15離岸
二階より上は、廊下に沿って個室が続いていた。部屋の確認を考えた瞬間、ドアが勢いよく開く。でてきたゴブリンがこちらに向けてAKを乱射した。
手すりの破片が頭に降りかかる。そう簡単には進めない。ただ、この距離なら俺のM97でも存分に威力が発揮できる。
反撃しようと顔を出したが、ゴブリンは事切れていた。侵入したダークエルフの男が、喉元を枝の短剣で貫いていたのだ。
こいつらとて、ただのゴブリンじゃない。戦争もくぐったし、銃器の扱いにも慣れているギーマの側近なのだが、それを子供扱いとは。
奥の部屋のドアが開く。ブーツをはいたゴブリンの細い脚が見える。気配を察知し、ダークエルフが部屋の中へと身をかわす。
M97が三度火を吹き、ゴブリンはドアの向こうに倒れ伏した。
とりあえず、断罪者の面目躍如か。
それからは、万事そんな調子だった。てき弾の被害で恐慌状態となったゴブリン達は、侵入してくるダークエルフを撃退しきれず、攻めのぼってくる俺とブロズウェルも防げない。
三階、四階の途中の部屋にもゴブリンは居たが、侵入したブロズウェルの部下が、ほとんど片づけてしまっていた。弾薬は豊富に持ってきているのだから、撃ちまくって立てこもることぐらいできそうなのだが、その知恵も浮かばないらしい。
攻めにまわると強いが、攻められるともろい。狂気神バルゴなんて恐ろしいものを崇拝する、マフィアのバルゴ・ブルヌスらしい末路なのかもしれない。
四階の制圧が終わった。残るは屋根裏、ボスのギーマのみだ。
あいつだけは、一筋縄ではいかないに違いない。
制圧した四階の部屋、屋根裏に通ずる木のはしごの前で、しばらく立ち止まる。
「心配するな、騎士。私の同胞も、四方から取り囲んでいる」
ブロズウェルが俺の肩を叩く。魔力の気配でダークエルフ達の位置が分かるのだろう。
そして恐らく、ダークエルフ達からも、こちらの動きは分かるのだ。
「イレー」
簡素な呪文を唱えると、指先にライターくらいの火が灯った。
「これは攻撃準備の合図だ。吹き消せば、同胞たちが一斉に動く。お前の命を待つ」
同時に行けば、攻撃の手は合計五つ。いくらあいつが強くとも、全員の攻撃をかわすのは無理だろう。
とはいえ、相手はあのギーマ。ガドゥの銃撃を目の前でかわしながら、肩を撃ち抜いた凄腕だ。やけくそになって自爆される恐れもある。それこそ、建物ごと吹っ飛ぶような奴をやられたら、一挙に全滅してしまう。
俺は逡巡した。煙草を一杯やりたかったが、こらえて、窓の外を見降ろす。ガドゥはまだ外にいた。突入のタイミングをつかめなかったらしい。
こちらを見上げたガドゥに向かい、俺は待機のハンドサインを送った。
これでいい。たとえ自爆されても、外のガドゥは無事に済む。そうして、俺が奴と相討ちを取れれば、こちらの勝ちはぐっと近づく。
俺はブロズウェルを振り向いた。M97をショットシェルで一杯にすると、スライドを引き、ゆっくりとうなずいて見せる。
死の道行きになるかも知れないのに、ブロズウェルは微笑した。
「いいだろう。若き断罪者よ」
この人は恐らく、女であっても、戦士なのだろう。衝撃や炎で、ところどころが破れたドレスからのぞく白く細い腕。その先端の滑らかな指へと、唇を近づけていく。
いよいよか、と思ったところで、急に振り向く。
「ところで、死は怖くないか?」
言われると、困る。覚悟は持ってるつもりだが、しばらく言葉に詰まって、なんとか一言、返す。
「……死を恐れ、死と踊れ。ザベルが言ってた」
「そうか。君が居れば、あいつはもうただのコックで十分だな」
意味を問う前に、ブロズウェルが指先の火を吹き消した。
ショットガンの束帯を肩にかけ、銃身を背中へ。両手を開けながら、はしごを目指す。
ぐっとつかんで一気に登り、蓋の手前で右手を抜いて、ショットガンを再び握る。
ひといきに蓋をぶち抜き、階上で銃を構えた。
