと狙いは正確だ。しかも角度がついているから、革靴の先をかするくらいの所に当たる。身を縮めないと、隠れていても命中するぞ。


 スライドを引き、右肩の弾帯からシェルチューブへリロードを行なう。


 弾はまだまだあるが、ここからじゃあまり効果はない。体中の弾を使っても、それほどの数は倒せやしないだろう。


 やはりショットガンの本領である、接近戦が必要だ。建物内に入り込まなくては。素早い行動が鍵だ。

 せっかく持ってきたのだが、重量を増やす弾帯を置き、ガンベルトだけになる。


 後は、少しでいいから銃火が弱まればいいのだが。


 そう思ったとき、窓から射撃していたゴブリンが落ちた。ガドゥの奴が、右方向の荷物の陰から撃っている。船の右舷から出て来て、前進し、波止場の荷物まで来ているのだ。


 反撃が、ガドゥに集中する。


 今だ。


 俺は足場の陰から飛び出すと、まっすぐに建物の玄関を目指した。

 気づいた二階の窓から、ひとりが銃を向けた瞬間。


 飛んできた小枝が、緑色の手の甲を貫く。火炎と闇夜の境から、枝の短剣を投げつけたのは、なんとブロズウェルだ。あの炎と銃撃の中で、生きていたとは。


「走れ、騎士!」


 言われるまでもない。俺は全力で弾丸の中を駆け抜け、建物の入口へと突っ込む。

 スコーピオンの発射音がしたが、どうにか振り切ってひさしの下へ入る。ここまでくれば、階上からの射線がきれる。


 勢いのまま、入口のドアを蹴りつけ、直後に左へかわした。

 瞬間、無数の弾丸が木製のドアをめちゃくちゃに貫く。やはり待ち伏せしてやがった。


 AKはマガジンに30発、スコーピオンも最大で30発。てき弾で奇襲された恐怖が勝ったのか、べらぼうな数が降り注いでいる。とにかく俺を殺してしまうために、待ち伏せた全員が全弾を撃ったのだろう。


 案の定、射撃の切れ目が生まれた。半壊した木戸を完全に蹴破り、踏み出すと同時に引き金を引き絞り、スライドを連続で引く。接近戦用のスラムファイアだ。


 合計五発の12ゲージがM97の銃口を飛び出し、拡散して部屋中を蹂躙する。


 どうやら食堂だったらしい。散らばったショットシェルは、椅子やテーブル、コップ、食器、作りかけの料理などと一緒に、三人のゴブリンをぼろ屑にした。


「死にやがれ断罪者!」


 ドア脇の闇から、AKの銃剣が突き出される。俺は右に身をひねってかわすと、突進をいなして外へ放り出した。


 起き上がろうとしたゴブリンの首に、音も無く近寄ったブロズウェルの短剣が食い込む。刀身がやたらに白く、血の色が映える。獣の骨製なのだろう。


「前だ!」


 言われて、二階へ続く階段へ銃口を向ける。

 コンマ一秒、俺の方が早かった。六発目のショットシェルがゴブリンの顔を吹っ飛ばし、持っていたスコーピオンが天井へ向けて火を吹いた。


 ガンベルトから弾を補充する間、ブロズウェルもまた部屋に入り、無言のまま弾痕の残るテーブルや椅子、樽などを使い、入口にバリケードを築いていく。階上にもにらみを利かせてくれているらしい。

 さすがザベルと旅をしていただけあり、戦闘に慣れている。


 だが、ここまでできても、同胞を守るには、密輸の片棒を担いで他の組織の庇護を仰ぐしかないというのか。


「……どうした、騎士よ。弾は込めたのだろう。同胞たちも裏手や屋根から子鬼どもを襲うぞ。死ぬことしか考えていなかった我らに、お前達断罪者が開いてくれた突破口だ」


「ああ。でも、これが終わっても」


 ブロズウェルが微笑をもらす。武器を密輸し、今しがた敵の命を奪ったとは思えない柔和な声だ。


「……言うな。罪は罪だ。甘んじて刑を受ける」


 あれだけの規模の武器密輸など、過去摘発した例がない。断罪法上、禁制品の密輸は殺人より上限が軽いが、最大なら100年くらいつく。


 本来なら、俺達を殺して口封じを計ってもいいくらいだろう。ブロズウェルは協力を続ける気なのだ。


 上階で銃声がした。他のダークエルフが、壁や裏口から入り込み、反撃に転じているのだろう。


「今は考えるな、若き断罪者。ザベルがアグロス人のお前に教えたこと、もっと私に見せてくれ」


「……ああ!」


 M97のスライドを引いて、ショットシェルを装填する。ギーマの面を思い描きながら、上階へ続く階段を駆ける。


 そういや今日は休暇だったか。

 いや、構うもんか。


 饗宴を待つまでもない。

 バルゴ・ブルヌスの頭とは、ここで決着を付けてやる。

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