16供物と恵み
ギーマは頭上にAKを向け、これ見よがしに発砲する。このあたりで聞こえない奴は居ないだろう。
「クソ魔法を準備してるエルフ共、すぐにやめて、武器を捨てて出てこい! ブロズウェル、前に出て部下を下がらせろ!」
俺に注意が向いている間、ブロズウェルは後ろで攻撃の合図を準備していた。
それも読まれているのだ。
ブロズウェルが俺の隣に現れる。指先には、撤退を表すであろう、現象魔法で作った青い炎が揺れている。
それを吹き消すと、あちこちからダークエルフが現れた。
建物の屋根に伏せていたやつ、荷物の影に隠れていたやつ、木製のクレーンの上部に乗って、今まさにくじら船へと飛び移ろうとしていたやつ。
それに、ギーマの懸念通り、杖に魔力を溜めていた奴もいた。
合計は十人ほど。エライラと戦い、海に落ちた奴も上がってきていたのだ。まともに戦えれば、ギーマ達四人ぐらいはなんとかなっただろう。心強い味方だったのに。
「それで全部なんだろうな」
「そうだ!」
「はっ、どうだか。おい」
ギーマが声をかけると、M2の所に居た一人のゴブリンが、懐から金属製の短剣を出した。そいつは、しゃがみ込んだニヴィアノへと近づいていく。
何をするのかと思ったが、ナイフを両手で持つと、いきなり頭上に振り上げた。
ニヴィアノが悲鳴を上げる間もなく、一気に眼前へと振り下ろす。
「あ……うあぁぁぁぁああああっ!」
甲高い悲鳴が響き渡る。ニヴィアノが甲板についていた手、その右手の、細い人差し指を、中ほどから切断したのだ。
「ニヴィアノ! おのれ……!」
血の出るほど唇を噛み締めるブロズウェル。ギーマは痛みに顔を歪めるニヴィアノの髪をつかんで、涙を流すその顔をこちらに向かって見せつけた。
「おらどうだ? この程度の拷問なら、いくらでもやってやるぜ? もういっぺん聞いてやる。隠し玉は全部出せ! それとも、鍵盤の娘に変わって、この娘に、違う名前でも考えてやるのか?」
「ひぃ、いや、あ……」
今度は左手を床につけ、部下のゴブリンが無言でナイフを振り上げる。従わなければ両手の指がなくなるまで切り落とすのだろう。
違う名前を考えさせる、二度とピアノが弾けなくなるってことか。
俺はM97の銃身を握った。そんなもの、とても見ていられない。
ブロズウェルがドレスの胸元に手を入れる。小さな種を取り出すと、その手の平から薔薇の花が咲く。
そのまま枯れて崩れてしまうと、今度はくじら船の船室から、一人のダークエルフが現れた。
ギーマは有無をいわさず、スコーピオンを撃った。
距離は十数メートル。射撃は30発のマガジンが空になるまで続く。.32ACP弾が、狙いを違えず次々と降り注いだ。
ザベルと似た革のマントを羽織っていた男のダークエルフ。
彼は踊るように倒れて、廊下に血だまりを作り、ぴくりとも動かなくなった。頭部にも当たっている。マロホシでも、もう治療できないだろう。
空のマガジンを落として、スーツのポケットから補充する。銃口で帽子のつばを上げながら、ギーマは笑い声を上げる。
「さすが、大母様だな。500年も生きてるだけあって、小利口なばあさんだぜ。大事な作戦は二段構えが基本だ。あいつが生きてりゃ俺の首が取れたかも知れねえ」
その可能性は、潰えた。同時に、ブロズウェルは自分の命令によって部下を失った。
自分の無力を責めるように、うつむき、拳を握る。
やり取りの間も、くじら船は岸壁から遠ざかっていく。すでにタラップは外され、その間はもうすぐ十メートルにも達しようとしていた。いくらダークエルフ達の身体能力といえど、もう乗り移れる距離ではない。クレーンを伝ってもだめだ。
ギーマの後ろから、一人のゴブリンが現れた。持っているのは、ニヴィアノが共に脱出する予定だった満ち潮の珠だ。奪いやがったか。
部下から渡された珠を握りしめると、見せびらかすように高々とかかげるギーマ。
「見ろよ、今日は最高の日だ。バルゴは俺の部下を食ったが、ダークエルフの奴隷と、ご機嫌な武器と、このでかい船、それに満ち潮の珠までもたらした。犠牲が大きけりゃ、恵みも大きい」
シクル・クナイブ、俺達断罪者、くじら船のダークエルフ、そしてギーマ達バルゴ・ブルヌス。激しい争奪戦に勝利したのだ、笑いが止まらないのだろう。
「この船もいい。武器もいい。ますます饗宴が面白くなるぜ!」
俺は血の気が引くのを感じた。迫撃砲にグレネードランチャー、M2重機関銃、RPG、その他どれほどの火器が船底に積んであっただろうか。
こんなものを使って饗宴などやられたら、もはや事件どころではなく、無差別テロにも等しい。
こいつらの饗宴により、ポート・ノゾミは紛争以来の騒乱に包まれてしまうだろう。
「あばよ、密輸業者さん! それから断罪者の兄ちゃん。カルシドの件じゃ俺達のシマを随分荒らしてくれたが、そろそろ礼をしに行くからよろしく頼むぜ。警察署か、汚いガキどもを飼ってるレストランにな! 楽しみにしてててくれ」
ザベルの店まで狙うつもりか。ニヴィアノの指を切り落としたギーマのこと、ただ殺すだけで飽きたるはずがない。
「くそっ!」
拳を、壁に叩き付ける。ニヴィアノが、どれほど悲惨な目に遭うのか。
あいつらに狙われて、ザベルの店とそこに暮らす子供たちがどうなるか。
満ち潮の珠を背景に、バルゴ・ブルヌスが勢力を増せば、ポート・ノゾミがどれほどの地獄に変わるか。
ギーマだけは、ここから逃しちゃならないというのに。
今の俺には、反撃の手段がない。
スラッグ弾は持ってきている。もう少し近づけば狙撃も可能だろう。だが、向こうから見えるうちは動けない。ブロズウェル達も、船に近づけはしない。
クレールの奴なら、ギーマに気取られずもっと遠くから狙撃できるだろうか。
スレインなら、あいつらの銃弾を気にせず、一気に蹴散らせるだろうか。
ユエの早撃ちなら、ギーマにだって敵うだろう。
フリスベルの魔法なら、ギニョルの策略なら――。
あいつらは夜明けまで来ない。ほかの断罪者さえ、いれば。
ほかの、断罪者。
ガドゥはどうしたんだ。
確か荷物の傍に待機のサインを出したはず。
居ない。どこだ。まさか。
思い当たったその直後、銃声がくじら船の甲板に響いた。
ニヴィアノを押さえていた二人が、よろめいて倒れる。完全な不意討ちだ。5.56ミリで血だるまになっている。
飛びのいたギーマがスコーピオンを斉射する。めくれあがった甲板の床板が、弾丸を弾き飛ばした。
「ギーマ、もう諦めろよ」
鉄板に隠れ、ギーマに背を向け。
もう一人の断罪者、ギーマと同じゴブリンのガドゥは、AKをリロードしている。
「ガドゥ……!」
歯を食いしばり、にらみつけるギーマ。
銃弾を受け、だらりと下がった左肩からは、ガドゥと同じように、赤い血がしたたり落ちていた。
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