17ささやかな宴

 レグリムを断罪し、シクル・クナイブのアジトも焼けて。

 島の情勢は少し落ち着いた。確認できる限りでも、シクル・クナイブとおぼしきハイエルフが14人死亡し、27人が樹化したまま森となった。

キズアトとハーレムズの奴らも、十分に溜飲が下がったのだろう。自衛軍も報酬を受け取ったらしく、活動が落ち着いている。


 一週間がたち、今までの捜査とのすり合わせやら何やらがようやく終わって、俺とフリスベル、クレール、そしてユエはザベルの店に集まった。フリスベルが断罪者を続けることになった祝いだ。ギニョルから認められ、どうにかやれることになった。

 実際こいつを欠いたら、この先かなり厳しいことも明白だが。あれだけ脅かされたレグリムに立ち向かい、断罪したことが大きかった。


 時間は宵の口。店には悪魔や吸血鬼が増え始める時間帯だ。

 テーブル席には、俺とユエ、それにフリスベルとクレールが座る。今日は俺たち三人で、フリスベルにおごることになっている。


 魚介とマカロニのトマト煮をすくいながら、俺はフリスベルに尋ねた。


「あの島の扱い、結局どうなったんだ?」


 蒸し鶏の入ったサラダをつつきながら、フリスベルが答える。


「エルフの有志で森を開いて、模範囚を移すことになりました。希望する人には、マロホシの所の病院からも転地療養を認めるそうです。エルフには森の魔力が最も良いので」


 マロホシの腕は確かだが。あんな奴の所に居ちゃ、まっとうなハイエルフは、治るものも治らない気がする。

 クラッカーにクリームチーズの載ったのを飲み込み、グラスに入ったビールを飲むユエ。18歳だが、島じゃそんな法律は関係ない。

 昔のメリゴンのごとく、バンギアでも水が良くないせいで、みんな結構酒を飲む。


「……ぷはあ。監獄の島、結構人であふれそうだったからねー」


 ロウイ群島には島がたくさんあるが。どれも荒れ果てた無人島だ。監獄を設けるとなれば、土地を切り開き、建物を建て、生活ができるよう環境を整えなきゃならない。逃走防止の柵や、港も作らなければならないし、テーブルズでもきっかけが無く、なかなか進んでいなかった。


「エルフの情勢はどうなるんだ?」


 オレンジソースで味付けた蝙蝠のグリルにナイフを入れ、クレールが言った。


「あの紛争で、長老会は力を失っていたようです。シクル・クナイブは昔から長老会を支えていたのですが、フェイロンドさんが暗躍して、形もかなり変わっていたみたいで」


「あいつの狙いは何なんだろうな。俺達を助けることもしたし、行方も分からねえ」


「注意は必要だろうな。つかめない奴だ」


 今から考えると、レグリムをおだてて暴走させることで、俺達に断罪させたとも考えられる気がする。レグリムの知っている範囲のシクル・クナイブのメンバーは、ほとんどが島で戦って樹になってしまったと思われるのだが。


「そういえば、この間ポート・キャンプに断罪に行ったとき、なんかエルフの人達の数が減ってた気がするんだよねー」


「本当かよ」


「うーん、あんまり自信ないんだけど、ほら、あのとき。ハーレムズが攻撃してきたホテルあったじゃない」


「あそこか」


「泊まってたエルフの人、みんな引き上げちゃったみたいなんだ。みんないっぺんに遊びに来て、いっぺんに帰るとかないと思うんだけどなあ」


 フィクス達に襲われた、あのホテルか。すんでの所で助けたあの夫婦は無事帰ったのだろうか。あいつらもシクル・クナイブに養子のローエルフの殺害依頼を出してやがった。


「私はそんなに変わった感じはしません。みんな同じように働いていると思います」


 フリスベルの見通しは、甘いのだろうか。

 見た目には鳥の胸肉にも見える、こうもりの肉を飲み込み、クレールが言った。


「……僕はあいつが、シクル・クナイブを引き継ぐ何かを動かしている気がする。レグリムが関わった事件は、10件ほどだったし、残りはあいつが主導していたはずだ。これからも何かやるに違いない」


 問題は、それが何か、か。ろくな事じゃ無さそうだな。


 フェイロンド、ハイエルフでありながら、ハイエルフもローエルフも、ダークエルフにも違いはないと言い切ってやがった。ハイエルフでありながら、ローエルフのフリスベルに気持ちを寄せているようだし、本当にわけのわからん奴だ。