「ギーマッ!」
こちらを向いたゴブリンに向かい、スラムファイアで畳みかける。
一発、二発、三発、四発。
散弾の雨と、壁の穴や窓から投げ入れられた短剣。全て受けたゴブリンは長い両耳をぴくりとも動かさず、ばったりと倒れ伏した。
炎が吹き上がる気配はない。爆発の巻き起こる気配もだ。
俺は、はしごを上り切ると、五発目を装填しながら近寄った。
銃は構えようとしたらしいが、完全に後手だった。しかも外からの短剣も刺さり、かなりひどい有様だ。
「あっけないな……」
これが、あのギーマの最後だっていうのか。
いや、マフィアの大ボスの末路なんて、結局こんなものなのかもしれない。
不思議なことに、両耳は銃弾も短剣も免れていたらしい。両方とも無事、綺麗なままだ。
「うん? 耳……」
あいつの片耳は、俺達が攻撃するまでもなく、ずたずたのはずだ。
とすると、このゴブリンは違う。本物はどこで何を――。
低い汽笛が鳴り響いた。建物のすぐ外からだった。
ブロズウェルと俺は、すぐさま窓から確認する。
くじら船が、ゆっくりと岸壁を離れていく。
巨大な船体が、岸壁から夜の港内へ向かって、海の上を滑っている。船尾や両弦に、わずかな炎を残しつつも、再び大きく汽笛を鳴らし、確かに陸から遠ざかっているのだ。
「馬鹿な、誰が……」
呆然とするブロズウェル。雰囲気に引っ張られそうになったが、俺は甲板のゴブリンに気づいた。
そいつは片膝をついて、なにか棒のようなものを担ぐようにして持ち、こちらに向かって構えて――。
「ブロズウェル!」
細い腰に飛びつくように、屋根裏の床へ押し倒す。
間髪入れずに窓が貫かれ、逆側の壁が黒煙と共に破砕される。
粉状の破片が髪にかかる。
RPGだった。甲板に居た二人のゴブリンが、一斉に撃ってきたのだ。
反撃しないと。ブロズウェルを窓から離すと、懐からスラッグ弾を取り出し、シェルチューブに詰めて銃身へ送り込む。
今ならまだ、甲板で無防備のはず。そう思って顔を出した瞬間。
今度は、どかどかとでかい音が響いた。俺は再び壁の下にもぐり、体を丸める。
だが今度は外の石膏が崩され、補強材や壁の柱までが打ち砕かれていく。
「騎士、こっちだ!」
ブロズウェルに手を引かれ、RPGの穴から、接していた奥の建物へ逃げ込む。こちらはもう少し高級な宿だったらしい。ベッドに、棚と花瓶を備えている。
掃射はやまない。さっきまで居た建物の4階をこれでもかと蹂躙していく。いくつかの弾丸は、こちら側にも入ってきて、棚の上の花瓶を割った。
「おいおーい、出てこいよ、断罪者のにいちゃん!」
聞き覚えのある声。というか、つい昼過ぎに酒場で聞き、その後襲ってきたときにも聞いた。間違いなくギーマだ。
撃ってきたのは、威力からして、恐らくM2重機関銃だ。RPGといい、あいつら、くじら船が空いたのをいいことに、侵入して制圧しやがった。
「早くしろ! ニヴィアノは俺達の手の内だぜ!」
そう言われては、出るしかない。交渉してくることを祈ろう。
俺は裂け目から再びさきほどの建物へ戻った。弾痕でぼろぼろになり、崩れかかった壁の裂け目から顔を出す。
ギーマ以下、三人のゴブリンが、甲板から俺を見つめている。
ニヴィアノは、一人の足元で這いつくばり、背中にスコーピオンを突き付けられていた。
「はは……俺達が、一枚上手だったな?」
たった四人。最低でも十六人を犠牲にして、ギーマはくじら船を奪う道を選んだ。そして、賭けに勝ったのだ。
強運と、度胸と、実力あっての、片耳のギーマというわけか。
だが、死線をくぐった断罪者だってそれらは確実に持っている。
そう。すでに飛んでも届かぬ距離まで離れた船の右舷に、ガドゥが取り付いたことだって、立派な強運に違いない。
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