 橋頭保じゃ命を救われたから、根っから悪い奴でも無い様な気がするのだが。


「もし戦う事になったら、厄介だろうな。あいつ、僕と戦ったときは本気では無かったらしい。隙ならあったのに、現象魔法を一度も使わなかった」


 すさまじい立ち回りに見えたが、一言や二言の呪文なら詠唱できた。

 吸血苔のほかにも、いくらでも手段はあったはずだ。


「大丈夫ですよ。今度は、きっと私が、お役に立ちます」


 フリスベルが柔らかくほほ笑む。その中に、しなやかな決意が交じっている。

 ハイエルフであろうと、断罪者として堂々と戦って見せるだろう。


「頼もしいものだな。その小さな勇気を祝福しよう」


「あ、ありがとうございます……」


 ワインを注がれ、小さなグラスで受けるフリスベル。108歳と328歳。妙に絵になる組み合わせだ。


 俺たちの居るテーブルの前で、そんな光景をあぜんと見つめている少女が居た。


「あの……クレール、様?」


 カルシドの件で、クレールがものにした、吸血鬼のハーフの少女、エフェメラ。そういや、ここの給仕の手伝いをしていた。

 弾んでやってきたのだろう。手にした銀のお盆には、ユエが注文したローストチキンと、アグロスから伝わったクリームソーダ。エプロンドレス姿もなかなかに愛らしい。


「やあ、エフェメラ。仕事には慣れたのかい?」


「え、ええ。あ、あのその方は……」


「フリスベルさ。同じ断罪者の仲間だ。君を助けに行ったとき、脱出の手伝いをしてくれたんだ。なかなか勇気のある女性だよ」


「……は、はじめまして」


 プライドを攻撃に転嫁した様な目で、差し出された手を取るエフェメラ。照明のもとで鈍く輝く黒と銀の髪。吸血鬼のハーフ独特の、赤と黒の目。まだ子供とはいえ、なかなかの迫力だ。


「クレール様、今夜は空いていますか?」


「この後は帰るばかりだ」


「それなら、蝕心魔法をご教授いただけませんこと? 私、早く強くなりとうございますわ」


「……仕方ないな。だが君も仕事があるだろう」


「いいえ。今日はまだ見習いです、早く上がれますから」


「いいだろう。なら後で僕の屋敷に来てくれ」


「喜んで!」


 クレールの手を握ると、フリスベルの方をうかがい、エフェメラは去っていった。

 あんな性格だったっけか。まあカルシドから引きはがすときに、クレールがやり過ぎたせいもあるのかも知れない。


 厨房の方を見ていると、エフェメラがザベルと祐樹先輩に必死に頭を下げている。

 早退を頼み込んでいるのだろうか。相当な無理をしているらしい。


「……やれやれ。あれじゃまるきりわがままじゃないか。こんな真似は二度としないように、僕が言って聞かせておくよ」


 クレールが最後の一切れを食べると、代金を置いて立ち上がる。イェン紙幣か、名家だけあるのか、やっぱり経済力がある。


「そうだ、フリスベル。君もこの後は帰るのだろう。食べ終わっている様だし、船着き場まで送ろう」


「え? あ、は、はい……お願い、します。騎士さん、ユエさん、ごちそうさまです」


 ぺこりと頭を下げ、立ち上がったフリスベル。クレールと並ぶと兄妹にも見える。無論、エフェメラもなのだが。


 ようやく早退の許可をもらったらしいエフェメラが、出て行く二人を信じられない様な顔で見ている。気の毒なものだ。


 店の二階に駆け上がると、しばらく後、いつも来ている黒いドレスに着替えてクレールとフリスベルを追いかけて行った。


「……うーん。なかなかの情熱だね」


「ローエルフと吸血鬼って、どうなんだよ?」


 コップを空にしたユエに、たずねてみる。というか、バンギアでは異種族間に子供は生まれないのだろうし、そもそもくっつくことが無駄って認識なのか。深く考えたことが無い。


「どうなんだろうねー。あ、でも王族なら、代々何人かは出るよ。吸血鬼とか悪魔とか、ハイエルフに恋しちゃう人」


 色々教育が行き届いているであろうユエの所にさえ、そういう奴が出る。なら、そう言う事なんだろうな。


「大体駆け落ちして居なくなっちゃうんだよねー。みんな話したくないみたいだけど、覚えてる人が居て、侍女の人の間だと噂になってたり。でも、基本的に、みんな体のつくりが変わらないからなあ。仲良くしたいと思うのも分かる気がする」


 そう言いながら、右手の親指と人差し指でわっかを作り、左手の人差し指をくぐらせるユエ。

 ほの赤く染まった頬に、ちょっとすわった目。こいつ、酔ってやがるな。


「くだらねえこと言うなよ。ま、でもそういう事なんだろうな。ホープ・ストリートは繁盛してるし、GSUMに高い金払って遊びに来る奴らも沢山いる」


 おまけにアグロスとバンギアの混血児だって沢山生まれているのだ。子供の有無はあまり関係ないのだろう。


「私、そういうの無かったんだよねー。最初に襲われて助かったのはいいけど、男の人が怖くなっちゃったのが原因だろうなー。でもそれから強くなっちゃったし、BLとかにはまってると近寄りがたいとかあるんだろうし」


「わりとレベルは高いのにな」


 外見でいえば、かなりのものなのだろう。天然の金髪に、豊かで穏やかな海の様な碧眼。おまけに健康的な色気を放つスタイルの良い体。

 本人が言ってるように、おっかないガンマニアやBLどっぷりでなかったら。あるいは魔力不能者で無かったら。末っ子とはいえお姫様の地位。求婚者は尽きないだろう。


「本当! ね、騎士くんそう思うの?」


 餌を見つけた犬みたいに、俺の肩をつかまえてくる。言わんこっちゃねえ、ギニョルといい、いい体をしてやがる。


「あ、ああ……」


 引き気味に答えると、にやにやしながら、俺の方をうかがう。


「ふーん、へー。そうなんだ、何か嬉しいな。でも、流煌さんのことは良いの?」


 それをお前が言うのか。さすがに流せない。

 黙り込んだ俺の雰囲気を察したか、ユエもしゅんとして縮こまった。


「……ごめんなさい」


「良く言えたな。でもまあ、俺もどうするか決めとかないとな」


「この先、戦うかも知れないってこと。そういえば、島のことはギニョルに話した?」


「ああ。またキズアトと戦うことになれば、確実にぶつかる事になるしな」


 話しておけば、そのときに、俺を避けてくれるかも知れない。

 あるいは、ギニョルなら知ったうえで俺をぶつけて、ハーレムズで最も優れたフィクスの動きを封じにかかるかも。


 残酷ではあるが、断罪者としても、悪魔としても合理的な策だ。


 考えるのが面倒くさくなり、目の前のグラスを満たしたワインを飲み干す。

 渋みと酸味に続いて、喉と胃が、かあっと焼ける様に熱くなる。


 目が回りそうになり、テーブルに両手を突く。


「ちょっと、大丈夫? いきなりそんなの危ないよ。騎士くん、心は大人の男の人でも、体は私より年下なんでしょ」


「飲みたかったんだ。酒ってのは、忘れたいときに使うもんだろ」


「だめ!」


 いきなり怒られて、混濁した意識が引き戻される。

 両肩をつかまえ、ユエが俺の目を見つめる。


「騎士くん言ってくれたじゃない。女の人が悲しむのは嫌だって。私も見たくないよ、騎士くんみたいな男の人が、お酒に逃げちゃう所なんて」


 潤んだ目に、震える手。六発で六人を倒す、ファニングショットが信じられないほど、繊細な指をしてやがる。


「……本当に、本当に騎士くんがつらいなら、フィクスとは私が戦う。最低でも、相討ちを取るか、私が勝つ。その後私が許せなかったら、騎士くん」


 両肩の手を右肩へ移し。俺の腕にしがみつくユエ。

 うつむいて、前髪で目を隠したまま、静かに言った。


「私のこと、どうしたっていいもん。騎士くんだったら……いいもん」


 酔ってるせいか、それとも本気か。どちらにしても、だ。


「……よせ。嫌な事、考えさせないでくれ」


「でも! 断罪者を続けたら、きっといつか」


「今じゃないだろ。今じゃないんだ。頼むよ、頼むから、怖えこと言わないでくれ」


「騎士くん……」


 俺は食事に戻った。合わせるように、ユエもまた食事に持った。

 それからは、当たり障りのない会話に戻った。


 流煌、フィクスか。


 俺もまた、ユエやスレイン、フリスベルの様に。

 俺自身の事情に、決着をつけるときが近づいているのかも知れない。

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